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第5話:今さら「戻れ」なんて、どの口が言っているのですか?

「エルナ、会う必要はない。私が今すぐ首を跳ねて国境へ並べさせてやろう」

「いいえ、陛下。一度だけお会いします。……ちゃんとお別れを言わなくてはなりませんから」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすアルカード様をなだめ、私は謁見の間へ向かった。

 そこにいたのは、かつて私を「無能」と蔑んだ王太子の側近、ライナス伯爵だった。

 彼は私の姿を見るなり、驚愕に目を見開いた。

 最高級のシルクを纏い、精霊が宿る宝石を散りばめた私の姿は、母国にいた頃の「地味な娘」とは別人だったからだ。


「……エルナ様! 探しましたぞ! さあ、すぐに荷物をまとめてください。カイル殿下がお待ちです!」

「……お久しぶりですね、ライナス様。それで、どうして私が戻らなければならないのですか?」


 私の問いに、ライナスは苛立たしげに叫んだ。


「決まっているでしょう! あなたが去ってから、我が国の精霊たちが暴動を起こし、作物は枯れ、川は干上がっているのです! リリア様だけでは手に負えない。姉であるあなたが戻り、精霊を鎮めるのが義務でしょう!」


 あまりの言い草に、私の隣に座るアルカード様の周囲から、パキパキと空気が凍りつく音がした。

 だが、私が制するより先に、ライナスはさらに失礼な言葉を重ねる。


「そもそも、このような呪われた蛮族の国にいつまでいるつもりだ。生贄の役目は終わった。さあ、カイル殿下の慈悲に感謝し……」

「――黙れ、虫ケラが」


 アルカード様の地を這うような声が響いた。

 次の瞬間、ライナスの足元がドロリと影に飲み込まれ、彼はその場に膝をつかされた。


「ひっ……!? な、なんだこの圧は……!」

「私の妃を、生贄と呼んだか? 我が帝国を、蛮族の国と呼んだか?」


 アルカード様が立ち上がり、ライナスの前までゆっくりと歩を進める。その背後には、怒り狂う精霊たちが巨大な獣のような影となって浮き上がっていた。


「エルナは私の命の恩人であり、この帝国の母だ。貴様らのような無能なクズ共に、指一本触れさせると思うか?」

「ひ、ひぃいっ! し、しかし、彼女は我が国の公爵令嬢……!」

「いいえ、ライナス様」


 私は、震えるライナスを静かに見つめた。


「私はあの日、父に勘当され、カイル様に婚約を破棄されました。今の私は、ガラルド帝国の皇帝アルカード様の妻です。……あなたの国の苦境は、私を捨てた皆さんが選んだ結果でしょう?」


 私は精霊たちにそっと命じた。

 すると、ライナスの着ていた豪華な服がボロボロと砂のように崩れ落ち、彼が持っていた魔石の杖がパリンと割れた。


「今のあなたたちの国に、貸せる力はありません。お引き取りください」

「う、うわああああ!」


 アルカード様の影に弾き飛ばされ、ライナスは無様に転がりながら謁見の間から追い出されていった。


「……ふん、生ぬるい。エルナ、やはり殺しておくべきだったな」

「陛下、お洋服が汚れますから。……それより、さっき『私の妻』って言ってくださいましたね?」


 私が少しからかうと、最強の皇帝は途端に耳まで真っ赤にして顔を背けた。


「……当然だろう。君は、私のものだ」


 一方、命からがら逃げ帰ったライナスを待っていたのは、さらに地獄と化した母国の惨状だった。

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