第011話 ひた隠し
DVDに映った画像を見て、美里と久美が首を傾げた。
「竹中先輩……これと森田先輩、どう関係あるんですか?」
「えぇから見ててみ。すぐにわかる」
DVDに映るのは、明らかに大人の男性と女性ばかり。楽器を持っている様子から、どこかの楽団であるというのは一目瞭然であった。しかし、それ以上のことは久美たちにはサッパリわからない。
「これ、いつですか?」
「2002年。今から8年前や」
「ふぅ~ん」
久美にはまったく興味のない様子が見受けられた。8年前と言えば久美が9歳の頃だ。周平たちはそのひとつ上、10歳だから小学4年生ということになる。
「それでは、スペシャルゲストにも加わっていただきましたんで、早速第3部を続けてまいりたいと思います」
司会者がにこやかに次の曲の紹介をする。
「次にお送りします曲は、ヤン・ヴァン・デル・ロースト作曲『プスタ』です。プスタとはドナウ川の中流域に広がる平原を意味しております。その大半はハンガリー領となっており、ハンガリー随一の穀倉地帯ともなっております。そんな平原をイメージした『プスタ』、お聴きください」
プスタは吹奏楽経験者なら一度は耳にしたことがあると言っても過言ではない有名な吹奏楽曲である。元は室内楽曲として作曲されたのだが、今はもっぱら吹奏楽で演奏される機会が多い。
印象的な序章を経て、第一楽章に突入する。次第にテンポがアップしていき、木管楽器がどんどん加わって最終的に全楽器が演奏する形式になっている。そして、有名なピッコロのメロディが始まった瞬間、映像が切り替わりピッコロ奏者がアップで映された。
「え!?」
美里が声を上げる。驚いて久美と桃が振り返る。周平がしかめ面をしていた。
その画面に映る少年は、面影が確かに残る周平、彼自身だったのだ。
「ど、どういうことですか!? え? 竹中先輩……これ、どこの楽団ですか!?」
美里が驚きを隠せず、詰まりながら将輝に尋ねる。
「神戸市で有名な、シンフォニカ神戸吹奏楽団の映像」
「シンフィニカって……!」
毎年全国大会に常連出場する、一般バンドの強豪団体であった。そんな団体の中に、明らかに子供と思われる姿があるのか。しかもそれが、いま自分たちの後ろにいる周平の子供時代だと確実に思われる姿をしているのだから、久美たちが驚くのも無理はなかった。
さらに彼らを驚かせたのが、周平がピッコロを吹いているということであった。今の周平は承知のとおり、アルトサックス奏者だ。その彼がなぜ、小学校4年生時点でピッコロを吹いているのか。それも、周囲の大人に引けを取らないレベルである。
「次に見てほしいのが、3年後の定期演奏会」
2005年なので、将輝は13歳、中学1年生。久美たちはまだ小学校6年生ということになる。
映像が変わる。そして、流れてきたのは2004年の一般・職場・大学向け課題曲『列車で行こう』であった。かなり複雑なメロディのあるこの曲で、シンフォニカ神戸は見事全国大会に出場した。当然ながら高校生以下はこの曲を演奏する機会というのは極端に少ない。
「まさか……」
久美たちは画面に釘付けになる。しかし、ピッコロ奏者は周平ではなく、20代後半と思われる女性だった。
「おらへんやん」
桃がちょっと安心した様子でため息を漏らす。
「あっ!」
美里が声を上げた。
「おった! 絶対これやん!」
「ウソォ!?」
久美と桃が画面にへばり付いた。中間部の怪しげなメロディが始まってすぐ、アルトサックスのソロがあるのだ。そのソロを吹いているのは間違いなく周平だった。
「どういうこと……!?」
ますます理解が追いつかなくなる女子3人。そして、将輝は何も言わずに早送りをしていく。
「俺が見つけたんはこれが最後。2006年の定期演奏会」
将輝中学2年生、久美たちは1年生になる。流れてきたのは『空中都市マチュピチュ~隠された太陽神殿の謎』であった。
「どっかにおるん……?」
しかし、奏者の中に周平らしい少年の姿は見当たらない。そのまま曲は流れていく。そして、中間部の祈りを捧げるようなイメージの部分へと差し掛かったとき、ピンスポットが当たって、花道にいるクラリネット奏者3名、オーボエとフルート奏者、グロッケン奏者が映る。
「……!」
そして、ハープの席に少年はいた。この部分は、ハープ奏者の有無によって大幅に曲のイメージが変わる箇所であった。
曲のあまりの美しさに言葉を失う3人。周平はいても立ってもいられず、DVDの停止ボタンを押して映像を切ってしまった。
「……。」
沈黙が起きる。将輝が小声で言った。
「お前……もしかしてさ」
周平は小さくうなずいた。
「お前の予想どおりやと思う」
「どういうことですか?」
久美が将輝に尋ねる。
「知らんか? 八木沼。シンフォニカ神戸のコンサートマスターの名前」
「……あっ!」
桃が声を上げる。
「も……森田 一輝さん……」
周平が引き取る。
「そうや。オレは、森田 一輝の一人息子や」
「……うそ」
それからしばらく、誰も何も言わなかった。
「あ、あたし……噂で聞いたことはあるんです」
桃が震えた声で言い始めた。
「一輝さんの息子さんで、ほぼ全部の木管楽器を完璧に吹きこなせて、おまけにハープとか打楽器もある程度の技量を持った子がおるって……。でも、それが……」
「オレやってこっちゃ」
突然の展開に、美里も久美も頭が熱くなって処理が追いつかないようだ。
「なんでや?」
将輝が尋ねた。
「なんで、それを誰にも言わんねん?」
「それ言うたら、絶対チヤホヤされてさぁ……。嫌やねんもん。オレはオレや。森田 一輝……父さんのことは尊敬してるし、めっちゃ好きやけど、オレはオレや。父さんの名前を振りかざしてどうこうするのは、嫌い。父さんも絶対、そんなん許さんハズや」
「……。」
将輝が続ける。
「ほな、せめてお前のその技量……。発揮してくれれば、俺らの部は絶対変わる」
「オレも最初はそう思ってた!」
周平が声を荒げる。
「でも! この部は伝統とかどーのこーの言うて……オレ、部を変えようとしてたんは竹中かて知ってるやろ!?」
「……。」
将輝が言葉に詰まる。しかし、周平のすごさを部員に少しでも知ってほしいという気持ちが強くあるのは嘘ではなかった。
「ほな……せめて、お前と仲の良いヤツらにだけでもそれ、言うてみぃひんか?」
「言うたところでどないなんねん?」
「それは……」
将輝も答えに詰まってしまう。
「ほらな。別にどうにもならへんねん」
周平はDVDを抜いて将輝に手渡した。
「オレはずっとこのまま。いい? 4人とも絶対、何も言うなよ」
周平のきつい目つきに怯んで4人は周平に何も言えなかった。
「!」
周平が急にこちらへ向かってきたので未樹は慌てて部室に隠れる。しかし、部室に来そうな気配がしたのでさらに彼女は慌てて部屋の奥へ隠れた。
戸が勢いよく開き、周平が部室に入ってきた。
「……バレてしもたか」
周平は以前から心配していた。YouTubeに自分の姿が映った映像が流れていることに、かなり危機感を抱いていた。いつか、これが何かややこしいことに繋がるのではないかと懸念していたのだ。そして、遂にそれが現実となってしまう。
「あぁ言うたけど……きっと竹中は……言うやろなぁ」
周平は半ば諦めた様子で笑った。
「でも」
次の周平の言葉に、未樹は顔が熱くなる思いがした。
「後藤とかなら、まだ良かったかも」
周平はそのままカバンを持って部室を出た。
(今の……は、どういう……)
未樹はしばらく呆然と部室の片隅で座っていることしかできなかった。