第8話:賠償金は「国一つ分」ですが、よろしいですね?
帝国の地下牢に繋がれたカイルの前に、アルカード様と私は並んで立っていた。
数日前まで王太子として踏ん反り返っていた男の面影はなく、カイルはガタガタと震えながら私を見上げていた。
「エルナ……頼む、助けてくれ! ほんの出来心だったんだ! 俺たちは、ただ君が心配で……」
「心配? 私を『生贄』として死の森へ捨てた方が、よくおっしゃいますね」
私の冷たい言葉に、カイルが言葉を詰まらせる。
その隣で、アルカード様が漆黒の羊皮紙を広げた。
「カイル・フォン・ロセリア。貴様が犯したのは、一国の妃に対する略奪未遂、および不法侵入。……これは立派な開戦事由だ」
「なっ、戦争だと!? そんな……!」
「嫌なら選べ。……貴様の身代金として、母国の穀倉地帯の割譲、およびこれまでのエルナに対する精神的苦痛への賠償金――国家予算三年分を支払え。さもなくば、明日にも軍を動かす」
それは、ただでさえ飢饉に苦しむ母国にとって、死刑宣告に等しい要求だった。
◇◇◇
一方、母国の王城。
カイル捕縛の知らせを受けたアシュバッハ公爵(私の父)とリリアは、パニックに陥っていた。
「お父様、どうしましょう! 賠償金なんて払ったら、私のドレスも宝石も買えなくなっちゃうわ!」
「黙れ! 今や民衆は暴動寸前だ。そこに帝国の軍勢が来れば、この国は終わりだぞ!」
そこへ、ボロボロになった近衛騎士が駆け込んできた。
「報告します! 聖女リリア様が管理していた精霊の泉が完全に枯渇しました! それどころか、地脈が逆流し、王都の建物が次々と崩壊しています!」
「な……なんですって!? 私のせいじゃないわ、精霊たちが勝手に怒ってるだけよ!」
リリアが狂ったように杖を振るが、精霊たちは彼女を嘲笑うかのように、霧となって消えていく。
彼らはまだ気づいていない。
精霊たちが守っていたのは「国」ではなく、そこにいた「エルナ」だったということに。
守るべき主を失った精霊たちは、もはやこの土地に留まる理由などなかった。
翌日。
母国の全権大使が、涙を流しながら帝国の要求をすべて飲む契約書にサインした。
カイルは国外追放同然の扱いで解放されることになったが、彼を待っていたのは、怒り狂った民衆たちが待ち構える、荒れ果てた故郷だった。
「……アルカード様、これで本当にお別れですね」
城のバルコニーから、遠ざかる母国の馬車を見送りながら、私は呟いた。
「ああ。これからはあの国がどうなろうと、君には関係ない。君の幸せだけを考えていればいい」
アルカード様は私の肩を抱き寄せ、優しく額に口づけをした。
「さて……復讐の後は、私たちの本当の『挙式』の打ち合わせをしようか。君が世界で一番輝く日を、私が用意する」




