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白世界  作者: 白龍閣下
銀色事変
79/87

第七十七話 秋津晴希の逆襲

「ったく、どこに行ったんだあいつらは……」

 等々などなどと愚痴を垂れ流しながら廊下を歩いて行く。

 放課後で大分時間が経ったとは言え、廊下には今日もモブキャラどもが点々と分布していて、そいつらの横を通り抜けていく。勿論徒歩だ。廊下は走ってはいけないと校則で決められている。いや確認してないけど、だが最低でもモラル的に走ってはいけない事だろう。

 さて私が今何をしているのかと言うと、嘉光を探している所だった。やはり嘉光との接触をしなければならないらしい。ああ嫌だ。鬱になる。

 嘉光と星ヶ丘は私のあずかり知れぬ間に部室からどこかに出て行ってしまっていた。道理で大曽根さんの謎の激昂に対しての反応が窺えなかったわけだ。

 何故私がこんな事をしていなければならないのかははなはだ疑問だが、他の部員どもは何故か皆納得してしまっている。どういうこった。


「試して貰いたい事……ですか?」

 先程、部室にて、一宮さんの突然言い出した要請に私は警戒しつつ訊いた。すると一宮さんは「いや……」と左手を前に出して少し沈黙し考え込む。そして顔を上げたかと思うと、再び話を続けた。

「……間違えた。お前の試さなければならない事、だな」

 何という上から目線の訂正だろうか。結局内容自体は殆ど変わってないし。

 正直言ってこの人は馬鹿らしかったり気が狂っていたり気持ち悪かったりするような事は一切しないが、それでも中々にアレな人だと私は認識している。杭瀬みたいにあまり近づいては来ないから私への影響が小さいだけで。あ、でもある意味では気持ち悪い部類に……いや、言わないけどさ。

「……まあいいですけど。何させる気ですか?」

 半分呆れながらももう一度訊いてみる。

「先程お前らのやっていた、少しばかり文学的な事だ」

 と、一宮さんは答えた。先程私の思っていた事が見透かされていたのか少し気分を害したような表情だったが、そのまま一宮さんは話を続ける。

「その今書いている小説のプロットに、お前なりの改良を比べて貰いたい」

 と……よく分からんが。いや命令は分かるがそれをする理由がね。遊びなら別にやりたくはないけど。

「……間違えた。比べろ」

 ……だからどうしてそう上から目線の訂正をする必要があるんだろうか。メールの時はあんなに腰低かったくせに。

 まあ突っ込まないけど。

「一体何の為にそんな事を」

「知らなかったのか? ここは文芸部だぞ」

 うわうぜえ……そもそも「文芸部にしてはやってることが文学的すぎる」なんて言ったのは誰だったんだろうか。文芸部が文芸部らしい事をやってた事が果たしてあっただろうか。本を読むとかの個人の趣味を除いたら大曽根さんの気まぐれで脚本もどきを書かされたくらいじゃなかろうか?

「杭瀬、ここまで書いた内容を後で何も見ずに書き直すくらいは出来るだろう?」

「ええ。大丈夫です」

 そして私が悩んでいる間にも一宮さんと杭瀬は勝手に話を進めている。嘘でもいいから杭瀬には「いいえ」と答えてほしかったが、まあ根本が私を弄るのが大好きな似非無口キャラだから仕方がないのだろう。ああ全く、面倒極まりない。

 まあいいだろう。仕方なしに入ったとは言え私も文芸部だ。少なくとも杭瀬よりは真っ当なセンスを持っているという事を分からせてやろう。

「……晴希はこういう時、意外と乗せられやすい」

「あん? どうした杭瀬?」

 と何か言っていたので訊いてみる。気のせいでなければ私の名前を呼んでいたようだが。

「……いや、独り言だけど?」

 だから何なんだよお前は……。

 無視しがたい疑問を抱え、溜め息をこぼしながらも私はルーズリーフと向かい合った。

 ……うわ、見直してみると一層ひどいな……。


 それから闘争が始まって二分後の事である。

「……わかった、もういい」

 と言って、一宮さんは私の手を止めさせた。

「いえ、まだ途中なんですが。一度やると決めたからにはしっかりと最後まで……」

「いや、その必要はない」

「ですがまだ杭瀬の立てた意味不な設定を削って、私なりの展開を付け加えているところなんですが……」

 と抗議すると、この人は私の真似をするように──実際は真似ではないかもしれないし、溜息は私の専売特許だぜ等と主張する気もないが──息を吐き出し、

「ならばそのお前の描いた軌跡をもう一度見直してみればいい」

 と告げた。

「……いいでしょう」

 プロットの紙を手に取る。言われるがままに今一度、私はここまで自分なりに付け加えた部分を見直し、

「何だ……これ……」

 愕然とした。そして手から力が抜け、紙を机の上に置いた。

「どうしたんですか!?」

 朱鷺羽が心配そうに私の顔を覗き込み、それから掴み取るかのようにその紙を持つ。

「ここに一体何が……」

 不安そうに読み始めた朱鷺羽の表情が、視線が右に左に動くにつれて段々と「……ん?」といったように変化していった。

「晴希先輩、これは……?」

 その大体を読み終え、キョトンとした表情で朱鷺羽はそうたずねてきた。

「なんか殺された被害者に加えて、容疑者とかの大半が『どうしようもないくらいすごい気持ち悪い変態』っていう設定になってるんですが……」

 ああ、そうだな……。私も気づかずに書いてたよ……。

「やはり思った通りだったようだな」と腕を組みながら一宮さんが言う。「秋津の脳内には、内藤への疑念や様々な思いが棲みついている」

 …………クソッ! 認めたくないがそうなのか……。

「……どうして変態=内藤先輩なんでしょうか」

 朱鷺羽、何故ってそれ世界の常識だから。

「というわけでだ。早速秋津の有耶無耶うやむやを解決するためにやるべき事を用意してやった」

 ……あれ? 今ので終わりじゃなかったのか?

 という疑問を持った私に、一宮さんは容赦なくこう命じた。

「内藤を捕まえ、可能なら可能な限り情報を引き摺り出せ。それが秋津の仕事だ」


 大体そんな事する必要があるのかって話だ。

 まああれだ、あんだけのスキルがあるなら、わざわざ私経由で情報を拾う必要なんて無いと思う。あんな風に才能を出し惜しみする必要が果たしてあるのやら。

 ところで先程星ヶ丘が私を避けているというのは説明したが、実際私は星ヶ丘だけでなく、嘉光にまで避けられてしまっているのだ。星ヶ丘が遠ざけようとしているとも考えられるが、いずれにせよ私と嘉光の距離は遠くなっている。これは本来ならナイス星ヶ丘と言いたい所だが、勝手にこうされるというのもこれはこれで何だか気持ち悪い。

 前にもこんな気持ちを抱いた事はあった。もう飽きるほどに聞いてしまっているだろうが、五月の事である。

 ……何か別に言い方無かったっけな、あれ。このままじゃ埒が明かないから何か考えとこう。五月革命というのはどうだ。何か世界史っぽいし……まあ革命なんかじゃないけどな。

 あの時私が怒っていたのは、嘉光が何も言わずに、勝手に消えてしまった事。そして勝手に記憶を失い、一度は平然と他人として現れた事だった。非常に曖昧な別れ方に、曖昧な再会に私は大層腹を立てていた。

 別に私は嘉光が所有物だとか奴隷だとか、そういった考えを持ち合わせているほど素晴らしいヒロインになるつもりは毛頭ない。そして嘉光は無論、気持ち悪いから嫌いだ。

 だが嫌いだからこそ、あんな出し抜かれたような展開は許せなかった。つまり何が言いたいかって言うと…………わかんね。

 まあいい。とにかく嘉光は何をやっても気持ち悪いからムカつくと。今はそういう事にしておこう。何の結論も得られなかったな、うん。

 などと駄目人間のように諦め、引き続き嘉光を探す事にする。

 あと気に掛かる事と言えば……そうだ、星ヶ丘も杭瀬も私に意味深な事を言っていたな。

「秋津晴希は強い」って。どう考えてもただの雑魚です本当にありがとうございました……なんて訳にもいかない。何か根拠はあるはずなのだが。

 もしや見た目のせいかもしれない。中性的な顔だから、私の運動能力がまるで無いなんて最初に思う人は少ないだろうし。杭瀬が保証してきたのもきっとあいつなりの煽りだろう。今は気にしない事にした。

 かくして教室のある校舎の階段に辿り着いた時、やっと見慣れた気持ち悪い影が見えた。

 相手は向こうを向いていて私には気付いていないようだが、こんな形であいつの背中を見るのは珍しい。いつもは向こうから近づいて来るからな。私に背なんて向けてこない。いつも顔の方を向けてくる。私を視界から外したくないとでも言ったように。

 その背中からはいつもの威勢の良さは窺えない。

「……内藤」

「うああああああああ!」

 私が声を掛けると、嘉光がそう叫び声を上げ、階段に向かってダイブした。だが階段の途中で足がつき、手摺を掴み、うまい所に落ち着く事に成功した。そのまま落ちれば良かったとも思うが、よく考えてみると下手な事をして頭を打つとまた記憶喪失になる可能性があり、それは非常に面倒だったからまあいい。

「……なんだ晴希か」

 息を乱しながら振り返った嘉光がそう言う。らしくない。本当にらしくない。いつもの嘉光なら「フッハハ、ヤア、マイハニー!」みたいな感じで二段飛ばしで階段を駆け上がって来ると思うのに。若干脳内で補正が掛かってる気がしなくもないが、そこは多分気のせいだろう。自分で自分を信じられずしてどうするか。

「内藤。一つ聞いておきたい事がある」

「……すまん晴希、ちょっと今忙しいんだ」

「嘘つけ」

 それにいつもなら「君と一緒にいる事に勝る用事なんてないヨ」なんて気持ち悪い事を言ってくる筈なのに、今度は逆に気持ち悪い。

 ちょっと大胆になった私の態度を目の前にして嘉光は更に思索している。何を? 言い訳をに決まってる。

「……ちょっとトイレにだな」

「そうか。だったら私も行くぞ」

 ようやく捻り出したらしい言い訳を、私は即座に切り捨てた。

「だから今は無理……え?」

 目を丸くする嘉光。一瞬取り返しのつかない事を言ってしまった気もするが、もういっそ突っ切ってしまおう。

「…………ああどうしようか。晴希と一緒にトイレまで行く事になってしまった。どうする、どうするよ俺……」

 なんて風に気付かぬ内に内心が口から溢れ、とにかく気持ち悪いものの精神面では私が圧倒的優位に立っているようだし。

「…………どうしよう? これは積極的なアプローチと考えていいのか? 俺はどう応えてやるべきなんだ? キスとかしてやるべきか? そしてどうして今? ホワイ?」

 ……念の為に守坂を準備させておくか。思春期の男子高校生は何をしてくるかわからない。

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