第025話 オレら、いつまでも腐ってません
「先生!」
職員室に飛び込んできたのは、利緒だった。
「おぉ、どないしてん福崎」
「先生、話ちゃいますよ!?」
「え? 何のや?」
「参加人数です! ヤバいですよ!」
利緒が先日、参加人数の話をしたときに彼女は「60人が規定人数なので、いっぱいいっぱい出られるのでは?」と聞いたのことだ。大地はこう言ったのだ。
全員出られる、と。
大地の顔がみるみる青ざめていく。
「……違うかったんか?」
「違うんです……」
利緒もあからさまに落ち込んでいる。何しろ、既に部員たちは「頑張れば全員出られる」という風に考えてしまっているからだ。
「マズいな……。どないしたもんか」
大地も頭を抱え込んだ。まさか今さら「実は全員出られない」などとは言えない状態であるからだ。
実際、コンクールに出られるのは高校生の場合、55名である。浜唯高校の場合は5人がコンクールメンバーから外れてしまうことになるのだ。しかし、それをいま告げてしまえば一部とはいえ、やる気が出てきている部員たちのそれを削いでしまうのではないか。大地はそこに不安を覚えていたのだ。
「失礼しまーす」
そこに飄々とした雰囲気でやってきたのは、他でもない周平だった。
「お、おぉ! 森田ぁ」
「なんですか? 変な声出して」
周平はあからさまに警戒しているように見えた。大地は人数のことを言おうかどうしようか迷っているようにも見えた。
しかし、次の瞬間周平から出てきた言葉は大地と利緒の心配を吹き飛ばすような言葉だった。
「あ、せや。先生」
「ん?」
「先生こないだウソついたでしょ?」
利緒と横目で目を合わせる大地。冷や汗のようなものが背中を伝っていくのがアリアリと感じられた。
(どないする!? ここで謝ったほうがえぇんか? どないすんねん、俺!)
しかし、周平は次にこう言ったのだ。
「先生もズルいですよね~! あぁやって、オレらに違和感持たせて、自分らでコンクールのこと調べようって仕向けたんでしょ!」
「へ?」
周平が言うには、こういうことがあったのだ。
あの60人と言う言葉に違和感を抱いたのは、洋平だった。そんな人数ではなかった気がする、と彼は言ったのだ。そこで、すぐに大輝が調べたところ、なんと55人であることが判明したのだ。
そこで普通なら吹奏楽部顧問のクセに人数制限も知らないのか、という話になるのだが、そうはならなかったのが大地の今までの指導のせいだったのかもしれない。
「島崎先生のこっちゃ。なんかいらんこと企んでるんやで」
そう言ったのは悠馬だった。
「俺らにもっと意欲持ってもらうためにそうやって、けしかけてきたんか!」
そのときそう言ったのは洋平だったが、それはそれは嬉しそうな表情だったという。
「……。」
「先生も悪い人やけど、福崎もよぉやるわぁ。お前の演技、すっかり騙されてしもたで!」
周平は笑いながら利緒の肩をつついた。
「……。」
利緒が大地のほうを見る。先生、どないします?と聞く視線だった。大地は目配せしてこう訴えた。
そのままうまく話を合わせろ。
利緒は小さくうなずき、すぐにこう返した。
「なぁーんや! バレちゃってんなぁ! せやねん、実はウチと先生グルやねん!」
利緒はペロッと舌を出してそう答えた。
「うわぁ、気持ちわる! お前、そんなんしても全然かわいくないで」
「ちょっ……女の子に普通そんなこと言う!?」
利緒は真っ赤になって周平に食って掛かる。
「あー、はいはい! ここ職員室! 静かに!」
「へーい。ほら、福崎。そろそろ行くで。部活始まる時間やろ」
ギャーギャーと騒ぎ立てる利緒を無理やり周平は押しながら職員室を出て行く。
「先生」
周平の声に振り返ると、イタズラっぽく笑いながら彼はこう言った。
「俺たち、いつまでも腐ってるわけ、ないですからね! そこらへん、よろしくお願いしますね!」
「……あ、あぁ」
大地はしばらく呆気に取られていたが、もうすぐ合奏の時間だということを思い出して慌てて総譜を探し始めるのだった。
一方、職員室を出た利緒はまだ半信半疑であった。本当に部員たちは55人だということを知って、やる気がなくなっていないのか。
「なぁ、森田くん」
「あー? どないしたん。声、暗いやん」
「今日は……どれくらい、合奏来てるん?」
利緒の心配するところはそこであった。大地が着任して以来、合奏に全部員が揃ったことはまだないのである。初回の合奏を除いて。
「心配してんの?」
利緒は小さくうなずいた。彼女のパートであるトロンボーンは真面目な後輩たちが揃っているのでまったく問題ないのだが、他のパートが何しろヒドすぎるからである。トランペットは美里だけという始末であるし、サックスも微妙なメンツ。クラリネットもあまりまとまりがない。
「そっかぁ。ま! とにかく音楽室戻ろう!」
そして、利緒は音楽室に入って目を疑った。なんと、トランペットの場所に部長の愛美が座っていたのだ。
「なんで……」
「なんでってことあれへんやろ。部長やねんから。当たり前」
周平はニカッと笑ってから、すぐに部室に戻って楽器の準備を始める。
「おーい、福崎! 何しとん! 早よ楽器出そうやー!」
「あ、あぁ、うん! すぐ行くー!」
利緒はチラッと愛美のほうを見た。愛美がその視線に気づき、言った。
「言うとくけど、あたしまだ島崎先生のこと、認めたわけちゃうからね」
「あ、あぁ、そうなん?」
「当たり前やん」
愛美はツンとした様子でそう言い放った。
「ほな……なんで?」
「……最後のコンクールやし? 出たいし」
愛美は恥ずかしそうにそう言って、再び楽器に口を戻した。
「……そっか!」
利緒は嬉しそうに笑ってから、すぐに楽器を出しに部室へと向かうのだった。