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4話

 ひどい胸の痛みと幻聴が起こるようになったのはいつ頃からだろうか。

 その痛みが何によって生じているのか、それについてはっきりとしている。

 しかし、そのきっかけについては未だに分からないことが多い。分かっているのも、魔力の使用が関係する、ということくらいだ。

 そんな痛みも普段であれば気を失うほどではないのだが、今回の痛みは過去一番酷いものだった。


「っはぁ……はぁ……」


 どれ位たっただろうか。ようやく痛みと幻聴が収まる。

 眩暈は少し残っているが、グレンはなんとか立ち上がる。そして深く息を吸って、呼吸と心を落ち着かせると、額の脂汗を拭う。

 いつの間にか周囲は静けさに満ちている。戦いは終わったようだ。

 戦場跡はどこも変わらない。ここも人だったものの残骸と血生臭い悪臭が残るのみとなった。

 この死体の数を見るに、痛みに耐えていた間にやられなかったのは幸運以外の何物でもないだろう。


「ほぉ? 本当に生き残りがいるとはな」


 自分の悪運の強さにグレンが感謝していると、ふいに背後からそんな言葉が聞こえてくる。

 振り返ったグレンの視線の先にいたのは、一人の男だ。ボロ切れのような服装を着ている所を見るに、先ほどの野盗の一人であるように見えた。


「不運だな。せっかく生き残ったというのに」


 周辺のありさまをぐるっと見渡した男はゆっくりと鞘から剣を抜き、そんなことをグレンにいう。

 その立ち振る舞いと言動に違和感を覚えたグレンは山賊へと問いかける


「お前……。何者だ」


「みて分からないのか? どう見ても野盗だろうよ」


「俺はそんな小奇麗な野盗なんて見たことないけどな。剣も鞘付きとは」


 その野盗が身に纏っているのは一見すると確かにボロ切れだ。しかし、よく見ると糸のほつれからして質の良い生地を切り裂いただけにしか見えない。しかも、ぼろぼろに見えるその布も、切り裂かれているだけで大きな汚れもない。

 先ほどの剣を抜くしぐさ、そしてその口調にもどこか品があるし、野盗が持つにしては剣が綺麗すぎる。

 野党にしてはおかしな点が多すぎるのだ。


「へぇ、下級冒険者の割には中々鋭いな」


 野盗もどきはそんなグレンの言葉を否定すらしない。それどころか、どこか面白そうにしている。


「褒美として俺たちの目的だけ教えてやるよ。死ぬ前にありがたく受け取れよ」


「それはありがたいね」


 随分と上から目線な野盗もどきにグレンはあきれた様子でそう返す。

 そんなグレンの態度を気にもせず、野盗はウロウロと歩きながら話し始める。


「俺たちはな、お前らなんかでは到底お近づきになれないようなお偉いさんからの依頼でここにきてるんだよ。なんのためだと思う?」


「さぁな。さっぱりだ」


「そうだろうな。教えてやるよ。聞き逃すなよ」


 野盗もどきはグレンからほんの数メートル先で立ち止まると、剣をだらりと下げた。

 そして、片足を下げて僅かに踏ん張ると口を開いた。


「聖女殺しだ」


 その言葉と共にグレンへと駆け出した男のスピードは他の野盗とは比にならない。男の目には、無防備にも腕をだらりと下げた隙だらけのグレンが映っている。

 ――少しは見る目はあるようだが、所詮下級冒険者か。

 男はそんな風に目の前の冒険者を見下しながら剣を振りかぶった。



鈍色が暗闇を走るとともに血しぶきが上がる。


「……は?」


 男は想像していたのとは違う感覚に間抜けな声を上げる。

 肉を断ち切る感触が無い。

 悲鳴も聞こえない。

血しぶきが男の視界を濡らすとともに剣が地に落ちた。


「あ?」


 剣を握る感触が無い。

 野盗が自らの腕を眺めると、その先ついているはずの手首から先が綺麗に斬りお落とされていた。

 落ちたのは自分の剣だった。


「お、おれの……」


「情報ありがとうな」


 そして世界が歪んで、視界ズレ落ちていく。


「……手が」


 首を落とされたことさえ理解することもなく、野盗もどきの体と頭は地面に転がった。


「胡散臭いとは思っていたけど、まさか聖女殺しとはな……」


 グレンは先ほど助けた聖女の顔を思い浮かべながら呟く。


聖女殺し(それ)」を初耳だとは言わない。噂くらいには聞いたことはある。

 ただし、聞いていたのは、それが歴史上でも数えるほどしか行われていないこと。そして、その対象は違法行為に手を出したりするような、堕ちた聖女を処分する場合にのみ行われるということだ。


 話によれば、聖女と一言で言っても修道女からなりあがった聖女から、功績を讃えられ聖女になった者、生まれながらにして聖女と定められた者まで、その経緯は様々らしい。

 つまり神の遣いとは言っても、れっきとした人間であること間違いないわけで、そうなると堕ちるものが出てくるのも仕方ないと納得はしていた。しかし、まさか目の前でそれが行われるとは夢にも思っていなかった。


「でもなぁ……。あの子がそんなことするようには見えなかったけど……」


 そう呟くも、出会って間も無い自分では見抜けようもないな、とグレンは自嘲気味に笑う。


「ま、答えはこの先にあるか」


 そしてグレンが見つめる暗闇の先で待っていたのは、聖女が騎士と冒険者、そして野盗達をまとめて蹂躙している光景だった。



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