第20話:新しい命と、世界を包む祝福の歌
カイルとの決別から数ヶ月。
帝都は、かつてないほどの穏やかな期待感に包まれていた。
庭園の木々は、冬を越す前から精霊たちの力で一斉に花を咲かせ、空には昼間でも虹が消えることはない。
そして、その日は訪れた。
「――っ、ぅ……」
寝室に、エルナの短い喘ぎ声が響く。
アルカード様は、普段の冷静沈着な姿からは想像もできないほど狼狽し、私の手を握りしめていた。
「エルナ、しっかりしろ! 私が……私が代われるものなら、この命など安いものなのに……!」
「陛下……大丈夫、です。精霊さんたちが、守ってくれていますから……」
私の言葉通り、部屋中を埋め尽くす光の精霊たちが、痛みを和らげるように私の体に寄り添い、温かな旋律を奏でている。
やがて、夜が明け、最初の一筋の朝日が部屋に差し込んだ瞬間――。
元気な、産声が響き渡った。
「……生まれた。おめでとうございます、陛下、皇妃様! 健やかな王子様です!」
産着に包まれた小さな赤ん坊が、アルカード様の手に渡される。
赤ん坊は、アルカード様と同じ黒い髪と、私と同じ薄紫色の瞳を持っていた。彼が小さく欠伸をした瞬間、帝国の全土で一斉に精霊たちが歓喜の光を放ち、枯れていた遠くの荒野さえもが一瞬で緑に染まったという。
「……よく来てくれた。私の、私たちの誇りだ」
アルカード様の瞳から、再び涙が溢れる。
彼は赤ん坊を私に預け、その小さな額と、私の額に順に口づけをした。
「エルナ、ありがとう。君が私に、本当の『家族』という光をくれたんだ」
その報せは、帝国の民を熱狂させた。
「精霊の御子」の誕生。それは、この国が永遠に精霊に守られる約束でもあった。
一方で、かつてエルナを捨てた母国では、最後の王族であるカイルが精神を病み、廃人同様となって街を彷徨っていた。
彼は、青空を舞う精霊の光を見るたびに、「エルナ、俺を見てくれ」と虚空に向かって手を伸ばすが、精霊たちが彼に触れることは二度となかった。
エルナの腕の中にある小さな命。
それは、失われたものへの復讐ではなく、新しく手に入れた「愛」の象徴だった。




