第2話:呪われた皇帝は、冷酷なフリをして私を抱き上げた
ガタゴトと揺れる馬車に揺られ、数日。
辿り着いたガラルド帝国の城は、噂通りの「死の森」に囲まれていた。
どす黒い霧が立ち込め、木々は枯れ果てている――ように見えるのは、普通の人だけ。
(……精霊さんたちが、泣いている)
私の目には、強すぎる魔力に酔って、苦しそうにのたうち回る精霊たちの姿が見えていた。
「おい、生贄の女。さっさと降りろ」
帝国兵に促され、私は重厚な謁見の間の扉をくぐる。
そこにいたのは、漆黒のローブを纏い、顔の半分を禍々しい仮面で覆った男――皇帝アルカードだった。
彼の周りだけ、空気が歪むほどに重い。
彼が指先を動かすたび、体中を這う黒い「呪いの痣」がうごめいている。
「……お前が、アシュバッハ公爵家の『残り物』か。我が国に女を寄越せと言った覚えはないが、母国のクズ共に捨てられたというわけか」
冷徹な声。けれど、私には聞こえていた。
彼の肩に、必死にしがみついて泣いている小さな精霊の声が。
『苦しい、苦しいよぉ……この人の魔力が強すぎて、溶けちゃうよぉ……』
皇帝自身が呪われているのではない。
彼の魔力があまりに純粋で強大すぎるがゆえに、制御しきれない精霊たちが暴走し、彼の体を蝕んでいるのだ。
「……陛下、お怪我はございませんか?」
私が思わず一歩踏み出すと、周囲の騎士たちが剣を抜いた。
「寄るな! 陛下の呪いに触れれば、貴様など一瞬で腐り落ちるぞ!」
「……ふん、死に急ぐ女だ。好きにしろ。呪いが伝わっても恨むなよ」
アルカード様は自嘲気味に笑い、私を追い払おうとした。
けれど、私は止まらない。
彼の目の前まで歩み寄り、その黒い痣が浮き出た手首を、そっと両手で包み込んだ。
「大丈夫ですよ。……ほら、もう泣かなくていいんです」
私が精霊たちに語りかける。
『さあ、落ち着いて。彼の魔力と仲良くなって。……私が繋いであげるから』
その瞬間。
私の手から溢れ出した淡い光が、アルカード様の体を包み込んだ。
猛り狂っていた黒い霧が、キラキラとした金色の粉へと変わっていく。
「な……っ!? 呪いが、消えて……?」
仮面の隙間から見えるアルカード様の瞳が、驚愕に見開かれる。
痣はみるみるうちに消え、代わりに彼が本来持っていた、透き通るような美しい肌が露わになった。
同時に、彼の強すぎる魔力が私を介して精霊たちと調和し、心地よい微風となって謁見の間を吹き抜ける。
「……はあ、やっと静かになりましたね。陛下、もう痛くないですよ」
私が微笑むと、アルカード様は呆然としたまま、私の腰を引き寄せた。
「貴様……一体、何をした? 十数年、誰にも解けなかったこの呪いを、一瞬で……」
至近距離で見つめ合う。
仮面がわずかにズレ、その下から現れたのは、息を呑むほどに美しい、鋭くも高潔な美貌だった。
「……私の名は、エルナ。精霊たちの言葉が、少しだけわかる……ただの地味な女です」
「地味、だと? ……冗談ではない。私を救ったのは、君が初めてだ」
アルカード様の手が、私の頬を熱っぽく撫でる。
冷酷だと思っていた彼の瞳に、見たこともないような執着の炎が宿るのを、私はまだ知らなかった。
「決めたぞ。エルナ、君を今日限りで私の妃とする。……誰にも、この城から一歩も出させはしない」
(……ええっ!? 生贄じゃなかったんですか!?)
こうして、私の「死の国」での生活は、予想外の方向へと爆走し始めた。




