第023話 平等に行くので
4月26日月曜日。一昨日の件もあり、音楽室に集まった部員たちの空気は微妙なものであった。部長にもかかわらず、本番に出ないことを表明した愛美も、少し居づらそうにしている。それとは逆に、半分脅迫のようなことを言われても合奏に参加し、本番参加側へとシフトした良平も居づらそうにしている。
誰一人口を利かない。こんな部活があるのだろうかと思うが、いまここに現実として、そのような部活があるのだ。
「起立」
大地の姿が見えたので、愛美がしょげた(ように聞こえる)声で号令をかける。
「礼」
「こんにちは!」
一応、挨拶は大声でする部員たち。さもないと、何度も挨拶をやり直しさせられることぐらいは覚えたからである。
「はい。着席して」
大地が座るのを確認したように部員たちが着席した。
「後藤」
「は、はい!」
「今日は何月何日?」
「4月26日ですけど……」
「はい! そうですね。じゃあ……氷室」
「はい」
「コンクールの西阪神地区大会はいつですか?」
「7月31日です」
「はい! そうですね。正味、3ヶ月弱です」
その言葉に緊張が走る。
「そこで。そろそろ……コンクールに出場する部員を選定します」
「え?」
全員が声を上げた。
「ま、待ってください先生!」
納得が行かないのは利緒だ。
「なんや?」
「ウチの部、ちょうど60人なんですよ!? 60人やったら、ちょうど規定の人数いっぱいいっぱいやから、全員で出られるんと違うんですか?」
「せやなぁ。全員で出られるなぁ」
大地が思い出したように言う。それを聞いて利緒も安堵の表情を浮かべた。
「ほな、何も選定なんかいらへんのんと違うんですか?」
「せやけど、福崎。例えばお前が最高の音を吹いたときにヘッポコな音吹かれたら、どないする?」
「え……」
利緒が言葉を失った。
「しかも、その音のせいで福崎の音は台無し」
「……。」
「困りませんか?」
「それは……さすがに……」
「やろ?」
「でも!」
次に手を挙げたのは朋子だ。
「何? 和泉」
「みんな、コンクール出場して、上位の大会進むの目標に頑張ろうって思ってるんです」
「ふーん。その割に、他の本番ないがしろにするんや?」
「それは……」
大地の言葉に朋子も黙り込んでしまった。嫌な沈黙が起きる。
「いいですか?」
それを破るように手を挙げたのは、副部長でもある大輝だった。
「はい、三沢」
「俺は先生の意見に同意です」
「なんでや!?」
これには周平が真っ先に反応した。立ち上がって何かを言いかけたが、すぐに大輝が遮った。
「まぁ、聞けや。シュウ」
「……。」
いまひとつ納得が行っていないようだが、周平はひとまず席に着いた。
「俺は、今の部の状態はハッキリ言って不健全極まりないと思ってます」
「不健全て……」
愛美が困惑した様子になる。
「ホンマのこと言うて何が悪い?」
「……。」
大輝の言葉に愛美は返す言葉もない。
「この状態を打開するには、全員が何かしらに向かって努力せなアカンと思います。幸いにも、大なり小なり俺たちの部は『コンクールで上位に進む』という目標があります。これをうまく考えれば、お互い切磋琢磨するいいキッカケには、なりませんか? どうですか?」
誰も特に反応しない。大輝はある程度予想していたので、そのまま気にせず続けた。
「もしも、コンクールがオーディション形式になるくらいなら、こんな部辞めるって言う人、手ぇ挙げて。ほんで、手ぇ挙げたならここに退部届あるんで、今すぐ書いて出て行ってください」
「ちょ……!」
周平がさすがにそれはやりすぎだと感じて、大輝を制しようとした。しかし、優花が周平の制服を引っ張って「いいから!」と無理やり彼を着席させる。
「いませんか?」
もう一度優しく問う。誰も手を挙げなかった。
「先生。質問があります」
「ん?」
「選定、って言いましたよね?」
「あぁ」
「それは、合格すれば60人全員が選ばれる可能性もあるって解釈して、いいですか?」
その質問に大地は思わず目を丸くした。しかし、すぐに笑顔で彼はこう答えた。
「当たり前やろ」
大輝がそこで全員に言う。
「聞いたか!? 選定も、俺らの努力次第! どないや? 負けてられへんで、みんな!」
その言葉に、大なり小なり部員たちの闘争心に火が点いた。
「先生、この場合は3年も2年も1年も関係ありませんよね?」
「当たり前やろ。学年なんて関係あるか」
「よっしゃあ! ほな、今日から俺と武田尾はライバルや!」
「ラ、ライバルですか?」
真咲が戸惑っている。
「おう! お互いライバルやから、負けんように練習バリバリするで!」
「……。」
「武田尾! 返事!」
「はっ、はい!」
真咲が釣られるように答えた。
「ほな先生! 話、続けてください」
「よし」
大地は様々な条件や期日を話していく。大輝の言葉どおり、選定には制限がない。60人全員が出られる可能性もあれば、結果次第で半分の30人になる可能性もある。それもこれも、部員たちの努力次第。
選定には課題がある。課題曲の各パートで1回はメロディがあるので、その部分と伴奏で特に重要だと大地が感じた部分を演奏。そして、自由曲でも各パートで重要な部分を選び、それを演奏する。
それを聞いて、判断するのは対象パート以外の部員たち。つまり、選定対象パートがサックスであればサックスパート以外の部員たちがサックスパート全員の演奏を聴き、良かった者と悪かった者を選定するのだ。
そして、悪かったという票が10票以上を占めた部員は必然的に第一次選定の時点ではコンクールメンバーから外すという条件だった。
期日は5月5日。1週間弱という厳しい日程である。さらに、2日の本番に出演する者は練習時間が取れない。
「ほな、本番に出る者も出ぇへん者も、しっかり練習頑張るように!」
「はい!」
周平は一気に意識が高まった。本番に出るからといって、出ない部員たちよりも劣った演奏などしたくない。今までそのような闘争心が燃え上がったことはいまだかつてこの部ではなかったが、初めてその闘争心に火が点いた瞬間であった。




