第028話 彼女の本音
「え? マジで金木がそんなこと言うたん?」
学校を出て電車を降り、愛美の話をし出した大輝と洋平。周平は大輝と洋平の言葉が本当なのかどうか信用しきれず、思わず聞き返してしまった。ちなみに、4人は同じ市の出身である。
「そやで? ウソ言うて何の得にもならへんから、ウソなんか言うかいな」
「えぇ~……? なんや、もひとつ信用できへんな。なぁ、悠馬」
そばを歩いていた悠馬に周平が聞く。どうやら悠馬も同意見のようだ。
「俺も。あんな金木が、そんなこと言うかなぁ」
愛美が言ったこととは、今日来ていなかった部員に明日は必ず来るように告げること。なぜ急に愛美がそんな積極的なことを言い始めたのか、周平にはサッパリ理解できなかった。
「ホンマやて! 疑り深いヤツらやなぁ」
洋平が呆れて首を左右に振る。
「そうは言うてもなぁ……。急にそんなん、信じられへんわ」
周平がフゥッとため息を漏らした。
「ま! 信じる信じへんは別としてやな。とりあえず周平はサックスやねんから、秋吉くんと榊くんに声かけて。よろしく」
「げ! マジで!?」
「当たり前やろ。パート同じやねんからさ」
「う、うん……」
周平がしり込みするのも無理はない。和洋とはソリが合わない。郁斗とは最近、まともに会話すらした覚えがないのだ。そんな2人を果たして説得できるのか。周平はそんな自信など、微塵もなかった。
そして悠馬や洋平、大輝と分かれてから周平は一人で自宅までの道をトボトボと歩いていた。ひとまず携帯電話のメールで郁斗と和洋にメールをしてみた。明日の部活には来れそうか、という内容のメールを送る。
するとすぐに返事が来たのだ。思いのほか早かったので、周平は脈アリかと思って思わず笑顔になる。
しかし、メールのタイトルはサーバーエラー。開いてみると、なんと郁斗のメールアドレスが変わっており、連絡がつかなくなっていたのだ。
「ホンマかいや……。信じられへん」
周平は初めてここに来て自分の無力さを感じ取っていた。まさか、メールアドレス変更の連絡が来ていないとまでは予想していなかったのだ。
「ショックやなぁ……。大西なら知ってるかな。それかみっちゃんか……たけやんでもいいか」
みっちゃんとはテナーサックスの藤田 光晃、たけやんとはバリトンサックスの七瀬 猛のことである。二人とは幸い、関係が良好なのでこういったことも聞きやすいのだ。
家の近くに来て、狭い路地の角を曲がった時だった。誰かがすぐそばに立っていたので周平は大声を上げてしまった。
「どわーい! 誰や!?」
「あ、ご、ごめん! あたし……」
なんと、愛美だったのだ。
「な、なんやねん! ビックリするやんか」
「ゴメンな。あたし、どうしても森田くんにお願いしたいことがあって」
愛美がそういうので、ひとまず周平は話を聴くことにした。
「わかった。せやけど、暗いしまだ微妙に寒いやん?」
「あ……そっか。そやね。明日のほうが」
「俺ん家で話さん?」
「え?」
愛美はこれには度肝を抜かれた。
「ちょ、何言うてんの!?」
「え? せやから俺ん家で話そうって。寒いし。ほら、行くで」
「ちょ、ちょっと待って本気!?」
「本気やっちゅーねん。ほれ!」
周平はそういうとサッサと自宅に入って行く。愛美は困った挙句、思い切って周平の後を追った。
「あ」
そのときだった。声がしたのは。
「部長……やんね?」
愛美が周平の家の門を潜ろうとした時に声を掛けてきたのだ。そして、それは未樹だった。
「後藤さん……」
「どうしたん? ここ……森田くんの家やんな?」
「……うん。ちょっと用事あって。ホンマは家の前で済ますつもりやってんけど、森田くんが入らんかって」
「……。」
愛美は未樹の目線がいまひとつ信用していないということを伝えるものであることを感じ取っていた。しかし、ウソではないのでこれ以上の説明のしようがない。
「部長―! 何しとん! 早く!」
「あ……」
愛美は困った挙句、なんと未樹の手を引いて門の中に入ったのだ。
「森田くん! 偶然、いま後藤さんとも会ってん!」
「!?」
周平が驚いて振り返ると、確かに未樹の姿があった。
「後藤さんも一緒に、えぇかなぁ!?」
「……うん」
ダメ、とは言えず周平は渋々承諾した。けれども、すぐに承諾したことを後悔することになる。
「あらまー! 可愛らしいお嬢さん二人!」
「オカン! うるさい言うてるやろ! 金木さんと後藤さんも困ってる!」
周平が怒って母親を怒鳴りつけた。
「なんやの、この子は。ゴメンなぁ、あの子生意気で」
「い、いえ」
「大丈夫ですよ」
周平の母・博美が紅茶とお茶菓子を愛美と未樹の前に差し出した。
「ホンマはねぇ、お食事出してもえぇんやけど、やっぱりよその男の子の家でご馳走になったなんて、言いにくいもんねぇ。あ、残してくれてえぇんよ? おうちでご飯食べるやろから、叱られへん程度にしときやぁ」
「は、はい」
すると再び周平の声が飛んできた。
「オカン! そういうんやったら出さんでえぇやろ!?」
「うるさい子やねぇ!」
博美が負けじと怒鳴り返した。あまりの勢いに、そして学校と自宅での周平のギャップに驚きを隠せない二人。
「ゴメンねぇ。あの子。素っ気ない子ちゃうん? 学校でも」
「いえ……そんな。ねぇ、後藤さん」
「うん」
実際にはそうですよ、と二人は言いたいところであったが、自分たちが原因でもあるのでその言葉は飲み込んでおいた。
「ウチねぇ。父親がおらへんから」
突然衝撃的な言葉が飛んできたので、愛美と未樹は思わず手に取ったカップを落としそうになった。
「私も働いてるからね。家事やら何やら、あの子に任せっぱなしで。放任過ぎるのがアカンかったかなぁ。最近、イライラすることも増えてなぁ。中学の頃までは素直でえぇ子やってんけど」
「……。」
愛美と未樹はなんて返せばよいのかわからず、黙り込んでしまった。ふと未樹が前を見ると、電気のついていない和室に、リビングの明かりを少しだけ受けて姿を見せている仏壇が見えたのだ。愛美も未樹の視線に気づき、その仏壇に気づいた。
「まぁ、仲良くしたってね。冷たい子かもしれへんけど」
「はい……」
しばらくすると、周平が降りてきたので愛美はひとまず、話したいことをすべて話した。その話とは、下条姉弟のことだった。二人して部内で結構な幅を利かせている二人を何とかしてほしいのだという。
「なんであの二人、あんな幅利かせとん?」
周平はもっともな疑問をぶつけた。
「あの子んトコな……学校の理事長やねん。せやから、いろいろと……ね」
「へー! そうかいな。えらいさんやん」
周平は素直に驚いたようだった。
「金持ちやねんなぁ。えぇなぁ、俺も下条ん家生まれてたら、こんな貧乏くさい家で生活せんですんだのに……痛っ!」
ゴツン!と音がして博美のゲンコツが周平の頭を直撃した。
「何すんねんな!」
「自分ん家貧乏言うたら、余計貧乏なるやろ!? やめなさい!」
「わけわからん! なんじゃその理論!」
ギャアギャアと口論をしばらくしてから、周平が言った。
「わっかりました。俺がなんとかしましょ」
「ホンマ!?」
「その代わりやねんけど、部長と後藤さんにお願いあるねん」
「何?」
「秋吉と、榊の連絡先わかる?」
二人は顔を見合わせた。
「私は榊くんなら」
未樹が答える。
「あたしは秋吉くんなら」
「ホンマ? 助かるわ。秋吉、俺と連絡つかんから後藤さん、お願いしていい? 部活来るように言うて。ほんで、部長は榊に」
「わかった」
「頼むわな。めっちゃ助かる」
ニカッと周平が笑顔を見せる。その笑顔を見て、未樹は急に顔が熱くなった。
「遅くまでお邪魔しました」
未樹と愛美が深々とお辞儀する。
「いーえ! 汚い家やけど、また来てね」
「ホンマやで。また掃除しとこ」
博美が再びゲンコツを振り下ろし、周平の頭周辺から鈍い音が響いた。愛美と未樹は笑い合いながら、周平の家を後にする。
そして、周平の家を離れてしばらく行き、交差点に出たときだった。
「後藤さん」
愛美が真剣な顔で言ったのだ。
「何?」
「後藤さん……森田くんのこと、好きなん?」
「え……!?」
未樹の顔が赤くなる。
「どうなん?」
「わ、私……別に……」
「ほな、えぇの?」
「何が?」
「あたしが、森田くん好きになっても、えぇの!?」
「……。」
シンと静まり返る。そして、未樹は言った。努めて笑顔で。
「えぇよ」
「……。」
「そんなん、いいとか悪いとかあれへんやん」
「……わかった。ゴメン、急に変なこと聞いて」
「ううん」
そして再びの沈黙。
「それじゃあ私、帰るね。またね」
「うん……」
未樹はそう言って手を振り、愛美に背中を向けて自宅へと向かい始める。
ホンマによかったん?
自分の声が胸に響き渡る。
「よかったもん……別に」
未樹はそう呟き、本音に耳を傾けないまま、自宅へと向かうのだった。