第6話「お腹いっぱいです」
「え?ひもじい?」
名前を聞いたのに空腹状態を返された。話を聞いていなかったのかとエスプリは考える。2回も言ったのに。
「…そう、あなたたち、この方の為にパンとお水を持ってきて頂戴。まだ倉庫に余剰分がありましたわよね?」
護衛に指示を飛ばし、パンを持って来させる。
エスプリは配下を使い、慈善団体と商会を立ち上げている。今はまだパンや水の配給に留まってはいるものの、配給だけでは貧民を食い繋がせるにも、資金的に見ても不十分。いずれは農地開発、職業の斡旋などにも手を伸ばすつもりだ。
もちろんエスプリには国庫を動かせる力もないため、エスプリ自身の商会で稼いだ資金の一部を使っている形だ。
「ほら、お水とパンですわよ。お話は、食事の後にしましょうか」
「え、俺別に腹減ってないんスけど…」
「?」
…すれ違いがあったようだ。
「ああ、紐児さん、という名前なのですね。勘違いしておりましたわ」
変な名前だな。とは思ったものの声にはしない。
「申し遅れましたわね。わたくしの名はエスプリ・カプリス・アルヴェール…この国の第三王女でしてよ」
「王っ…女⁈」
「そんなに畏まらなくて結構ですわ。性に合いませんもの」
髪を指先でくるりと弄び、目の前の男…紐児と目を合わせる。
「わたくしは突如として現れた、あなた方が何者なのかについて調べておりますの。話せる範囲でよろしいので、教えて下さいます?」
「…」
紐児は目を逸らし、言いにくそうに口をもごもごさせている。
「あなた達、席を外してくださる?」
「…しかし、エスプリ様…」
「安心なさい。わたくしはへっちゃらでしてよ」
「いえ、そう…だとしても…メルキュール様に…」
「はぁ、いいから下がりなさい」
不自然に焦る護衛らを下がらせる。これで多少は話しやすくなっただろう。
紐児に目線を戻す。まだ俯いているが…
「えーーーっと…これ言っていいのかな。規約には書いて…」
「いいからとっととお話しなさいな。わたくしの気はそこまで長くなくってよ」
「あ、そうだ!俺はちゃんと全部喋りますんで、王女サマからも何か情報を教えてくれないかなー…なんて」
「…で、わたくしの問への回答は?」
「何を隠そう俺たちは…別の世界からやってきたんですよ」
別世界。俄には信じがたいが、もはやそんな事は言っていられない。
「目的は人によって違いますが、主に遊びに…ですね」
「はぁ?遊びの為にあんなっ…いえ、なんでもないですわ。続けなさい」
「ほら、この世界って魔法とかスキルとか色々あるじゃないですか。俺らの住んでるとこにはそんなの無いんで、それを体験しに来てるヤツが多いんじゃねぇかなと思います」
「ちょっとお待ちなさい。あなた方は、この世界にその…魔術やスキル…があると知っていてここに来たのですか?」
「え?まぁ…そうっすね」
「いつ頃から知っていましたの?」
「えっと…タイトルが発表されたのいつだったっけな…1、2年前くらいかな?」
エスプリは驚愕した。少なくともこの男には、今日起きた異変が、数年前から起きる事を知っていたということになるからだ。
いや、そもそもこの異常な状態をこの世界のスタンダードだと思っているような発言。
「…分かりました。では次の問ですわ。あなた方には、わたくしどもと敵対する意思はありますの?」
「そ…れは人によるかな…と思います」
この別世界の人間達がいずれ起こる内乱に加担するのか否か。そもそも加担しなかったとして、騎士団のみで内乱は止められるのか。
スキルは未知数。反乱軍の練度は、さすがに騎士団には劣るだろう。劣ると信じたい。だがスキルは別だ。魔術のように、戦力差をも覆す特異な力があったとすれば。…分からない。いや、分からねばならない。
「…もしかしてあなた、この奇怪な四角形がなんなのか、分かったりします?」
「四角形…?あぁ、ウィンドウのことです?てかNPCも見れるんだ…」
「ウィンドウ…と言うのですね。コレは」
「その画面からスキル取ったりステ振ったりできるんすけど……教えましょうか?」
「お願いしますわ」
「えっとそれじゃあ…開示」
紐児のステータスウィンドウが視界に表示される。
「この画面から、スキルツリーを育てたりステータスを操作できて…ほら、ここ押すと回帰点を消費してステータスを上げられるんすよ」
「ステータス…というのは?」
「身体能力…みたいなもんすね。攻撃したり、何か作ったりする時に使う数値です」
「ちょっとやってみますわ」
「あ、『表示』って言うと開けますよ」
「『表示』?『開示』ではなく?」
「最初から解放されてるスキルツリーに、『情報』ってのがあるんですけど…それの初期スキルは『開示』と『表示』。前者は自分と周りの人にウィンドウを見せるスキルで、後者は自分だけで見れます」
「なるほど…では、『表示』」
今日だけで何回も見た四角形…改めウィンドウが現れる。
数値の中の1つ…INTと書かれたものを操作する。回帰点をいくらか消費し、数値が上昇した。
「…何か変わりました?INTとかいうのを上げたんですけど」
「…頭が良くなったんじゃないですかね?」
「わたくしは元から超超超天才でしてよ!」
「そうっすか…スキルツリーの方も教えましょうか?」
「そっちは既にちょこっとですが検証しましたわよ。…あ、そうだ。このスキルツリーっての取得して、何かデメリットとかってありますの?」
「いや…無いと思いますよ?全部は知らないんで断言は出来ないっすけど」
「あらそう…何がオススメとかあります?」
「何がやりたいかによるんじゃないですかね?魔法メインか、肉弾戦メイン…生産職とかによって変わってくるかなーって」
面白そうだし何か取得したい。メルキュールかいない今なら何でも出来るのでは?あのメイドは心配性なのだ。
とりあえず魔術を取得しようと、エスプリがウィンドウに手を伸ばしたその瞬間、邸宅の玄関扉が音を立てて勢いよく開かれた。
扉から人が出てくる。おそらく扉は蹴って開けたのだろう。上げられた脚をゆっくりと下ろしてこちらをひと睨みし、向かってくる。
「…やっべぇですわ。あなた、歯を食いしばる準備をしておきなさい」
「え?え?」
出てきたのは背が高く、黒髪を後ろで1つに束ね、メイド服を着た……そう、メルキュールだった。
メルキュールは無言でエスプリと紐児の方へと歩いて行き、2人の目の前まで来るとエスプリに軽く一礼をした後に紐児の胸ぐらを掴む。
「え?え?ちょ、え?」
紐児の抵抗も虚しく、メルキュールに掴まれながら邸宅の裏へと引き摺られていってしまう。
「…ひっさびさに見ましたわ…ブチギレのメルキュール…」
前見たのは…庭で実験をして発生してしまった気体に誤って引火、ボヤ騒ぎを引き起こした時だっただろうか?
そう、メルキュールは…怖いのだ。
⬛︎⬛︎⬛︎
胸ぐらを掴まれたまま壁に押し付けられ、間髪入れずに頬にビンタが飛んでくる。
「…エスプリ様に何してくれとんじゃこのダボが」
「え?えぇ?いや俺喋ってただけ…」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!てめぇのせいでエスプリ様に何かあったらどうしてくれるんじゃこのカス!」
「ひぃいい!」
開始早々めっちゃ貴重な、いや…オンリーワンな体験をできたと思った矢先にこれだよ…
めっちゃブチギレてんじゃん…なんで??