第012話 メロディ繋ぎ
「起立! 礼!」
「お願いします!」
愛美の挨拶から始まる浜唯高校の合奏。まもなく新入生歓迎会なので、部員たちはその練習をするつもりで臨んでいた。もちろん、大地もそのつもりだ。
「じゃあ、じょいふる!」
「はい!」
しかし、将輝と周平が2人とも自分の席から動こうとしない。昨日の経緯を知っている久美、美里、桃も心配そうな表情をしているし、何より偶然の流れだが彼らの経緯を知っている未樹も心配そうであった。
「ん? どないしてん! 踊り子!」
ブッ!と弓華が吹きだした。踊り子と言う言葉がツボだったようだ。
「竹中と森田やろ? まさか、恥ずかしくなってきたんか?」
「そんなん違いますけど!」
将輝が慌てて立ち上がる。
「ほら、森田! 早う!」
「あぁ、うん……」
それでもやはり、ぎこちない二人。さすがの大地も心配になったようで、二人に何があったのかを尋ねた。
しかし将輝も周平も「何でもないです」と呟くだけ。事情を知っている久美たちも何も言えずに俯いていた。
「まぁ……とりあえず、通すで」
とりあえず通す大地。しかし、何かが気に入らないようでしばらくしてから曲を止めた。
「はは~ん……。わかった。わかったで」
部員たちは大地の独り言に首を傾げる。
「竹中も森田も、みんなの演奏がシックリ来ぇへんから踊りのノリがイマイチやってんな!」
将輝も周平も完全に見当違いな大地の解釈に笑わずにはいられなかった。
「やっぱり当たりか! まぁ、しゃあないな。ほな、こういう練習しよう。いいか? 伴奏は一切休み。メロディだけずーっと繋いでいって」
「え」
部員たちが一斉にそう言った。
「先生すいません……。いちおう、どこがどのパートメロディか教えてください」
「言いません!」
「えぇ!?」
部員たちはさらに戸惑った様子でざわつき始める。
「いきものがかりのじょいふるやで! 原曲、知ってる人!」
部員のほとんどが手を上げる。
「ほらぁ! 何も心配いらん! うまーいこと繋いでいけ。そしたら、そのメロディが途切れた場所が二人の踊りがどことなくシックリ来ぇへん原因になってるんちゃうかな?」
「なるほど……」
これには照が深くうなずいた。
「伴奏と思って吹いてるから、踊る二人がメロディであるべき音に乗れずに上手く踊られへんってわけですか?」
「そう! 氷室の言うとおり。せやから、メロディが途切れたら……そうやな。本来そのメロディパートの人たちにはちょっと罰ゲーム受けてもらおか!」
ザワザワと騒ぎ始める部員たちをよそに、大地は指揮棒を上げた。
「えぇかー! 行くで! あ、ドラムセットはずっと叩いといてや!」
「はい!」
「1、2、3、4!」
こうして妙な合奏が始まった。しばらく調子よく進んでいく合奏。しかし、ふとした瞬間にメロディが途切れた。それは最後の部分で「ぴぷぺぽぱぴぷぺ!」という歌詞の部分だった。ここで誰もメロディがいなくなったのだ。
「ストーップ! ここかぁ、原因は!」
小悪魔のような表情を浮かべる大地の顔を見て部員たちの顔が青ざめる。
「誰や思う? ここのメロディは」
トランペットが手を上げる。
「ブーッ!」
次にクラリネットが手を上げる。
「ブーッ!」
「えー……じゃあ俺らか?」
ホルンが手を上げるが、大地はまたしても「ブーッ!」と言ったのだ。
「じゃあ、誰ですか?」
未央の問いに信じられない答えを大地は言った。
「答えは!」
全員が息を呑んで答えを待つ。
「全員です!」
「えぇ!?」
これには全員が度肝を抜かれた。
「ぜっ、全員てどういうことですか?」
「つまり、トゥッティや! お前らそれくらいわかるやろ?」
「は、はい」
小さくうなずく部員たち。
「はぁい、残念でしたぁ。ハズレの皆さんには先生からプレゼント!」
そして出てきたのは小瓶に詰められた緑色の液体。
「ま、まさか」
「そう! 青汁でーす!」
「嫌やぁ!」
実香子が珍しく大声を上げた。
「嫌がってもあきませーん! 言うたやろ? 失敗した奏者は罰ゲームって」
「えぇ~! 最低やぁ」
洋平が大きく肩を落とす。
「はいはい! 竹中と森田以外、飲んだ飲んだ!」
なぜか巻き添えを食らったパーカッションのメンバーも一気に青汁を飲む。
「マズい!」
悠馬が顔をしかめて叫ぶ。
「うえー! こんなん本番前に飲むもんちゃうやん!」
利緒も舌を出して顔を激しく横に振った。
「どや? 悔しいか?」
「めっちゃ悔しいし!」
雅貴が大声で答える。
「よっしゃその意気で今日の本番行くで! 悔しさを本番でぶっ飛ばせ!」
「はい!」
「よし! ほなもう1回今度は全員で吹いて、じょいふるだけ通すで!」
「先生」
晴菜が聞いた。
「なんや?」
「他の曲は?」
「演奏だけやろ? とりあえず、踊りがダサかったら二人がかわいそうやから。心配かもしれへんけど、優先したって」
「はい。わかりました」
晴菜はすぐに納得して楽器を構える。
「ほな、行くで」
「はい!」
本番直前の最後の合奏が始まる。
「お」
その頃、体育館に向かっていた1年生の列の中から数人が楽器の音に反応していた。
(なんや……? 噂と全然違うやん)
数人が聞いていた噂。それは、浜唯高校吹奏楽部がいかなる行事でもクラシック曲攻めで来るというものだった。しかし、チラッと聴こえてきたのは明らかにじょいふるである。
その中の一人――脇川 美琴は驚いた様子で音楽室のほうを見上げるのだった。