第1話:無能と蔑まれた公爵令嬢、婚約破棄されて「死の国」へ売られる
「エルナ・フォン・アシュバッハ! 貴様のような無能との婚約など、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
きらびやかな王城の夜会会場。その中心で、私の婚約者である第一王子カイルが、私の妹であるリリアの腰を抱き寄せながら高らかに宣言した。
周囲の貴族たちから、冷笑と嘲りの視線が突き刺さる。
「……カイル様。それは、どういう意味でしょうか?」
私が静かに問い返すと、カイル様は吐き捨てるように言った。
「言葉通りの意味だ。この国において、聖女の力を持たぬ公爵令嬢など、ただの穀潰しに過ぎん。聖女として目覚めたリリアこそが、次期王妃にふさわしい!」
「お姉様、ごめんなさい……。でも、精霊様が『カイル様と一緒にいて』っておっしゃるの」
妹のリリアは、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、わざとらしく潤んだ瞳で私を見下した。
――精霊が、そう言った?
私の耳には、リリアの背後で彼女を嫌って逃げ惑う精霊たちの、不快な悲鳴が聞こえていた。
反対に、私の周りには無数の精霊たちが集まり、「主を侮辱する愚か者に報いを!」と怒り狂っている。
彼らの怒りをなだめるだけで、私は精一杯だった。
「エルナ、貴様の行き先はもう決めてある。隣国ガラルド帝国の『呪われた皇帝』のもとへ、生贄として嫁いでもらう」
会場に動揺が走る。ガラルド帝国。呪われた「死の森」を抱え、近づく者すべてを飲み込むという恐ろしい国。そこへ嫁ぐということは、死を意味する。
「お父様……あなたも、よろしいのですか?」
壁際で冷ややかにこちらを見ている父、アシュバッハ公爵に視線を送る。父は鼻で笑った。
「我が家に無能はいらぬ。リリアという希望が生まれた今、お前はもはや家の恥だ。さっさと消えるがいい」
……ああ、そう。
この国には、もう私の居場所も、守るべきものもない。
「わかりました。その婚約破棄、謹んでお受けいたします。……皆様、どうかご健勝で」
私は深く礼をした。
その瞬間、ガシャン! と音を立てて、会場の巨大なシャンデリアが激しく揺れた。
窓の外の美しい庭園の花々が一瞬で黒く枯れ果て、温かかった夜風が、凍てつくような冷気に変わる。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
「精霊様の加護が、薄れているのか……?」
狼狽えるカイル様や父を背に、私は迷わず会場を後にした。
彼らは知らない。
この国に豊かな実りを与えていたのは、リリアのまやかしの魔法ではなく、私が精霊たちをなだめていたからだということを。
そして、私が去ったこの国に、もはや精霊の加護など一滴も残らないということを。
私はそのまま、用意されていた古ぼけた馬車に押し込められた。
行き先は、呪われた死の国。
でも、不思議と怖くはなかった。
私の周りで「一緒に行くよ!」と励ましてくれる、透明な精霊たちの声だけが温かかったから。




