第026話 地元に愛を!
「はい! では、今日の合奏はこれで終わります。部長、号令」
「起立」
8割方揃っている部員が一様に立ち、愛美の号令に合わせて礼をする。
「ありがとうございました!」
「はい、こちらこそありがとう。では、企画委員」
「はい!」
嬉しそうに立ち上がったのは航平と未樹の二人。それから、真咲と利緒が率先して何やら薄い冊子を配り始める。
「何~?」
部員たちは冊子を受け取り、タイトルを見ると歓声を上げた。
「おぉ! 合宿のしおり!?」
「そうでーす! はい、みんな日程注目~! とりあえず、5月1日の土曜日から4日の火曜日まで、3泊4日で行きます」
「きゃー! めっちゃ楽しみ~!」
久美が一際大きな歓声を上げる。何を隠そう、周平も実はソワソワしている。旅行気分がどうしても抜けきらないのは事実だった。
「集合時間、持ち物、流れとかはしっかり各自で読んで把握しといてな」
周平は冊子を開き、その濃い内容に度肝を抜かれた。何しろ、初日は宿舎到着後からいきなりパート練習が3時間も取られている。午後2時からミッチリ5時まで。しかも、どの時間に何をするか、キッチリ細かく分けられていた。
「うへぇ……」
これには悠馬も驚いたようで、嘆息している。
「誰や? 行く前からため息ついとんのは」
大地がニヤニヤと笑っている。そして、翌日は午前7時起床。朝食を終え、なんと8時半から正午まで課題曲をひたすら練習するのだ。同じ曲を3時間、多少休憩を入れるとはいえ、ぶっ通しで練習するのは彼らにとっては初めての経験となる。
さらに、午後1時からは自由曲をなんと4時間。地獄とも思える内容であった。
その翌日、3日の午前中はセクション練習。金管、木管、打楽器に分かれてそれぞれ、前日の合奏で指摘された箇所を徹底的に練習する形になっていた。その午後は課題曲と自由曲、2時間ずつ。できていない箇所を中心にミッチリするそうだ。
そして最終日。午前中に仕上げの合奏をし、帰路に着く。
「……あれ?」
そこで弓華が違和感に気づいた。
「先生?」
「どうした? 松本」
「夜……の練習予定が全然組まれてませんけど」
大地がニーッと笑った。弓華もつられてニーッと笑う。
「そこにはな、お楽しみ企画があるねん!」
「企画!? なんですか? めっちゃ気になる!」
弓華と未央が身を乗り出して大地に内容を教えてくれ、と言わんばかりの顔をする。
「それは当日までのお楽しみや! 楽しみにしとってくれよ」
これには他の部員たちも多かれ少なかれ、ウキウキ感が増したように見える。
「さてと……。この冊子、今日来てへん部員にも渡してくれるか? ちなみに、この合宿に参加せぇへんかったら強制的にコンクールメンバーから落とすって言うといてくれ」
その言葉に全員の表情が固まる。
今日、部活に来ていないのは菜々香、由里、朋矢、明巳、和洋、郁斗、智香子、都夢、音弥、充香、陽菜、佳穂の12人。各パートで一人か二人は抜けていることになる。特にトランペットは半数以下という状態。このままこの12人がコンクールメンバーから落ちると、今年も県大会止まりになってしまうことも考えられた。
たとえ、数合わせでも無理やりにでも連れてこなければ。部員たちにそんな危機感が静かに漂っていた。
「ところで!」
ビクッと全員が体を震わせた。
「そないに驚かんでいいやろ。実はな、あさって29日に、JR芦尾駅前の広場でな、演奏を依頼されてるねん」
「依頼演奏……!」
久しぶりの言葉に、部員の半数が目を輝かせた。どうやら、地域に出て演奏をすることも浜唯高校では減っているようであった。そのため、一応駅前商店街の役員さんが声を掛けてくれたときに大地が即座に返事をしたことに、彼らも驚いていたような様子だったのを大地は今になって思い出した。
「そんでな、一応ジャンルは最近のポップスと演歌、メドレーを1曲の合計3曲やってほしい言われてるねん」
「おぉ……」
部員たちは久しぶりに演奏できるポップス系の曲という言葉にも胸を躍らせていた。しかし、あまり時間がないのも事実。練習できるのは明日だけなので、おそらく今までの演奏曲を使いまわしすることになるだろうと予想していた。
そしてその予想どおり、大地が封筒を取り出した。
「ほんでな、演奏曲に関しては先生がもう選んできた。言うで」
部員たちはワクワクした様子を抑えきれないようで、特に周平や洋平はそれが顔に丸出しの状態だ。
「まず、1曲目はPerfumeのポリリズム」
「えー!?」
途端に全員が声を上げた。何しろ、曲の中間部がどうなっているのかわからなくなるような曲であるのは全員が承知なのだ。なぜ、そんな曲を選んできたのか周平たちには理解できなかった。
「それから、涙そうそう」
180度異なるジャンルの曲に、これもまた部員たちは驚いていた。どう気分を切り替えるかが大事になってくる。
「そんで、最後は崖の上のポニョメドレー」
これもまたジャンルがまったく違うもの。果たして明日だけの練習で間に合うのか、不安を隠せない部員たちに大地はこう言った。
「下手でもいい」
その言葉に全員が顔を上げる。
「下手でもいい。わかってる。練習時間は明日しかないからな。でもな、下手でも一所懸命やれば、絶対伝わる。お前らの頑張りとか、伝えたいこととか。伝わるんや」
「……。」
「地元の人たちってな、見てないようでみんなのことを見てるんや。その感謝を明日、伝えてくれ」
「……。」
「頑張れよ!」
「はい!」
部員たちの目の色が変わった。
「よし! 譜面係と部長、副部長はすぐに職員室に! 楽譜、コピーするからな!」
「はい!」
「先生~! 俺も手伝っていい~?」
周平が手を挙げた。
「おっ! 助かるなぁ。ほな、頼むわ!」
未樹も手を挙げようとしたが、タイミングを逃してしまい、結局周平の背中を見送ることしかできなかった。