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白世界  作者: 白龍閣下
銀色事変
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第七十四話 されど君は私の弱さを知る事はない

 参ったな、と思う。いやあ逆に照れるくらいだね。

 どうやら私は昨日の事で完全に星ヶ丘の敵と見なされてしまったらしい。こちらとしては鞄で横殴りにされ気絶した私一機分の犠牲を無駄にしないためにも積極的に距離を詰めたいのだが、向こうはそれを許さず拒み続けている。これが戦いであったなら私が明らかな精神的優位に立っていると考えていいかもしれないが、生憎これは戦いではない。

 敵と見なされた、とは言ったがこれをもう少し具体的に説明するとしよう。

 まず私は杭瀬の言う事に従い、これと言って特別な接触をしない事にした。別にこれはまた星ヶ丘と話すのが嫌だったとかそういう理由ではないのだが、まあ向こうがどう思ったのかはわからない。しかしやはりそういう風に映ったのかもしれないから顔を出すくらいの事はしてもよかったのかもしれない。まあ過ぎた事なのでどうしようもないが。杭瀬の言う通りだとしたらある程度私は勝手な行動を取って構わないだろうが、だからと言ってこの状況をうまくフォローしてくれるのかって疑問は晴れない。

 暇な体育を毎度のように見学で見送って放課後に部室へ行くと、そこには既に先客がいた。とはいえ私もそれほど早く部室に行くわけでもないし、下手に走って行くとただでさえ少ない体力が尽き果てかねないため校則をきちんと守り歩いて行くため寧ろ遅めと言ってもいいくらいだ。何らおかしい事はない。

 まあ元から分かっていた話だが、部室の真ん中には昨日に引き続き星ヶ丘がいた。ついでに嘉光も横に立っているが、やっぱり様子はおかしかった。いつもおかしいけどな、おつむとか。

 と、星ヶ丘は私を見るなりこちらに顔を向けて正面に見据え、そうして口を開いた。


「秋津さん、昨日はごめんなさい!」


 ──は?

 まず呆気に取られた。まさかこんな素直に謝ってくるとは。そして銀髪長身で思わず圧倒されるような見た目の相手が頭を下げてくる様子は何だか妙で、だからか何かが臭った。

 そして更に気にかかるのは『秋津さん』だ。この呼び名は似非親友モードになった邦崎が得意とする――と言っていいのか分からないが――呼び名だが、これは自分と相手の間に敢えて距離を作っている事の意思表示である。星ヶ丘も昨日は『あんた』などという何とも言い難い距離の呼び名だったはずだが、そこから早くも立ち位置を変えてきたらしい。

 となれば一つの推測ができる。私は次の言葉をどうするか決めた。

「ああ全くだ。お前を追いかけるだけで随分と疲れたんだぞ。まあ別にそれはいいけどな」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」

 ──ほう……。

 目を細め、頭を下げる星ヶ丘を見やる。嘉光が何か言おうとしていたが視線で黙らせた。今のこいつなんて全然怖くないね、ああ。

 やはりそうだ。この星ヶ丘の奇行は私を遠ざけるという意図あってのものだろう。

 相手を気絶させるほど殴って逃げたというならここまで大仰に謝る理由も分かるが、私はそこで私は鎌をかけてみたのだ。本来それに比べれば「追いかけるのに疲れた」なんてのはひどく小さな事で、しかし星ヶ丘はそれを指摘しなかった。だからあいつは私があの程度のダメージで気絶まで至るくらいひ弱な事を知らない。

そしてそれでもこの謝りようだ。仮に知っていたとしても本当に謝るつもりがあるならそこまで言及するはずである。言わなかったにしても少なくともそれを言うべきか判断するくらいの時間はあるべきだろう。だが星ヶ丘は何の躊躇いもなく頭を垂れた。

「それで、何で内藤と一緒にいるんだ?」

 ならばこちらも友好的に、しかし飽くまで距離を詰めて訊いてみる。ここら辺の情報は私としても得ておきたい。

「嘉……内藤君に部室の案内をしてもらいたくて。ほら、この部屋って色々あるじゃない?」

  ――お前は昨日散々見てまわっただろうが。

 心の中でそう突っ込みながらも「そうか」とだけ返しておいた。嘉光が何か言おうとしたが、星ヶ丘の踵が嘉光の足の甲に叩き付けられると黙ってしまった。

 まあしかしこれはいい事ではある。いや嘉光が痛そうなのも勿論いい事なのだが、私が言いたいのは星ヶ丘の方である。こいつはやはり嘉光にそれだけのアプローチを取っているわけで、こんな事を言うのもなんだが利用しがいがある。打算で人付き合いをするのは好みではないが、あの変態とのフラグを折るためなら私はどこまでも冷徹になれるのだ。腹の探り合いなら任せろってな。

「あー、ちなみにいつでも来ていいと思うぞ。たとえ部員じゃなくてもな」

 私は安心させるようにそう言った。下手に逃げられても不都合だ。

 守坂って前例もあるしな。これくらい言っておいても別に誰も咎めやしないだろう。

 だがその目的に反し星ヶ丘は、

「ええ、その気になったらね」

 と答えた。経験則から言えば、これはもう来ない奴の台詞だ。杞憂ならばいいのだが。もしくは嫌味か何かか。

「晴希」

「!?」

 不意に背中から声をかけられ、心の中でメタルギアばりのアラート音が響いた。私は声にならない声を上げそうになったのを押し殺し慌てて振り返る。

 この声と行動――無論杭瀬だった。

「……黙って私の後ろに立つな」

 押さえている心臓がバクバクと鼓動を刻んでいる。正直言ってこれだけで過労しかねなかった。杭瀬のこういった行動は久し振りに見た気がして、そのせいで意表を突かれたというのもある。

「今のは駄目だった」

「あ?」

 じゃあ何のリアクションが欲しかったのだと抗議したい。大体私は実質単なる一女子高生であり、何らかの期待に応じたリアクションをする仕事などした試しがない。星ヶ丘やら何やらには強いとか言われているが、実際は鞄で殴られて気を失う程度の体力だ。

「そうじゃなくて、いや」杭瀬は東側──分かりやすく言えば部室の奥の方──の机と椅子に目をやった。「ここからはあっちで話すけど」

 なるほど確かにこのまま話すのも何かおかしい気がしたので、言われるがまま私はその席に座った。幸いトラップとかは無かった。あのブーブー鳴る奴とか。

「……晴希は私を何だと思ってるの?」

 ……それが分からないから気にしてんだよ。 杭瀬は教室にいた時より存在感を更に消していた。まるで五月の、こいつが変わる以前のように。星ヶ丘の存在を考慮しての事だろうが、それにしても便利だなそれ。

「駄目だった、じゃないかも」私の横に座り、茶の髪を整えながら杭瀬はまた静かに話し始めた。「でも逆効果だったかもしれない」

「逆効果?」

 私がそう問うと、「うん」と返事がきた。その返事の仕方はさっきの私の意味不明な演説を思い出して何だか嫌なんだが、そう意識するのもなんなので気にしないようにしておく。

「さっきの言葉、晴希は距離を詰める、腹を切るという態度を見せるつもりでそう言ったんだろうけど」

「腹を割る、な」

 どうやら杭瀬が言いたかったのはその話だったらしい。いつでも来ていい、って話だ。しかし切腹してどうする。いやまあ割る方も割る方で割腹になるが。

「……その声と突っ込みは」

「もうそのネタは聞き飽きた。そして明らかに状況に合ってないよなそれ」

 お前から話しかけてきたわけだし、大体もう話し始めて大分時間が経ってるしな。それならさっき私のモノローグの方がずっと状況に合っている。

「それじゃ話を戻す。晴希は星ヶ丘柊にもっと近づいてもらえるようにするためにそう言ったのかもしれないけど、でも向こうからしたら晴希の態度は余裕を見せてるみたいで怪しかったと思うの」

「ふむ……」

 余裕、か。

「要するに、怪しすぎた、か……?」

 首を傾げそう呟きながら、嘉光に話しかけている星ヶ丘に目をやった。文芸部室のここが実はこうなってるのかとか何とか聞いているが、何か変な事を言う度に毎回踏まれている嘉光の足の甲が痛そうだった。ざまあみろ。

 そうしているうちに星ヶ丘と目が合う──と、すぐ何もなかったかのように逸らされた。

 前途多難だな。

 なんて考えているうちに朱鷺羽と守坂が入ってきて、挨拶をしながら私のすぐ傍に席を取った。

 お前らやっぱりそこ指定席なのか。私基準で。

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