日本国内における病原体保有マダニとその生態
以前、「なろう世界の狩猟とマダニに関する一考察」でマダニの総論的な生態を、「日本国内におけるマダニ由来感染症」で各感染症について投稿させていただきました。
今回は、マダニ種別ごとの生態と病原体保有状況について書かせていただこうと思います。
文字ばかりで申し訳ありません。画像をつけてもいいかと思ったのですが、マダニ写真だらけで嫌な人にはとても嫌な投稿になってしまいそうでしたので避けました。興味がある方はマダニ種名で検索していただければ出てくるかと思います。
日本国内のマダニは以前書かせていただきました通り、47種(一部書籍ではマダニ上科として46種)が知られています。この中でヒトを好んで刺咬する種は一部ですし、また、ヒトに感染する病原体を保有しているマダニも一部です。ですので、マダニ種別の生態を知ることである程度の予防は可能と考えています。とはいえ、まだマダニ感染症が見つかっていない地域、現時点で病原体保有が知られていない種もありますので油断は禁物ではあります。
マダニの生態
マダニに関してはギリシャ時代からヒトや動物に対して付着する記述が認められますので、相当昔からヒトや動物と関わりがあったと考えられます。
以前にも記載しましたが、マダニは卵→幼ダニ→若ダニ→成ダニのステージをとり、吸血で栄養を確保します。飼育条件下では43日~343日でこのサイクルが回りますが、野外では冬季に活動が低下しますので2年ほどかかるのではないかと推察されます。
乾燥には弱めですが、十分な湿度(80%程度)さえあれば、宿主を得ない状況であっても1年程度飢餓に耐えることができます。したがって、湿度が十分な草むらや落ち葉が堆積している場所は絶好の生息場所となります。
マダニ属分類
マダニ上科は以下の8属に分類されます。
ヒメダニ属、カズキダニ属→やわらかいダニ。主に鳥類に付着
キララマダニ属→大型のマダニ。ヒトが大好きなタカサゴキララマダニが含まれる。SFTSの事例で出てくるマダニの写真は大体これ
カクマダニ属→大型のマダニ。タイワンカクマダニ1種のみ。イノシシ、クマなどに付着。稀にヒト刺咬例あり
コイタマダニ属→クリイロコイタマダニ1種のみ。イヌが主体。稀にヒト刺咬例あり
ウシマダニ属→オウシマダニ1種のみ。ウシが主体。中国でSFTSとの関連が疑われているが、日本国内では過去ウシバベシア症の防除のため駆除が徹底的に行われた結果、現在では南西諸島の一部離島にのみ生息
チマダニ属→日本国内では18種が知られる。病原体を媒介する種が多い
マダニ属→日本国内では18種が知られる。一部病原体を媒介する種があり
日本国内におけるマダニ由来感染症
前投稿と一部重複しますが、病原体と主なベクター属は以下の通りとされています。
ウイルスによるもの
マダニ媒介性脳炎 マダニ属
重症熱性血小板症候群(SFTS) チマダニ属など
細菌によるもの
リケッチア
日本紅斑熱 チマダニ属
極東紅斑熱 チマダニ属
その他紅斑熱群 マダニ属、キララマダニ属など
アナプラズマ 複数属
スピロヘータ
ライム病 マダニ属
その他ボレリア症 マダニ属など
細菌その他
Q熱 チマダニ属
野兎病 複数属
原虫その他
バベシア症 マダニ属
線虫症 チマダニ属
では、日本国内で病原体の保有が確認されているマダニについて属別に挙げていきたいと思います。
全部挙げていますと膨大になりますので、メジャーどころを中心にさせていただきます。
すべてのマダニが病原体を保有しているわけではありませんが、病原体は介卵感染するものが多いため、親から子に病原体が伝達され、長距離を移動する術を持たないマダニはその地域に定着しますので、患者発生地域に偏在性が認められています。
キララマダニ属
タカサゴキララマダニ(Amblyomma testudinarium)
成虫はイノシシなど大・中型哺乳類、幼若虫は鳥類、爬虫類、両生類などの中・小型動物で認められる。ヒト刺咬例はかなり多い。紅斑熱群リケッチアのRickettsia tamurae、SFTSウイルスを保有していることが多い。
国内最大種で成虫は通常時10mm程度、飽血時は小石のように見える。関東~北陸地方以南および南西諸島に分布。刺されたヒト皮膚にTARIと言われるアレルギー性の大きな紅斑が生じることがある。
カクマダニ属
タイワンカクマダニ(Dermacentor taiwanensis)
成虫はイノシシ、クマなど大型哺乳類、幼若虫は野鼠類など小動物で認められる。ヒト刺咬例はまれ。日本紅斑熱病原体(R. japonica)の検出事例あり。SFTSウイルスの検出事例も稀ながらあり。
富山県、神奈川県から南西諸島に生息。イノシシの北上によるものか、近年では福島県、秋田県など東北地方の一部でも認められるようになった。
チマダニ属
フタトゲチマダニ(Haemaphysalis longicornis)
様々な病原体を保有するとされている厄介な種。夏中心に活動するため、ウシの放牧期間に一致し、ウシに多く付着しているが、その他にもシカやイノシシ、一部鳥類にも見られ、ヒト刺咬事例も多い。日本紅斑熱病原体、SFTSウイルス、ピロプラズマを媒介するとされている。海外ではロシアでマダニ媒介性脳炎(ロシア春夏脳炎)、オーストラリアでQ熱媒介が疑われている。
日照の良い明るい環境を好む「草地ダニ」で、河川敷、農耕地、公園のほか、シカ等が生息する山林に見られる。
生態的に単為生殖系と両性生殖系が存在し、単為生殖系は屋久島以北の全国と沖縄本島の一部および与那国島に生息。両性生殖系は福島県北部を北限として南西日本を中心に生息している。
キチマダニ(Haemaphysalis flava)
鳥のほか、多くの大・中型動物にみられる。ヒト刺咬事例も多い。日本紅斑熱病原体の保有が知られ、その他R.canadennsisやEhrlichia murisの保有報告もある。東北地方でヒト関連の野兎病菌の分離例があるが、刺咬によるものではなくイヌ吸着個体をつぶしたことによる指からの間接的感染が疑われている。
全国的に生息する。
オオトゲチマダニ(Haemaphysalis megaspinosa)
主として大型野生動物にみられる。ヒト刺咬事例もある。経験上、シカにくっついているマダニはこの種が多い。紅斑熱群リケッチアのR.tamuraeとR.kotlaniiの検出事例がある。
北海道から奄美大島まで全国的に生息。
以下のチマダニ属は私の経験では前3種に比べるとレアもの。
ツノチマダニ(Haemaphysalis cornigera)
ウシ、イヌ、シカなどにみられ、ヒト刺咬事例もある。日本紅斑熱病原体の保有が知られている。
関東以西の本州、四国、九州、伊豆諸島、南西諸島に生息。
タカサゴチマダニ(Haemaphysalis formosensis)
イノシシ、イヌ、シカ、アマミノクロウサギにみられる。ヒト刺咬事例も稀にある。日本紅斑熱病原体を含む紅斑熱群リケッチアの検出事例がある。
四国から南西諸島に生息。
ヤマアラシチマダニ(Haemaphysalis hystricis)
多くの大・中型動物にみられ、野鼠類では幼若虫の生息が認められる。ヒト刺咬事例もある。日本紅斑熱病原体の保有率が高い地域があり、患者発生地域で調査すると大体この種から病原体が検出される。Trypanosoma原虫の保有例もある。
西日本から南西諸島で日本紅斑熱患者の発生地域で本種の生息が多く認められる傾向がある。
イスカチマダニ(Haemaphysalis concinna)
ウシ、ウマ、イヌなどで認められ、ヒト刺咬例もある。極東紅斑熱リケッチア(R.heilongjiangensis)の分離例が宮城県であり。
北海道から宮城県までの東北地方の太平洋側に偏在。「草地ダニ」で河川敷などに多く、山林ではほとんど認められない。
マダニ属
シュルツェマダニ(Ixodes persukcatus)
多くの大・中型動物で見られ、幼若虫は小動物で認められる。ヒト刺咬例は北海道を中心とした北日本および平均標高が高い中部山岳で多い。北海道全域と本州、九州、四国の高山(800m以上の冷涼帯)に分布する。日本でのライム病症例は本種によるBorrelia afzelii、B.garinii、B.bavariensisによるものが大半とされる。東北地方では野兎病媒介の可能性が疑われており、また、マダニ媒介性脳炎ウイルスとの関連も示唆されている。近年報告された新興回帰熱病原体(Borrelia miyamotoi)を媒介することでも知られている。
ヤマトマダニ(Ixodes ovatus)
多くの大・中型動物やヤマドリなどにみられ、幼若虫は野鼠類で認められる。ヒト刺咬事例はマダニ属の中では最多種。過去には東北地方で野兎病との関連が言われていた。北海道ではマダニ媒介性脳炎ウイルスの分離例がある。ライム病病原体(B.japonica)と紅斑熱群リケッチア(R.asiatica)の特異的保有種。
北海道から屋久島以北の全国に生息する。
パブロフスキーマダニ(Ixodes pavlovskyi)
成虫は鳥類、幼若虫は哺乳類で認められ、ヒト刺咬事例もある。新興回帰熱病原体およびライム病病原体の保有が知られている。
北海道で見られ、本州北部でも山岳帯で渡り鳥および植生から認められる。
長々と失礼しました。
書いておいて申し訳ないのですが、これだけ種が多いと、いちいち種別に気をつけるよりもマダニ全般に注意を払った方がいいかと思います。
マダニ刺咬時の注意点としては、成ダニ若ダニはわかりやすいので除去すればいいですし(除去時に腹を持たないよう注意は必要です)、症状が出れば病院に行ってマダニに刺された旨申告すれば適切な治療が受けられるかと思うのですが、幼ダニは1mmにも満たない小さなものですので、刺されたかどうかほとんどわかりませんが、病原体保有マダニであれば当然ながら感染リスクは存在します。刺し口はほぼ見つかりません。マダニ由来感染症で刺し口がないのに発症しているという事例は、幼ダニの関与が怪しいのではと思っていますので、レジャー等で野山などに行った後、それらしい症状が出れば要注意ということになります。
また、患者発生地域は偏在していますので、旅行の際は行き先の県名等でマダニ感染症を検索すれば大体の発生場所がわかりますので、その場所で野山、草むらに入るときは対策を厳重にした方が無難ということになろうかと思います。
最近、ネコのSFTS感染症が話題に上りますが、動物のマダニ駆除薬は感染予防にはならないので注意が必要です。マダニ駆除薬はあくまでも吸血した時に血液と一緒に薬効成分を送り込む、あるいは付着しているマダニを落とす仕組みですので、マダニ唾液と一緒に入ってくる病原体を防ぐことはできません。
動物の場合はともかく、ヒトの場合は結局、長袖長ズボンと虫よけスプレーで「刺されない」ように注意する、というのが選択肢としてベターかと思います。
マダニは付着してすぐ吸血を始めるものはまれで、吸血するのにいいところを探してから刺しますので、若干のタイムラグはあります。また、刺してから唾液、あるいは消化管内容物を送り込むまでにもタイムラグは存在しますので、野外から帰った後はシャワー+石鹸などでマダニを落としてしまうことで感染確率をさらに下げることができると考えます。
駄文にお付き合いいただきありがとうございました。まだまだマダニ達の活動時期は続きます。対策によって下げられるリスクは下げて、感染症にならないようお気を付けいただければと思います。
参考文献:「医ダニ学図鑑」北隆館