第22話:過去の傷跡さえ、光で塗り替えてしまいましょう
ある日のこと、五歳になったアルエルが、図書室で古い地図を見つけ、不思議そうに首を傾げていた。
「ねえ、お母さま。帝国のすぐ外にある、この茶色の場所はなあに? 精霊さんたちが『とっても悲しい匂いがする』って泣いているよ」
アルエルが指差したのは、かつて私を捨てた母国、ロセリア王国の跡地だった。今やそこは、どの国にも属さず、土地が枯れ果てた「呪われた荒野」と化している。
「……そこはね、お母さまが昔いた場所よ。でも、もう誰もいないの」
私の言葉に、アルエルは真剣な顔をして立ち上がった。
「だめだよ。精霊さんたちが泣いている場所があるなんて。……ぼく、そこを綺麗にしてくる!」
止める間もなく、アルエルは庭へ飛び出し、無数の精霊たちを従えて空へと舞い上がった。慌てて追いかける私とアルカード様が目にしたのは、幼い王子の驚くべき「力」だった。
荒野の真ん中に降り立ったアルエルが、両手を広げて歌う。
「悲しいのはおしまい。ここをお花でいっぱいにして!」
その瞬間、アルエルの小さな体から黄金の光が爆発的に広がり、かつてのロセリア王国の全土を飲み込んだ。
石ころだらけの地面から緑が芽吹き、崩れた城の跡には色とりどりの花が咲き乱れる。
それは復讐でも破壊でもなく、過去そのものを「美しい楽園」へと作り替える、圧倒的な浄化だった。
「ひ、ひいぃ……! 眩しい、眩しすぎる!」
道端でうずくまっていた浮浪者姿のカイルや、正気を失っていたリリアは、そのあまりに眩い光に耐えられず、目を押さえて逃げ出した。
彼らが縋り付いていた「過去の優越感」も「憎しみ」も、アルエルの純粋な光の前では、何の価値もないゴミのように消え去ったのだ。
「……やってくれたな、あの子は」
追いついたアルカード様が、呆れたように、しかし誇らしげに笑う。
「ええ。私たちの過去を、あんなに綺麗に塗り替えてくれるなんて」
かつての「地獄」は消えた。
今、そこにあるのは、精霊が舞い、子供が笑う、新しい世界の一部。
私たちは、泥まみれで逃げていく影たちに一度も目を向けることなく、光り輝く息子を抱きしめるために駆け寄った。




