第018話 好きなものをやって何が悪い!
「おい! 周平!」
練習をしようとしていたサックスパートの部屋に、悠馬が駆け込んできた。周平だけでなく、優花と華名もそこにいたので驚いて全員が目を丸くした。
「どないしてん、えらい慌てて」
「園田のお母さんが来て、島崎先生に直談判してんねん!」
周平は落ち着いて答える。
「知ってるよ」
「知ってるんかい!」
思わずツッコミを入れる悠馬。
「ほんで、それがどないしてん」
「それを見た園田がな、キレていまどっか行ってまいよってん!」
「はぁ!? どっか行った!?」
「せやから、皆で探さんとアカン! 普段おとなしいヤツがキレると、何しよるかわからへんからな」
周平もさすがにそれを聞いてジッとしているわけにはいかなかった。周平に続き、優花と華名も部屋を飛び出す。
周平は悠馬の隣で彼に聞いた。
「ほんで、どっか行ったって見当もついてへんのか?」
「それがわかってたら、苦労せんわ! とりあえず、上に行ったんはわかってんねんけど……」
行き当たりバッタリに探していたのでは、ムダ骨である。周平は悠馬に一旦落ち着くよう、声をかける。
「とりあえず、上に行ったんは間違いないから……」
その時だった。階下から女子生徒の悲鳴が聞こえた。
「なんや!?」
二人は近くの教室に入り、窓から顔を覗かせる。すると、その真上から何かがいきなり降り注いできた。
「うわーお!?」
驚いて退く二人。そして、バサバサ!と激しい音が下から響いた。
「なんやねん!?」
覗き込むと、昇降口のあたりに教科書やノートが散乱していた。上を見上げると、カバンからノートやら教科書をすべて放り投げている実香子の姿があった。
「おいおい! 何やっとんねんアイツ!」
「行くで、悠馬!」
周平と悠馬は大急ぎで階段を駆け上がり、実香子のいる屋上へと向かった。
「きゃあ!」
4階の踊り場で周平は女子生徒と衝突して尻餅をついてしまった。
「す、すんませ……あ!」
「あ!」
女子生徒は、未樹だった。
「……。」
フイッと顔を背け、周平はそのまま階段を駆け上がっていく。
「大丈夫か?」
悠馬が未樹に手を貸した。未樹は素直に悠馬の手を握り「ありがとうね」と言った。
「おい、悠馬! さっさとせぇや!」
「待てやお前。お前のせいで後藤さんが……」
「知らん!」
大声に未樹と悠馬は思わず肩をすくめる。
「ゴメンな、なんか……」
悠馬は呆れ顔で未樹にそう言った。
「えぇよ。気にせんといて」
ひとまず、未樹と悠馬も急いで実香子のいる屋上に向かった。二人が屋上に着いた頃には、周平が暴れ回る実香子の体を必死で押さえ込もうとしていた。
「おい、落ち着けや園田!」
「放して! もう私、嫌やねん! こんな勉強道具、死んでも見たくない!」
そう言って実香子はターゲット3000を放り投げた。思い切り投げ飛ばされたターゲットはそのまま落下し、昇降口横にある楠に引っ掛かってしまった。
「どないしてん! お前、そんなヤツ違うやろが!」
「放してよ! こんな勉強道具あったら、私は一生私らしくなられへん!」
「園田!」
周平があまりに耳に近いところで大声を出すので、これにはさすがに実香子も驚いて手を止めてしまった。
「やめろや! こんなことしたって、何にも解決にならへん!」
「……せやけど、こんな方法くらいしか私、反抗する方法知らんもん!」
「アホちゃうかお前!」
周平の一喝に、実香子は黙り込んでしまう。
「物に当たるな! 人のせいにすんな! 自分が何にも抵抗も訴えもせんと、偉そうにモノ言うな!」
「……。」
ふと気づくと、屋上には未樹、悠馬以外に大地、実香子の母、利緒、洋平、智香子、愛美がいた。
「園田。お母さん、いてはるやん」
周平が泣きべそをかいている実香子に優しく言った。
「素直な気持ち、言わんとアカンのちゃうか?」
実香子は小さくうなずく。
「お母さん……」
実香子の声が静まり返った屋上に響く。
「私な……部活、続けたいねん」
彼女の母も、黙って実香子の話を聞き続ける。
「勉強、大事なんはわかってる。でもな、私、ホンマこう思ってるねん。お姉ちゃん見てたら、確かにお姉ちゃんえぇ大学行って、いい会社入ったけど……毎日毎日、残業で。お姉ちゃん、まぁ仕事頑張ってるし、それが嫌っていう風には私も、思ってへんよ?」
実香子の声が震える。涙声になっているせいである。
「せやけど……私、こういう部活って、なんとなく、今しかでけへんのちゃうかなって思ってる」
大地が小さくうなずいた。
「私な! ずっと……ホンマは、全国大会行きたかってん! 今まで確かに、何かが足りへんかって、私ら関西大会止まりやったり、ヒドいときには県大会も突破でけへんかったけど……」
次の言葉は紛れもなく、実香子の本音であった。
「今年は、行けそうな気がする!」
その言葉に、周平が笑顔になった。
「島崎先生が来て、雰囲気変わってんもん! 私もワクワクしてるし、そこにおる……森田くんも、元気になった。部の雰囲気、変わってん! 私、これがチャンスやと思ってるねん! せやからお母さん、お願い! 合宿行かせて! 私に……私たちに、もっと吹奏楽するチャンスちょうだい!」
実香子の母がようやく、口を開いた。
「そこまで……言われたら、しょうがないわね」
「お母さん……」
実香子の母が、大地のほうを見た。
「先生。お願いがあるんですけどね」
大地の表情が少し強ばる。
「完全に、ウチの子たちの指導、任せてよろしいですか?」
「もちろんです」
大地は間髪いれず答えた。
「部活だけではありませんよ。勉強面も、すべてです」
「それが教師としての努めです」
即答する大地に、実香子の母も実香子も、周平も未樹も驚きを隠せなかった。
「……そこまでハッキリ言うてくださったら、もう信用するしかないですね」
そして、母は実香子に向き直って言った。
「しっかり、頑張るんよ」
「うん!」
その表情を見て、ようやく周平の顔が緩んだ。
「……。」
その周平を見つめて、少し赤くなる未樹。そして、彼女は自覚していた。
(やっぱりあたし……)
春風がそっと未樹の頬を撫でる。その春風の中に少しだけ、新緑の薫りが漂っていた。