第009話 化けの皮、はーがれた!
「おーい! 集まれぇ!」
翌日日曜日。突然、大地がパート練習をしている部屋に入り込んできたのでサックスパート全員が目を丸くした。
「ど、どないしはったんですか?」
「いやぁ~! ほれ、12日に新入生歓迎会あるんやろ?」
「あ、えぇ。ありますけど……」
「あれに出てくれって校長に言われてな! 出るで!」
これには周平も驚きを隠せなかった。
「え、えぇ!? ちょ、先生! だって明日でしょ!?」
「そうやで! 明日やから、午後から急いで合奏するで~。これ、吹く予定の楽譜置いとくから、よろしくな!」
そう言うと大地は扉を閉めて隣のクラリネットの部屋へ行ってしまった。
「……正直、俺はついていけませんけどね」
和洋が大げさにため息を漏らして楽譜を一瞥する。周平が手にした楽譜を見ると、いきものがかりの『じょいふる』、ニューサウンズインブラスの『第三の男』と『ディズニー・クラシックス・レビュー』が置かれていた。
隣のクラリネットでもサックスパートと変わらず飄々とした雰囲気で大地は楽譜を置いていった。呆れた様子で未央と朋子が楽譜を手に取る。
「うわぁ~……さすがやな。ポップスばっかりやで」
今まで学校内で演奏する機会があっても、クラシックや吹奏楽オリジナルが多かっただけに、ポップスを演奏するのは本当に久しぶりだったのだ。
「どんなんやねん」
将輝がその3曲のうちの1曲を手に取った。その途端、将輝の目がキラキラと輝きだしたのだ。
「ど、どないしたん竹中くん?」
未央が驚いて尋ねる。
「これ、ホンマにするんか!?」
「す、するんちゃうの? 先生が楽譜置いて行ったし……あ、竹中くん!?」
未央の言葉を最後まで聞き終わらないうちから、将輝は職員室に向かって駆け出していた。
大地がウィークエンド・イン・ニューヨークのスコアとにらめっこしていると、「島崎先生!」という大声が職員室中に響いたので、大地も他の先生も驚いて入口のほうを振り向いた。そこには将輝が肩を揺らしながら立っていた、
「静かにせんかいな! 職員室やで?」
大地は慌てて将輝のところへ駆け寄って声をかける。
「ほんで、どないしてん?」
「あ、あのっ……『じょいふる』って、吹くだけですか!?」
「吹く以外に何があんねん?」
大地はキョトンとした表情で返す。
「あの、PVにダンスあるじゃないッスか!?」
「あー……あのポッキーのCMのんか?」
将輝はウンウンと大きくうなずく。
「あのダンス、やったらあきません!?」
「へ?」
大地は呆気に取られてしまう。しかし、目をキラキラと輝かせる将輝の表情に押され、思わずこう答えてしまった。
「別にアカンことはないけど……」
「ありがとうございます!」
将輝は最後まで聴き終わらないうちに、職員室を飛び出していた。
「なんや、アイツ……」
大地は頬を掻きながら首を傾げるしかなかった。
実は将輝はいきものがかりの熱狂的ファンである。いきものがかりのコンサートにはすべてといって良いほど参加している。これまで、部活も何度か家庭の事情と称して休み、コンサートに参加したことがあるほどだ。
そして、何を隠そう熱狂的ファンである将輝は、この『じょいふる』のプロモーションビデオで公開されている、実に楽しそうなダンスをすべて踊ることができるのだ。カラオケへ行くことも稀にある将輝だが、一人カラオケの時には踊り狂っている。じょいふるの演奏が決まったならば、このダンスは絶対に踊りたい。将輝はそう考えていた。
おまけに、新入生歓迎会だ。盛り上げた者勝ちだと彼は考えていた。
階段を駆け上がった将輝が真っ先に駆け込んだ部屋は、トランペットの部屋だ。
「金木!」
部長の愛美の部屋に駆け込む。
「どうしたん? 珍しく慌てて……」
「お前、じょいふるのダンス踊れたりせんか!?」
「は……? 何、それ」
愛美の反応にガックリ肩を落とす将輝。
「えぇわ! ありがとう!」
「へ? あぁ、うん……」
愛美は隣のトロンボーンの部屋に駆け込む将輝の背中を呆然と見つめていた。
ロングトーン真っ最中であった利緒は、いきなり開いた扉の音の大きさに驚いて飛び跳ねた。
「ビックリさせんといてよ! 竹中くん!」
「ゴメン! あのさ、この中でいきものがかりのじょいふる歌える人おる!?」
利緒、譲、進士の3人が顔を合わせる。
「俺は歌えますけど……」
進士が小さく手を挙げた。
「ほな、PVのダンス踊れる!?」
「それはさすがに無理っすよぉ」
「そうかぁ……すまん、邪魔して! ありがとう!」
その後も将輝はあらゆるパートの部屋に駆け込んでいったが、返ってくる答えは「踊れない」ばかり。将輝はそのたびに落胆していった。
将輝が通り過ぎていった後のパートの部屋では、ざわめきが起きていた。あのクールな将輝が躍起になって、ダンスをできる部員を探しているのだからその衝撃はかなり大きかった。
最後に残ったパートを見て、将輝は大きくため息を漏らした。
「サックスか……。一番行きたくなかったけどなぁ」
将輝は渋々サックスパートの部屋の扉を開けた。
「……失礼しまーす」
周平が将輝の姿を見て目を丸くした。
「ど、どないしたん?」
優花も滅多に姿を見せない将輝の姿に目を丸くする。
「あ……あのさ……」
将輝は大声で彼らに聞いた。
「この中で『じょいふる』のダンス踊れる人おる!? PVのダンスやねんけど!」
「踊れるよ」
即答したのは、なんと周平だった。
優花、和洋、光晃、猛の4人が驚いて目を丸くする。
「踊れんの!? 森田くん!?」
優花が驚いて大声を上げた。
「うん。だってオレ、いきものがかり大好きやから……うわ!?」
将輝が手を握ってきたのだ。
「ホンマか!?」
「う、うん」
「ほな、お願いがあんねん!」
「何?」
将輝の勢いに押されるまま、周平は問い掛ける。
「俺と一緒に新入生歓迎会でダンス、踊ってくれ!」
目が点になってしまう周平。
「お、踊ってくれへん?じゃなくて、踊ってくれ?」
「頼む! な!? 場を盛り上げるんにちょうどえぇやろ!?」
周平は押されるがまま、うなずいてしまった。
「やったああああ! ホンマやで!? 約束な!」
「わ、わかったわかったから!」
「よっしゃー! やる気出てきたぁ!」
将輝は大声を上げてクラリネットのパート練習の部屋に戻っていった。唖然とした様子ばかりのサックスパートの面々。優花は「ホンマに踊るん?」と周平に聞いた。
「あそこまで熱望されちゃあなぁ……」
周平が苦笑いする。
「せやけど……アイツ、クールなヤツやと思ったのに……。なんか、化けの皮剥がれたな」
周平はクスッと笑った。何か熱いものがこみ上げてきた。不思議な気持ちだったが嫌な気持ちではなく、気持ちの良い感情であった。