第23話:世界の聖母になっても、私はあなたの妻ですから
アルエルが母国の跡地を「楽園」へと変えてしまった事件は、瞬く間に世界を震撼させた。
かつて帝国を「死の国」と呼び、教国を「正義」と信じていた諸国は、今や我先にと帝国への恭順を誓い、親書を送りつけてくる。
「――『精霊の聖母エルナ様を、我が国の守護聖女としてお招きしたい』だと? ふざけるな」
執務室でアルカード様が、他国から届いた招待状を影の炎で焼き捨てていた。
彼の背後には、かつての冷酷な皇帝を凌駕するほどの「独占欲」という名の黒いオーラが渦巻いている。
「陛下、そんなに怒らないでください。私はどこへも行きませんから」
「当たり前だ。君は私の妃であり、この国の魂だ。どこの馬の骨とも知れぬ王たちが、君の指先に触れることすら許さん」
アルカード様は私を膝の上に抱き上げ、子供のように首筋に顔を埋めた。
世界が私を「聖母」と崇め奉ろうとも、この方にとっては出会ったあの日から変わらず、守るべき一人の女性なのだ。
「おとうさま、お母さまを独り占めしちゃだめだよ!」
そこへ、精霊の背に乗ったアルエルが窓から飛び込んできた。
彼は私のもう片方の腕に抱きつき、アルカード様と火花を散らす。これが最近の、ガラルド帝国の日常的な光景だ。
そんな賑やかな日々の中、私はふと、自分の体に宿る「新しい光」に気づいた。
「……あら。アルエル、あなたにお友達ができるかもしれませんわ」
私が微笑みながらお腹に手を当てると、アルカード様とアルエルの動きが同時に止まった。
一瞬の静寂の後、城中の精霊たちが狂喜乱舞し、窓の外からは何千もの鳥たちが祝福の歌を歌い始めた。
「……エルナ、まさか」
「はい。アルエルの時よりも、もっと穏やかで……優しい光を感じます」
アルカード様は震える手で私のお腹に触れ、そのまま私を折れんばかりに抱きしめた。
「……ああ。神も精霊も、どれだけ私を幸福にすれば気が済むのだ。君を愛して、本当に……本当に良かった」
かつて「無能」と蔑まれ、家を追われた少女。
今、彼女は最愛の夫と息子、そしてこれから生まれる新しい命に囲まれ、世界で一番幸せな「聖母」として、その愛を大地に注ぎ続けている。




