第015話 企画委員
「んー……そうなんや。企画委員なんておってんな」
大地は部員の名簿を見ながら呟いていた。
「それにしたって、なぁんかアンバランスなメンバーやなぁ」
大地がそう言うのも無理はなかった。メンバーは5名。福崎利緒、岡本充香、武田尾真咲、京谷航平、そして後藤未樹である。
「確か……まぁ、京谷と後藤は同じパートやから仲はいいやろ。岡本と武田尾はどないやろ……。武田尾はマイペースやしなぁ。岡本は自分の主張を押し通そうとするし……。福崎はどないやろなぁ。誰と仲えぇんやろ」
まだまだ知らない部分がある大地は、ひとまずこのメンバーを呼び出すことにした。
「吹奏楽部、福崎さん、岡本さん、武田尾さん、京谷くん、後藤さん。職員室までお願いします」
呼ばれた航平と未樹が顔を上げた。
「えぇ? せっかく1年生来てんのに……」
航平が不服そうな顔を浮かべた。
「しょうがないやん。多分、このメンバーやから企画委員ちゃうん?」
「チェーッ! 俺、企画委員なんてやめといたら良かった」
「立候補したくせに。行くで」
未樹が意気揚々と立ったのに対し、航平は未だに不服そうである。
「じゃあ悪いけど行ってくるね。よろしく、三沢くん、月島くん」
「はぁいよ」
大輝が明るく返事をしたが、拓久は何も言わないままだった。
「先輩」
廊下を歩いていると、航平が未樹を呼んだ。
「何~?」
「先輩ら、やっぱりまだ仲悪いんスか?」
未樹が驚きのあまり、立ち止まってしまう。
「嫌やなぁ……。なんかこう、もうちょっと包み隠して言えばいいのに」
未樹は苦笑いしながら再び歩き始める。
「なんでこう、この部ってこんなに仲悪いんでしょうね」
「さぁ……。なんかもう、この部の伝統みたいな感じちゃうのん?」
未樹の諦めたような言い方に、航平が苛立ちを見せた。
「なんでそんな初めっから諦めてるんですか?」
「……しょうがないやん」
「なんでそう思うんですか?」
「京谷くんがおらん頃に、いろいろあったの」
うまくかわされたような気がして、航平はまだ納得していないようであった。しかし、職員室がもうすぐそこだったので、そこでこの話は終わってしまう。
「失礼します」
未樹と航平が部屋に入ると、既に充香たちは揃っていた。
「おー! こっちや、こっち!」
相変わらずデカい声、と思いつつ二人は充香たちのいる場所に座る。
「話っちゅーのは他でもない」
5人が目を丸くする。
「聞いていいか? 後藤」
「はい」
未樹が小さく返事をする。
「なんで、この学校の吹奏楽部は学外行事が少ないん?」
「学外行事……ですか?」
充香が口を挟む。
「学外行事って、具体的にはどんなんですか?」
大地は少しムッとした様子になるが、すぐに返す。
「たとえば、地域の祭、市民祭、老人ホームへの慰労演奏、幼稚園とか……も含めて。学内でも文化祭しか出てへんみたいやし」
「学外は前の顧問の先生が、あまり出ぇへん方針にしてたんで」
充香がアッサリ答える。
「は~……そうなんや」
大地が頭を掻きながらしかめ面を浮かべる。
「続き、聞いていい?」
「はい」
充香がうなずく。
「合宿は? ないん?」
未樹と航平が顔を合わせる。
「そいえば……ないですね」
航平がうなずく。
「なんでないんやろ」
真咲が呟いた。
「後藤先輩が入ったときにはもうなかったんですか?」
「うん。あたしのときにはもう……」
利緒と顔を合わせてうなずく未樹。
「なくなった理由はわからへんけど」
大地が笑顔で言う。
「このままやらへん理由っていうのは、ないやろ?」
「え。それって」
「合宿再開するで!」
「……。」
言葉の意味をよく解せない5人。
「話、聞いてる?」
「……。」
「おーい。後藤? 福崎?」
「あ、はい!」
利緒が大声で返事をする。
「んでな。合宿の行き先やねんけど」
大地が旅行社のパンフレットを5人に手渡した。誌面には「南国リゾート」、「沖縄」、「美ら海」の文字が躍っている。
「ちょうど、今年はウチの部もコンクールで『うちなーのてぃだ』演奏するやろ? 沖縄の雰囲気知っとくにもちょうどえぇ機会やし、コンクール前に1年生はもちろん、2・3年生でも親交を深めるって意味で、ゴールデンウィーク中に合宿、行こうや!」
「……ホンマに言うてるんですか?」
充香が理解できないという表情で大地に聞いた。
「ウソ言うために企画委員呼んでどないすんねん!」
未樹はこの人本気や、と戸惑ってしまう。
「とりあえず、現段階では行き先が沖縄県っていうアバウトなことしか決まってへんねん。宿泊先とかいろいろ考えんとアカンやろうから、それを企画委員でなんとか練ってくれへんもんやろか?」
「はぁ……」
5人は呆気に取られつつもうなずく。
「よぉーし。とりあえず、明後日には返事ちょうだい」
「早っ!」
航平が大声を上げた。
「だってもう4月やしな! 急がんと飛行機も取られへんし。頼んだで!」
そう言って5人は職員会議が始まるから、と職員室を追い出されてしまった。派手なパンフレット片手に佇む5人。
「……どないします?」
充香が呟いた。利緒が答える。
「とりあえず、部室帰って皆に聞こうや」
「そうですね……」
5人はトボトボと部室に戻って、招集をかけた。
「どないしたん? なんの用事やったわけ?」
愛美が聞く。
「今年、合宿するんやて」
未樹の言葉に1年生を除く全員が目を丸くした。
「いつ? あ、普通夏休みか」
悠馬が自問自答する。
「ううん。5月のゴールデンウィーク」
「はぁ!?」
未樹の答えに未央が大声を上げた。
「ホンマに!?」
「うん」
「行き先は?」
将輝の問いに利緒が答える。
「具体的には決まってへんけど、とりあえず沖縄」
「沖縄!? なんでまた?」
質問が次々飛んでくる。今度は菜々香だった。
「ほら、課題曲が『うちなーのてぃだ』やろ? せやから、雰囲気知るためにって……」
「……。」
誰も何も言わない。
「あのさぁ」
周平が手を上げた。
「この中で、沖縄行ったことある人手ぇ挙げて」
たったの3人。周平、弓華、明巳だけだった。
「ほら。日本国内やのに行ったことある人、たった3人やで? ほとんどが行ったことないのに、沖縄の曲演奏しても上手くいくハズないんちゃう?」
周平の言葉に愛美がうなずく。
「それもそうやね……」
「でも」
晴菜が手を挙げた。
「泊まる場所は?」
「そうですよ」
菜砂が心配そうに言った。
「こんな大人数で、しかももうゴールデンウィークが目の前なのに……。宿泊場所、確保できないと思うんですけど……」
沈黙が起きてしまった。こればかりは未樹にも周平にも良い案が浮かんでこない。その時だった。
「あのさぁ……」
手を挙げたのは実香子だった。
「ウチ……その、中学時代の友達が沖縄に引っ越しておるんやけどね」
「それが?」
周平が驚きつつ聞いた。部内の揉め事などには一切関与してこなかった実香子の言葉だけに、期待できるものがあったのだ。
「その子の家、結構大きいペンションやってるんよ。まぁ、コテージみたいなんが並んでて、その中央にペンションって感じで」
「すっごいですよ、それ!」
久美が嬉しそうに飛び跳ねた。
「そやろ? そこなら……ウチの友達やし、なんとか料金も安めでやってもらえるかもしれへんねんけど……どう?」
愛美が決を取る。
「どないでしょう? 園田さんのご友人に一度、尋ねてもらいますか?」
答えは文句なし。
「はい!」
全員一致だった。
「ほな、悪いけど園田さん。お願いできる?」
「わかった」
実香子も嬉しそうに笑って答えた。
「あ、そうや」
未樹に愛美が言った。
「なぁ、後藤さん」
「う、うん?」
まさか愛美に呼ばれるとは思わなかったので、未樹は少し戸惑いつつ答えた。
「企画委員で、合宿の企画立ててくれへん?」
「あ、あたしらで? 部長とかやなくて?」
「だって、企画委員がこの話持ち出したんやろ。責任持ってやってよ」
相変わらず物言いはキツいものの、未樹もそれは嫌ではなかった。
「わかった。任せといて」
「ヨロシクね」
愛美の笑顔に少しだけ未樹は部員の距離が縮まったのではないかと感じていた。
(ま……そんな甘くないと思うけど)
現状をどうしても楽観できない周平だけは、まだ何かが起きるのではないかと懸念していたのだった。