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1話

「おいおい……」


 血飛沫が舞う。

 人だったものの一部が飛び散る。

 人だったものがひしゃげる。


 戦場においてはごく当たり前の光景であり、そして、そんな光景が広がっているこの場所もまた戦場であった。


 また一つ、肉が潰れる音と共に命が消える。

 散りゆく命に感傷は覚えない。

 別に知り合いでもないし、日常的に目にする光景でもあるからだ。

 戦う事——命を奪う事を生業にしているのだから、そんなことには慣れてしまっていた。


「聞いていた話と違うぞ……」


 だと言うのに、空いた口が塞がらない。

 目の前の光景は、命を奪い合う戦いの場としては異質だった。

 何故なら、その光景を生み出しているのはたった一人の少女であり、蹂躙されているのは騎士や冒険者と言った戦いのプロであったからだ。


 彼女の背の丈は百六十をすこし超える程だろうか。高くも低くも無い背丈に加え、そのスラリとした体からはとても力があるようには見えない。

 しかし、実際には彼女の手に握られた金棒の一振りで、鎧を着た騎士が文字通り宙を舞っている。


「さてと……」


 最後の騎士が地面に叩きつけられた音を最後に、疲れなんて微塵も感じさせない様子の少女が手に握られた金棒を地面に放り投げた。

 彼女の周囲には人の形をしたものと、既に人だったであろう残骸が無数に転がっている。

 記憶が確かなら、騎士と冒険者を合わせて二、三十人は居たはずで、中には上級騎士もいたはずだ。

 彼女はそれを息一つ乱さず、傷一つ負わず殲滅してみせた。


「いつまで隠れているつもりですか?」


 凛と澄んだ鈴の様な美しい声に男の心臓が跳ね上がった。

 彼女は背中を向けているし、自分は離れた位置の茂みの中で闇夜に紛れながら隠れている。しかも、彼女の周辺には騎士と冒険者が使っていたランタンと松明が無数に落ちている。

 明暗の差を考えると、今の状況で彼女が自分に気がつくわけがないのだ。


 いや、これはブラフだ。隠れている者を炙り出す為に言っているに過ぎない——そう思い至って、心臓の高鳴りが少し収まる。

 そうとあれば、このまま隠れていればこの場をやり過ごせるはずだ。


「んー。動くのも手間だから出て来てくれると嬉しいのですが……。確かグレンと言いましたね?」


 そう言うと彼女は優雅に振り返り、男が隠れている場所に目を向けた。


「ッッ………!」


 血の気がひく、身の毛がよだつ、とはこの事だ。

 初めて見た時はただただ美しいと思った彼女の全てが、今この瞬間は随分と違って見える。


 彼女の長く美しく滑らかなプラチナブロンドの髪も、透き通る様な白い肌も、全てを見透かす様な金の瞳も、微笑みを浮かべたその口元も。

 その全てがただただ恐ろしく見えた。


「私も乙女ですから力ずくは避けたいのですが、こうなっては仕方ない」


 そんな言葉と共に少女の姿が描き消えた。


「まずっ!」


 完全に隙を突かれた。

 自分とした事が、完全に気を抜いていた。いや、もしかすると、戦意を失っていたとも言えるかもしれない。

 ただ、幸運なことに、長年戦場で戦って来た経験のおかげか、体だけは少女の動きに反応していた。

 ほぼ反射的に元いた場所からほぼ体を投げ捨てる様に飛び出すと、少女といれ違う様に死体の散らばる広場へと転がる。それとほぼ同時に、男の後方では鈍い衝撃音が響いていた。


「バケモンかよ……」


 油断なく振り返ったその視界には、先程まで彼が隠れていた辺りにあった木がへし折られ、倒れていく様子が映っていた。

 そして、そのすぐそばには手をパンパンと叩きながら、男の方へと歩みを進める少女の姿があった。


「初めから出て来てくれればこんな面倒なことしなくてすみましたのに。木も可哀想に」


 木をへし折ったのはお前だし、そもそも普通は殴っただけで木は折れない。

 そんな事を思いながらも、歩みを進める少女に対して男はジリジリと後ろへ下がる。


「そんなに怯えられると流石の私でも傷付きますね……。別にあなたを傷付けるつもりは無いのですが」


「あれを見てそう思える程、楽観主義者じゃないもんでね」


 その言葉に少女は男の周りに散らばった()()にチラッと目をやると、困った様な表情を浮かべる。


「んー。これは痛いところを突かれました。こちらとしては武器さえ置いていただければ良いのですが。……ほら、私は素手ですし!」


「悪いが断る。素手でも木をへし折れる力で殴られたら普通の人間は死ぬんだよ」


「……頑なですね。ここは手っ取り早くいきましょう」


少女はそんな言葉にため息を吐くと、男がほとんど聞き取れないような小さな声で呟く。


「ん?」

 

 あまりの小さな声に、その内容を聞き取れなかった男が眉を顰めた。そして、そんな一瞬の油断も少女は見逃さなかった。

男が疑問の声を上げた直後、気が付くと男の目の前に少女の姿があった。


「はぁっ!?」


 男は自身へと伸ばされた少女の手を、体勢を崩しながら何とか躱す。しかし、その猛攻は止まらない。少女は再度、体勢を崩した男へと手を伸ばす。

 だが、男もこの道のプロだ。そうやすやすとは捕まってやらない。

 男は崩れた体勢をあえて立て直さず、そのまま後方へとハンドスプリングで回避する。


「すごいですね」


 少女から驚きの声が上がるも、男はそれに構っている余裕はない。

 今のうちにと言わんばかりに、そのまま後方へと駆け出す――が、その瞬間、体が地面へと叩きつけられた。


「かはッ」


「重量魔法って便利ですよね」


 そんな声と共に足音が後方から近付いてくるのを聞きながら、グレンは何とか立ち上がろうとする。しかし、凄まじい圧力に勝てず、そのまま地面に這いつくばった。

 何度も何度も繰り返し抗うも、ついぞその圧力を跳ね返す事はできず、死を告げる足音は自身の直ぐ後ろまで迫ってきていた。


 (ここまでか)


 男の思考は諦めで埋め尽くされた。

 これも自業自得だ。

 色々な事から逃げて、逃げて、大陸の端であるこの場所に辿り着いて。

 傭兵の中では手を出してはいけない、と言われる随分とうまい依頼を受けたのが運の尽きだった。


「さてと……」


 すぐ真後ろに聞こえた美しい声を聞き、男は自身の余命を悟る。

 今際の際、彼女――聖女様が何故こんな暴挙に出たのか、そんな疑問が不意に浮かび、残されたほんのわずかな時間を使って男は記憶を辿った。

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