第七十八話 友情は∞大
「質問はいくつかある」
早速私は話を始めた。勿論場所は近くの男子トイレだ。それと守坂にだってちゃんと「時間が経っても私が出てこなかったら突入してくれ」と言ってある。万が一間に合わなかったとしてもその時は道連れで嘉光が死ぬ事になるだろう。ざまあみろ。
勿論トイレに行くというのは嘉光の逃げ、言い訳であり、現在は普通に立ち話をしているだけの事だ。あいつの誰得サービスシーンを拝まくてよかったと私は心から思う。
「いや、お前さっき訊きたい事が一つあるって……言ってたじゃんか」
「うるさい黙れ」
くそ、途中で足を踏みつけてやったがちょっと言葉を止めただけで後は全くもって無反応か……やはり私ではさっきの星ヶ丘ほどの威力は出せないらしい。思わず顔をしかめてしまった。
まあいい、自分の無力さなど既に何度も感じた。普通に話を続ける事にしよう。下手に取り繕おうとすると逆効果だろうし。
「まずいつの間に出て行ったんだお前ら?」
「……ああ、丁度後輩達がお前の近くに来た辺りかな」
その辺だったか。じゃあ案外早く私はどうでもいいやとあいつの件を投げてしまったわけだな。まあ今の所は賢明な判断だったと考えておこう。
「理由は」
「柊が学校を案内しろってな」
またそんな理由か……一人で冒険でも探索でもしてりゃいいのに。どうしてわざわざこんな気持ち悪い奴なんかに頼むんだろうか。あいつだってもう子供じゃないだろうに。
「ところであいつ、昨日に比べて明らかに態度変わったよな」
「…………そうか?」
「そうに決まってんだろ。やっぱ馬鹿だなお前」とぼける嘉光を少し煽ってやりつつも私は再び「お前に対してはどうなんだ?」と訊いてみる。
「……俺に対してって、そんな俺に本音見せる理由ないだろ」
「そうか」
動揺しつつもとぼけようとする嘉光に私は動じる事無く、ここで嘉光の方に踏み出しつつ、同時にもう一歩本題へと踏み込む事にした。
「お前とあいつの関係はどうなんだ?」
対して嘉光は、
「だから身に覚えがないんだっての」
と答える。これまでの答えに比べれば大分『誠実そうな』態度で言い切ったものだった。
――だからこそ、ここで言わせて貰おう。
「目を一切逸らさないのは、逆に怪しいよな。そうは思わないか、なあ内藤?」
内藤は動かない。意地でも視線を逸らそうとしないようだった。
「知らないと言っているのは何も無かった事にしたいからだ。そうやって一度決めたからだ。それも違うか、なあ内藤?」
「…………」
──その沈黙が答えだよ。
大体察しがつき、用事を終えたと結論付けた私は嘉光に背を向け、廊下へと歩き出した。
「さっさと教室に戻るぞ。馬鹿野郎」
そう声を掛けても嘉光がついて来ないと確認すると、諦めて私一人で廊下に出た。まあいいだろう、別にあいつと一緒にいる義理などもうないのだ。
外に出るなり深呼吸する。あんな男子トイレの空気をいつまでも体の中に残しておく事もない。もしかすると男子力とかが含まれているかもしれないし。
息を吸う。
息を吐く。
吸う。
吐く。
吸う。
かくして、偶然廊下にいたらしい邦崎と目が合う。
「…………」
「…………」
「……ええと……じゃあね……」
逃げる邦崎の背中を視線で追う。
息を吐き出す。
大きく息を吸い込む。そして、
「守坂っ!」
腹の底から私は叫んだ。
「何でしょう」
おおう。
流石というか、呼ぶなりその後輩はすぐに私の横に現れた。
「もう内藤はいい! とりあえず今逃げて行った奴の記憶をかっ飛ばせ!」
「承知しました」
全速力で駆けていく守坂。流石だ。目的の為には校則無視も厭わないとは。まあ私がさせたんだけどな。こういう人材は味方にいるとやりやすい。
かくして、守坂を昏倒させ、多少強引にだが記憶を飛ばすことには成功した。許せ邦崎、お前の事はちゃんと親友だと思ってるよ……似非だけど。
「ねえ晴希」
昼休み、邦崎が話しかけてきた。うん、これは親友の方の邦崎だ。ちょっとした事故の度に現れる、赤の他人の方の邦崎さんじゃない。
「何だ? また転校生の話か?」
「そうそう」
「懲りないな」
大体私にとっては本当にどうでもいい事なのに。寧ろ火種になりそうなのをこちらに持ってくるなと言いたい。一女子高生ながら私はこう見えても臆病で賢明なのだ.
「別に気にしなくても死にやしないだろ。放っとけ」
「それは駄目! 駄目だってそれは!」
そうして邦崎は私の手を取り、シリアスな口調でこう提言した。おい、力が強いぞ。ちょっと痛いじゃんか。離せ。おい。
「ねえ晴希、私と共闘しようよ」
「断る」
「何で!?」
そっぽを向いた私に対し、机を叩き驚嘆の声を上げる邦崎。しかしこいつは相変わらず私の事を理解していないらしい。
「……あのな、私は最初からその転校生さんとやらには干渉しないつもりなんだよ。今の所干渉を考えてないとかじゃなくて、なんかもう面倒事と関わりたくないの」
私の中で意見はもう纏まっていたため、詰まる事もなくそれを言ってやった。腐れ縁の分際であいつは未だに私の性格を見抜けないのか。私は本来ならこういった説明すら面倒でやりたくないと感じるような人間だというのに。
「馬鹿っ!」
結果、何故か頬をぶたれてしまった。痛い。
「ねえ晴希! あんたそれでも私のライバルなの!?」
ライバル?……そういやそんな事言ってたなお前。あれから全然私の事意識してなかったように見えたけど。まあいいや。
「冗談は顔だけにしとけ」
「何で!? 私そんな変な顔だった!?」
嘘だけどな。冗談よせってのは本音だが。
「ああ、非常にな。顔芸って奴だな。ほんと顔芸。いやもう顔芸の代名詞といっても過言じゃないな。ああどうしようかこいつ。あはは」
だが私はついつい好奇心でそう答えてしまった。最後の「あはは」は棒読みだ。決して頬をぶたれた腹癒せなどではないのであしからず。
「そう、なんだ……」
そして目に見えて落ち込んだ様子の邦崎。ざまあみろ。別に決してさっきの腹癒せなんかじゃないが、やはりざまあみろだ。
「ところでその話はもういいとして……」
「何だ、整形の話か?」
「だからもうその話はいいって!」
また頬をぶたれそうになったのでとりあえず手で防いでやった。だが今度は手の方が痛い。なんて奴だ,この外道め。
「真面目に話を聞いてよ!」
なんだろう、こんなに怒っている邦崎は見た事がない。一体どうしたのだろう。なんかの病気にでも罹ったのか。
まあとりあえず──
「……すまん、他をあたってくれ」
私の意志は揺るがない。
「晴希の話なんだよ!」
嘘だあ。私はわざとらしく、というかわざと溜息をついてやった。これも言うに及ばず単なる好奇心であってこの似非親友に対する恨み怨念など一切合財ないのであしからず。
……別に誰かに言い訳してるとかじゃないぞ?
「ちょっと何その顔──」
「……晴希」
と、急に後ろの方から声が掛けられた。それまで謎の説教をしていた邦崎まで「ひゃあ!」と驚きの声を上げている。
「なんだ杭瀬か」
そう、この登場の仕方は大体杭瀬だ。
「なんだって、最初から私だって気付いてた筈だけど」
「まあな」
でもまあつい癖で、みたいなのがあるじゃん? 中島君が登場した時にいつも「おい磯野」って言うのと同じようなもので。
「ああそうだ,様式美って奴だ」
「……色々突っ込みたいところだけど、まあいいや」
「で、何で来たんだ杭瀬?」
私が訊くと、「なんでもない」と杭瀬は答えた。加えて「やっぱり、晴希が自分で気付いた方がいいかもしれないから」などと言い始める。
「……は? それってどういう──」
「それじゃ」
口答えするより先に杭瀬は、それだけ言って私の席から離れて行った。なんじゃそりゃ。
「おい邦崎、お前あいつが何が言いたかったか分かるか?」
「……ごめん晴希、私も言いたい事あったけど、やっぱり言わない事にする」
「おい!」
そうして邦崎も会話を打ち切ってしまう。何だ? あれがあいつなりの腹癒せなのか? それとも単なる好奇心か?
邦崎も杭瀬も一体何が言いたかったのやら。
「私の話、って言ってたよな……まあいいか」
別にあいつらの言葉に踊らされるつもりだって毛頭ない。
それに、いつの間にか変な共闘する必要もなくなってたわけだしな。