第16話:我が子を狙う影は、一瞬で灰にする
私が新しい命を授かった喜びも束の間。帝都の空気は一変した。
空は不自然な紫色の雲に覆われ、街にいた精霊たちが怯えたように私の影の中に隠れ始めた。
「……エルナ、私の側を離れるな」
アルカード様は政務をすべて中断し、片時も私から離れようとしない。彼の影は生き物のように城の壁を這い回り、見えない侵入者を警戒していた。
その夜、寝室の窓が音もなく砕け散った。
現れたのは、肉体を持たないはずの「影の暗殺者」たち。亡国の魔導師ゼノスが送り込んだ、魂を喰らう死霊だ。
「……見つけたぞ、精霊の器。その腹の中にある輝き、我ら主人がいただく」
死霊たちが鎌を振り上げ、私の腹部に手を伸ばそうとした瞬間。
部屋の温度が氷点下まで下がり、圧倒的な圧力が空間を支配した。
「――私の許可なく、誰の所有物に触れようとした?」
暗闇の中から現れたアルカード様の瞳は、冷酷な真紅に染まっていた。
彼が指を弾いた瞬間、影の暗殺者たちは悲鳴を上げる暇もなく、逆方向に捻じ切られ、霧散した。
「アルカード様……」
「大丈夫だ、エルナ。……鼠が紛れ込んだようだが、すべて駆除してやる。一匹残らずな」
だが、霧散した影の中から、ゼノスの不気味な声が響いた。
『ふふふ……皇帝よ、無駄な抵抗だ。その女が持つ「精霊の源流」は、もはや私と繋がっている。彼女が幸せになればなるほど、その力は熟し、収穫の時を迎えるのだ……』
その言葉と共に、私の腹部がチクリと痛んだ。
精霊たちが「守らなきゃ!」と必死に私の周りでバリアを張るが、見えない呪いの糸が私の生命力を少しずつ吸い取っているのがわかる。
「……おのれ、姑息な真似を」
アルカード様の怒りが爆発した。
彼の魔力が荒れ狂い、城の石造りの壁がメキメキと音を立てて崩れていく。
「エルナ、案ずるな。……世界を滅ぼしてでも、その呪いごと、元凶を叩き潰してくる」
彼は私を優しくベッドに横たえると、騎士団を招集した。
それは「防衛」のためではない。魔導師ゼノスを根絶やしにするための、帝国の総力を挙げた「殲滅戦」の始まりだった。
◇◇◇
一方、母国に残されたクズたちも、この異変を感じ取っていた。
空を覆う不気味な雲を見て、カイルは呟く。
「……エルナが死ぬ? あいつが死ねば、この呪いも解けるのか……?」
自分たちを捨てた女が苦しむことを願う彼ら。
だが、彼らはまだ知らない。アルカードという男が、愛する妻と子のために、どれほど残虐な怪物になれるのかを。




