第5話「邂逅・β」
初めのスポーン地点は幾つかの候補から選べる。
俺が選んだのは『ベルトラン王国』。世界には広く魔獣が分布しているが、その世界の中でもベルトラン王国は比較的安全で楽にやれそうだ。
最初に貰った回帰点は全てステータスに使い切ってしまったので、軽く稼いでスキルツリーを育てよう。
暗いロード画面を経て目を開けると、そこは中世風の街中。周りには他の人がちらほら見える。
今日はオープンβ開始初日。ここにいる人はプレイヤーだけじゃないだろうし、もっと人がいると思ったんだが…あまり人がいない。キャラクリに時間をかけすぎたのか、スポーン場所はある程度ランダムなのか。真相は運営の味噌汁。
さーて、まず何をしようか。キャラクリを終えた後、一通りのチュートリアルを受けた。世界設定を交えた説明で結構分かりにくかったが、操作方法やスキル、ステータスの仕様は理解済み。
長いながーい利用規約に同意したが、このゲームは全てのNPCが高度なAIを搭載しているらしい。VR世界において人類と同じように思考して、肉体を持ったAIをどう人間と区別するのか…といった社会問題が一昔前にあったが、このゲームはNPC、つまりAIを一個の人格として見做す方針のようで、NPCは人類と同じような扱いをするようにと念を押された。
辺りを見回すと、少ないとはいえ人はいる。動き出さないと始まらないし、散策でもしてみるか…
武器を買った。初期から『インベントリ』に入ってた…スタートダッシュ的な資金で。
いずれは魔法にシフトする予定なので短剣を選んだ。…いくらここがゲーム世界とはいえ、ズブの素人がいきなり剣とか槍とか使える気がしねぇしな。
『回帰点』は色々な活動を通して入手できる。入手方法は戦闘に限られてはおらず、肉体労働や生産活動。頭脳労働…頭を使うだけでも入手できるらしい。
だから最初は別に戦闘から始めなくても良いんだが…やっぱゲームだし、ロマンを追求したい。
「どこにいけば魔獣っているんかな…とりあえず街から出るか?」
新品の短刀をくるくる回したり、軽く振ったりしながら道を歩く。
「ちょっと君、少しお時間いいかな?」
「へ?」
2人組の鎧を着た男…たぶん衛兵的なやつに声をかけられた。
「住民から通報があってね。笑いながら刃物を振り回して歩いている男がいる、と…」
「え」
「ご同行、お願いしたい」
「あそこ見てみろ、逮捕一歩前のヤツがいるぞ」
「絶対チュートリアルちゃんと読んでなかっただろアイツ。草生える」
今話してたのプレイヤーか?パッと見じゃわかんねぇな。てかさ、ウソだろ?法あるの?そんなことチュートリアルで言われてたの?
開始間も無くして前科持ちになるとか絶対嫌だ。いや俺が悪い…んだけどさぁ…!
「す、すみませんでしたぁー!」
「逃げたぞ、追え!!」
ここは逃亡に賭けるしかねぇっ!AGLにしっかり振ってあるし、NPC相手なら逃げ切れるはずっ!
走る。後ろを振り向くと、いつの間にか4人に増えている衛兵。
「いたぞ!あれだ!君、止まりなさい!」
「うげぇっ!前からもかよ!」
前から3人、マズいな。捕まったら絶対刑重くなるだろうし、もはや降伏の選択肢はない。
前にいる衛兵に向けて短剣の鞘を投げ、1人を怯ませる。壁に穴が空いた隙に転がり込むようにして突破、再び走り出す。
左右に分かれ道。撒くならここしかない!
⬛︎⬛︎⬛︎
…なんとか逃げ切れたか。
目の前には城壁がある。おそらくこれで外に出られるだろう。
「門番は…いないな。こんなガバガバセキュリティでいいのかよ」
こそこそと門をくぐると…また街があった。
「あれ?ここが出口じゃねぇのか?」
門を超えた先の街は、驚く程静かだった。先程までいた街と比べるとこころなしか豪華な建物が建ち並ぶ道には誰もおらず、建物のカーテンも閉め切られている。
なんとなく、人がいそうな方を目指して歩く。人がいない街って不気味じゃん?
「…これってなんらかのイベントだったりするのか?それとも運営がNPC配置し忘れたのか…」
静かな街を歩いていると、高い柵で囲われた、大きな庭のある豪邸があった。奥に進むほど家々が豪華になっていっているなとは思っていたが、ここにきて突き抜けて豪華なのが出てきたな…庭付きの家、邸宅?も結構な数あったが、ダントツで広い。この庭にもう一軒家建てられそう。
「お…?人がいるな。兵士か?」
さっきチェイスを繰り広げたヤツらと同じような鎧着てるし、多分そうだろう。
柵伝いに歩くと、これまた高い門。今度はちゃんも門番もいる。
「あのー…すみません。ここってどこですか?聞こうにも誰も人がいなくって…」
「え?…お前、どこから入ってきた?」
門番2人が俺を睨む。え、また?
いや、今回は俺は悪くない。ここが立ち入り禁止されていたとしても、その関門であろう門に誰もいなかったのだから!
「ここって立ち入っちゃダメな感じです?」
「お前…ここが何処だか分かってないのか?ここは貴族の方々がお住まいになっているのだ。貴族位を持つ者、騎士、従者以外の者はこの区域への立ち入りは全て禁止されている」
「実は、ここに入る前に門…があったんですけど、そこに誰もいなかったんですよ。んで、入っていいのかな、って…」
疑いと、困惑の中間みたいな顔をする門番ズ。この家ってどんな人が住んでるのかね?ここだけ外を守ってるくらいだし、相当なお偉いさんであろう。
豪邸の門が開き、中から兵士がもう1人出てきて門番ズに耳打ちする。
「…引き継ぎでミスがあったのかもしれない。あの方のご要望もあるとなると…」
「《《あの異変》》のこともありますしね」
よかった、なんとかなった…のか?…あの異変?
⬛︎⬛︎⬛︎
あの豪邸の中に入れられた。流石に家の中には入れなかったけど、庭の中でも邸内判定だよね。
ちなみに、鞘を失ったあの短刀は『インベントリ』に入れた。
『インベントリ』はいわばアイテムボックス。他のゲームとかだと容量制限ナシで物を持ち運べたりするんだけど、このゲームにはその制限がある。つってもかなりの容量があるから、容量が足りなくなる頃にはどこか保管できる場所とか借りたらいいでしょ。
俺は屋根のある…公園の休憩所?みたいなところで門番ズと一緒に座っている。
「あのー…なんで俺はここに入れたんでしょうか?」
「まあ待て。もう少ししたら分かるだろう」
答えになってねぇ〜…
「…あの異変って?」
「知らないのか?…空が割れたんだよ」
「え、それってどういう…」
「お、いらっしゃったぞ。この話は後でだな」
門番ズは一歩後ろに下がり、深々と礼をする。礼をした方を向くと、2人の護衛を連れためちゃくちゃな美少女がいた。
なんて言うんだろう、俺は育ちが良いわけじゃないし人褒めるのは苦手なんだが、その外見を見て、褒め言葉以外思い浮かばん。
薄い蒼白色の髪と、深い青色の瞳。血色が良く、傷ひとつない肌。宝石の擬人化かな?
「初めまして、あなたがアレの後に出現したヤツらの1人ですわね?」
鈴を転がすような声。そしてお嬢様口調!
「色々と伺いたいことはありますが…まず、あなたのお名前は?」
「俺の、名前…?」
ふざけたプレイヤーネームにしたことを、初めてからこんな早くに後悔することになるとは思わなかった…
「そう、あなたのお名前ですわ」
「…紐児…です」
「え?ひもじい?」