第3話「2窓」
「おお…!すごい、凄いですわ!」
エスプリの手にはあの謎の物体。エスプリが色々な角度から見るのに合わせてその位置が動き、天井からの光を不規則に反射して輝いている。
「あなたのお名前…【螺旋の霊鍵 フラクタル】と言うのですね!はぁ、美しいですわ…!」
物体…フラクタルに触れた時、溢れ出した光と共にその情報もエスプリには理解できた。
【螺旋の霊鍵 フラクタル】。依然としてコレが何なのか、エスプリには分かっていないが、触れても何もないと言うことは大丈夫だろう…と考えておく。コレに危険性があるなら、その美しさだけだろう。
「これ…ガラスで出来ているのかしら?でもなんか浮いてましたし…」
フラクタルのあった台座の方へと目をやる。そう、この謎めいたガラス細工は台座の上で浮いていたのだ。
考えれば考えるほどに謎は深まる。しかも謎は3、4つも積み重なっているのだ。
「エスプリさまーー!!!」
「この声…メルキュール?」
図書室からこの謎の部屋まで、結構な距離の廊下があったはずだが、図書室の中でエスプリを探すメルキュールの声はやけに明瞭に聞こえる。
「どうしましょう…さすがにコレ持って出ていくのは憚られますわ…もうちょっと小さかったら良かったのに…」
エスプリがそう口にした途端にフラクタルは急速に縮み、指輪のように形を変えてエスプリの中指に嵌まった。
5つ目の謎に頭を抱えたくなるが、メルキュールが呼んでいるので本を抱え、廊下を走って図書室へ戻る。
「エスプリ様!どこに…ああ、ここにいらしたのですね」
「え、ええ。少し調べ物をしておりましたわ」
「エスプリ様、大事件です。少しおかしな事を言うようですが…『開示』、と言ってみてください」
「…なぜですの?」
「いいですから、言ってみてください」
忠実なメイドであるメルキュールの様子がおかしい。『開示』と言うと何があるのか、全く話が見えない。
「…まあ、メルキュールがそこまで言うなら…『開示』」
エスプリの眼前に、文字が記載された四角形が現れる。
「っ⁈またまたなんですのコレ!」
「ふむ、やはりエスプリ様にも見えますか…」
「わたくしの名前が書いてありますわね…それと…?『ステータス』、『スキルツリー』、『固有スキル』、『回帰点数』…?名前以外全部知らん概念ですわ…単語の意味としては分かるけど…」
「事の発端は議会。議員の1人が発した『開示』という言葉でこの謎の現象が発覚しました。これらの言葉が何を表しているのか、現在文官たちが調べているようですが…」
「これって、人によって出てくる内容は異なるんですの?」
「試してみますか?『開示』」
エスプリの言葉により現れた四角形とは異なった文字の書かれたものが現れる。
「なになに…?ステータスと固有スキル、回帰点数の欄に書かれたモノが違いますわね。固有スキル、【緩やかな死、或いは銀の高塔】…ですって。わけわかめですわ」
「エスプリ様のところには【琴の歯車、眠れる奴隷】…よく分かりませんね」
「ステータスのところにある文字列の意味も分かりませんわ…何ですの、VITって」
「回帰点数…がなんなのかも不明ですが、私の方が記された数字が大きいですね」
どちらの回帰点数も4桁の数字だが、メルキュールの方は4桁後半に差し掛かっている。
「このスキルツリーって何かしら。コレの下にだけ何も書いてないけど…うわっ、めっちゃ文字が出てきましたわ…」
「『身体強化』、『剣術』、『槍術』…『魔力増強』…?なんですか、魔力って」
「『炎魔術』なんてのもありますわね…魔術?」
スキルツリーの欄に表示された文字は白く光っている。…その殆どが。
「なんか色が違うのもありますわね…これは、『創世記』…??文字が赤いですし…」
エスプリが、赤文字の写った四角形に手を伸ばすと、赤文字が反応して更なる文字が表示される。
「あ、これ触れるんですね…なになに?『取得不可』…?逆に言えば他は取得出来るのかしら?」
「危険性があるかもしれません。私が試しましょう。ひとまず1番安全そうな『料理』で…ふむ、『必要回帰点:30』だそうです」
「『料理』…ラインナップもよく分かりませんわね。試しに取得してみましょう」
「はい。…取得出来ました。『料理』から分岐するように新しい選択肢が現れましたね…」
「なるほど、だから《《ツリー》》…スキルとやらを取得して、何か変わった所はある?」
「いえ、特に何も…ここが厨房であれば試してみれたのですがね」
「移動する?」
「正直、クッキー作ってきたばかりですので戻るのはめんどくさいと言いますか…」
「…そういう所ですわよ、メルキュール」
机の方を見ると、メルキュールが作ったであろうクッキーが置いてあるのが見える。おそらくはエスプリの好物、オレンジクッキーだろう。
「固有スキルとやらも気になりますね。…私のものは名前が少し危うい気がしますので、試してもらえませんか?」
「たしかに…死とか言っちゃってますものね。…わたくしのものも奴隷とか書いてありますが…」
【琴の歯車、眠れる奴隷】。琴の歯車とはなんだ?
「ふむ…あ、なんか出てきましたわ」
意識をすると分岐するようにして選択肢が視界に現れる。
と言っても選択肢は1つしかなかった。
「『支配』…?ってのが出てきたのですが…」
『支配』、そう口にした途端メルキュールががくんと大きく体を震わせ、静止した。
《メルキュール(状態:従順)の支配に成功しました》
「え…メルキュール…?」
「はい、エスプリ様」
何事も無かったかのように、メルキュールが返事をする。
「あー、無事で良かったですわ…支配に成功した、とか言われましたが、何か体におかしなところはない?」
「おかしな所…いつもよりエスプリ様が近くに感じるくらいでしょうか?」
「支配と言っても、既にわたくしの支配下にあったようなもんですし、イマイチ違いが分かりませんわね…わたくしも何かスキルを取得してみようかしら?」
「…『料理』は明らかにチョイスを間違えたと言っていいでしょうし、追加で検証するのには賛成ですが…危険性を考慮してやはり私で検証すべきかと。魔術…とかも気になりますし」
主人を守ることが従者の使命。『支配』により心持ちが変わったのかは不明だが、自ら率先して被験体役を申し出るのは従者の鑑と言ってもいいだろう。
「…まずは移動しません?」
…ひとまず図書室は、危機を脱することが出来たようだ。