第7話「ブチギレ有毒メイド」
「え、えっと…お名前は…?」
「あ゛ぁ?」
「す、すみません…」
「…メルキュールよ。ベルトラン王国、ルロワ子爵家長女、メルキュール・ルロワ。今はエスプリ様の専属メイドをやっている」
「どうもご丁寧に…」
いや、この人もめっちゃ美人だな。ビンタはめっちゃ痛かったけど。
「んなコトよりも…だ。てめぇエスプリ様になんか変なコト吹き込んでねぇだろうな」
「俺は聞かれたことに答えただけで…」
「それで!エスプリ様が危険な目に遭ったりしててめぇに責任取れんのか?あぁん?」
「それは…」
「出来ねぇよな?じゃけぇ余計なコトぁ言うんじゃねぇ。分かったな?」
「広島弁…?」
「あ?」
「なんでもないっす…」
こえ〜…引き摺られた背中は痛いし、初期装備の服の胸元伸びてないか心配だし、ビンタされるし怒鳴られるし…
最初は「王族と接触とか超レアイベントじゃん!めっちゃ興奮する!」とか思ってたけどしんどい…
メイドさん…メルキュールさんは少し乱れた髪を手で整え、指で額を押さえる。
「それでは、即刻立ち去りなさい。貴族街から、エスプリ様の屋敷から…」
メルキュールさんの、額に添えた右手が銀色に染まり始める。
銀色のソレは液体で、手から滲み出ているのか大きな雫となってぼたぼたと地面に落ちる。
「え、え、何ですかこれ……」
「何それぇ…」
メルキュールさんも何なのか知らないようで、液体を振り払おうと手をぱたぱたしている。
「え、メルキュール…何なんですのそれ」
王女サマが壁からひょっこりと顔を出す。
「わかんない、わかんないですエスプリ様…危ないからこっち来ないで!」
「銀色の液体…もしかしてソレ、《《水銀》》じゃ?」
「水銀?」
「水銀、もしくは辰砂…常温で唯一液体の金属であり、有毒物質。古来より王族の暗殺に用いられてきた物質ですわ。マジで水銀かは分かりませんが念の為口には入れないように」
「なんで水銀が腕から出てくるんですか…」
「んなこと知りませんわよ」
「…帰っていいっすか?」
びっくりした。もしかしてこのゲーム、思ったよりずっと自由度が高いのか?アレがメルキュールさんの特殊能力なのかは知らんが、そういうことが出来るシステムがあるってことは分かる。
腕から水銀…はちょっと困るが、ユニークな力が使える…かもしれないのはゲーム体験としては素晴らしい。
⬛︎⬛︎⬛︎
エスプリらは場所を移し、持ってきたガラス瓶に暫定水銀を入れ、その後メルキュールの腕の暫定水銀を綺麗に拭き取った。どうやらもう溢れ出てはいないようだ。
「これになんか金属を入れてみましょう。そうね…鉄がいいですわ」
「何をなさるのですか?」
「コレが水銀なら鉄が浮くはずですわ。水銀の密度は鉄より高いんですのよ」
コップ程の大きさのガラス瓶に、人差し指の第一関節くらいの高さの暫定水銀。
「…何かを浮かべるほどの量はないかと…」
「……たしかに」
また腕から湧いて出てくるのを待つわけにもいかない。検証は始まる前に終わってしまった…
「せめて有毒性があるかが分かればいいのですが…あなた、飲む?」
「飲むわけないっすよね?」
残念。紐児は危険を恐れぬ性格ではなかったようだ…飲むか、というのはもちろん冗談だが。
「仕方ありませんわね。かなり重たいですし、もう水銀ってことでいいでしょう。メルキュール、コレは後でわたくしが物置きとして使ってる部屋の1番奥の棚に置いておいてくださる?」
「…あの、よく分からない液体や固体が大量に置いてある棚ですか…?」
「そうそう。ちゃーんと鍵かけてあるし、問題はなくってよ」
「了解しました。それはそうとエスプリ様…コイツはどういたしましょう?」
「紐児さん?この人は、わたくしが中に招いたのですわ。別にどうもしませんわよ」
エスプリが邸宅内、2階の部屋から窓の外を見ていた時、柵の中を興味深そうに見つめている男を発見した。
その格好はとても貴族や騎士には見えず、ただの市民であれば貴族街への立ち入りも出来ず、また立ち入ろうとも思わないだろう。故にエスプリはその男がかの本に書かれていた謎の存在であると断定。護衛を通じて接触に至ったのだ。
「あなた、この後どうするつもりですの?」
「俺っすか?…そうですね、適当に魔獣とか狩ろうかなーとか思ってたんですけど…」
「魔獣?」
聞き覚えのない単語。メルキュールに目配せをする。メルキュールは首を傾げるのみ。
「正直コレって運命だと思うんで、出来ればこのポジションにしがみついていたいなー、なんて…」
「あなた何言ってるんですの?後半シンプルに意味が分かりませんわ」
「…エスプリ様、やはりコイツは私が始末して…」
「ちょちょっ!早まらないで!俺は王女サマの協力者ポジションやりたいなーって言ってるんですよ!」
「くっそ分かりにくいですわね。もう少し会話の練習した方がよろしいんじゃなくって?」
「さっきから言葉にトゲが含まれてないっすか?」
「そんなことないですわよ。…で、何故協力者でいたいんですの?」
「他人にマウントが取れ……誇れるからです」
「あんまりニュアンス変わってませんわよ」
それにしても、協力者か。今回は単に最低限の確証を得ようとして対話を図ったが、コレ…この頭の悪そうなのを手元に置いておいて何かメリットはあるのだろうか。
「ふむ…ひとまずそれについての回答は保留させてくださいまし。考えておきますわ」
「あ、そういえばエスプリ様にお伝えすべきことがありました。国王陛下が明日の昼、食堂に来るように…とおっしゃっておりました」
「お父様が?…2人で話でもするのかしら」
「いえ、どうやら他の王子、王女様方にも同じように伝えさせているようです」
「久しぶりの家族団欒…ってワケじゃねぇでしょうね…」
兄、そして姉たち。全員で集まるのは何年振りだろうか。エスプリが幼い頃はよく家族全員で食事をしていたように思えるが…エスプリの母、側室が亡くなってからはその機会も乏しくなってしまった。
「はあ…呼び出しについては後でじっくり考えるとして、紐児。あなた、2日後は空いてる?」
「え、2日後っすか?…空いてますけど」
「そう。メルキュール、メゾン・トランキルの予約をしておいてくださいまし。あと貴族街と平民街の門の通行に必要な許可証とメゾン・トランキル入場の際に使う、わたくしからの紹介状の用意も頼みますわ」
「メゾン・トランキルと言いますと、貴族街にあるあの名高いレストランですよね?コレを入れていいんでしょうか…」
「わたくしがYESと言えばYESなんですのよ。いいから予約を取っておいて。紐児、わたくしは王城に戻るから、今言ったものをメルキュールから受け取ったら2日後、紹介状に同封された地図に書かれたレストランまで来てくださいまし。約束ですわよ」
「お、おう…」
ふわっとした返事が返ってくる。なんだこいつ、ちゃんと話を聞いていたのか?…メルキュールが詳しく説明してくれると信じよう。