第7話:帝国の女神降臨と、無様な侵入者
帝国の建国記念祭当日。
城下町は、かつての暗い雰囲気など微塵もなく、色とりどりの旗と精霊の光で溢れかえっていた。
「緊張するか、エルナ?」
アルカード様が、私の手を取る。彼が纏う正装は、私の瞳と同じ薄紫色の刺繍が入った漆黒の軍服。
対する私は、精霊たちが総出で糸を紡ぎ、朝露を宝石に変えて飾り立てた、純白のドレスに身を包んでいた。
「はい……。でも、陛下が隣にいてくださるなら、不思議と勇気が湧いてきます」
「ふっ、可愛いことを言う。……さあ、世界に見せつけてやろう。我が誇る、世界で一番美しい妃を」
バルコニーへ一歩踏み出した瞬間、地響きのような歓声が上がった。
精霊の加護によって輝く私の姿を見て、民たちは次々と地面に膝をつき、祈りを捧げる。
「女神エルナ様!」「帝国に光を!」
その光景を、城門近くの群衆に紛れて、汚れたマントで顔を隠した男が、血の滲むような思いで見上げていた。
……母国の王太子、カイルである。
「(……信じられん。あれが、あの地味で無能だったエルナだと!?)」
カイルは、自分の国でリリアが喚き散らす姿と、今、目の前で聖母のように微笑むエルナを比較し、激しい後悔と嫉妬に狂った。
「(エルナがいれば、あの称賛も、精霊の力も、すべて俺のものだったはずだ。……そうだ、無理やりにでも連れ戻せば、あいつもすぐに俺に縋るはずだ!)」
その夜。
祝宴の最中、私は喉を潤すために少しだけテラスへ出た。
そこへ、影から突然、男が飛び出してきた。
「エルナ! 迎えに来たぞ!」
「……え?」
目の前に現れたのは、かつての婚約者。だが、その姿はあまりに無様だった。
髪は乱れ、服は汚れ、目は血走っている。
「カイル様……? なぜここに……」
「さあ、来い! お前のような清楚な女に、この野蛮な皇帝は似合わん! 俺が許してやるから、今すぐ戻って精霊を鎮めろ! 聖女の姉として、妹を支えるんだ!」
カイルが強引に私の腕を掴もうとした、その時。
「――その汚い手を離せと言ったはずだ、小バエが」
背後から、氷点下の声が響く。
気づけば、カイルの周囲は真っ黒な影の鎖でがんじがらめに縛り上げられていた。
「がはっ!? な、なんだこの力は……!」
「我が城にネズミが紛れ込んだと思えば……王太子自ら泥棒に入るとはな」
アルカード様が、ゆっくりと暗闇から現れる。その瞳は、獲物をなぶり殺そうとする魔王そのものだった。
「アルカード様、お待ちなさい。……カイル様、一つだけお伝えします」
私は、鎖に繋がれて地面に這いつくばるカイルを、冷ややかに見下ろした。
「あなたは私を『清楚』と言いましたが……それは、あなたの好みに合わせるために、私が自分を殺していただけです。今の私は、陛下に愛され、私らしく笑っています。……もう二度と、あなたの名前を呼ぶことはありません」
「な……っ!? この俺に向かって……!」
「連れて行け。……この男の処遇は、後で母国と『外交問題』としてじっくり話し合うとしよう」
アルカード様の冷徹な宣告。カイルは惨めに叫びながら、影の中に引きずり込まれていった。




