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白世界  作者: 白龍閣下
銀色事変
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第七十三話 恋は戦争、されど平和の為なら死ねる。

「あー……つまり、その転校生とやらがどうやらとんでもない美少女らしくて、そいつを一緒に拝みに行こうと?」

 邦崎の話を私なりに要約し、果たしてそれが正しいかどうか確認をとってみる。……等と書くと非常にシンプルだが、実際こいつの話は何とも支離滅裂でありその内容を理解するのに随分と手間を要した。テンパりすぎなんだよな本当。

 ちなみに一度さっきの『美少女らしくて』と『そいつを一緒に』の間に『お前の大好きな内藤がかどわかされないか心配で』と入れてみたら猛烈な勢いで否定された。

「ふむ……」

 長ったらしい説明は朝のホームルームが始まる頃にようやく終わり、先生の話を右から左へ受け流しながら、多少私はその転校生云々という情報について考えてみる。

 まず最初に言えることは、来たのが嘉光のクラスで良かったってことだ。この辺りのあいつの主人公補正には一応感謝しておこう。仮に私のクラスに来られても面倒事になりそうな予感しかしないからな。あいつには正の補正が働いていて私には負の補正がかかっている。これには流石にお空に不平等を嘆かずにはいられないのだがそんな今更な話はさておきだ。

 邦崎はあんなにも慌てているが、あれは嘉光がそのえらく美少女な転校生に取られそうだという焦燥なんだろう。しかしそんなもの私からすればどうぞ勝手にって話だ。ぶっちゃけてしまえば、別にポジション的にも期待値の低そうな邦崎の味方をしてやる理屈もない。いや親友じゃないし。似非親友だし。

 あと……ああ、ここで変にフォローしてやってもこいつのためにはならないだろう。自分の問題は自分で乗り越えなければ。そう、決して面倒なわけではないのだ。

 第一私があれだけフラグを放置したり時には叩き潰そうとしたりしても今も私の尻を追い続けている嘉光が、今更美少女の転校生程度で揺れ動くわけがないだろう。期待をするだけ損というものだ。そいつが何か訳ありでそのイベントの為に暫く時間と労力を傾けるなんて事が仮にあったとしても結局は相も変わらず私の下へと舞い戻ってくるのである。

余裕? これは諦めというものだ。くそったれ。

 とにかくまあそういう事で、別に私が何かしなくてはならないわけでもない。私の日常はいつも面倒で、それゆえ今日も平常運行である。

「余裕だな」

 私の考えを読み取ったのか、もしくは私ならどうせこうだろうとでも推測したのか、幡野が横から口を出してきた。だから余裕じゃなくて……ふむ。

「……なんだお前、いたのか」

「最初からな。ってか最初にお前と話してたんだろうが」

「教室に戻らなくていいのか?」

「俺最初からここのクラスだぞ!? 舐めんなこら!」

「最初最初うるせえな、初期設定なんてどうでもいいんだよ」

「おいこら!」

「……何だお前。何をそんなに怒ってるんだ。カルシウムでも摂取したらどうだ」

 ついつい心配になった私はそう労ってやる。我ながら親切だ。一体どうした事か。

「カルシウムぐらい取ってるぞ! ただ全部背に行ってるだけで!」

 それ結果的に不足してるっての否定できてないよな。

「ま、そんな野暮な話はどうでもいい」

 私はそれだけ言って黙った。邦崎も幡野も何かを言ってきているが知った事か。私は疲れたんだ。モブキャラどもの話なんぞ必要ない。

 しかし一度そう断定はしてみたものの、正直不安と言うものはある。どうにかこの転校生の登場というイベントを何事もなく終わらせてほしいと願っている。



 まあそんな願いは微塵もなく打ち砕かれたわけだが。

 だがこんなのは勿論終わりなんかじゃなくて、ただの始まりなのだ。

 これから私は杭瀬の言う所の『攻略』をしなければならない。

「なあ、お前ギャルゲーやった事あるか?」

「……ちょっと何を言っているか分からないんだけど」

 だから翌日にて、具体的な手順の提示を杭瀬に煽ったわけだが、返答はこうだった。話の分からないやつである。お前それでも文芸部員か。まあ存在意義の全く見つからない嘉光よりは幾分マシだとは思うが。

「だから昨日あれを攻略するって言ったろ。その通りの意味だ」

「うん」

 と相槌を打つ杭瀬。立て続けに私は言う。

「だが生憎私はギャルゲーと名のつくものに手を染めた覚えはない。そしてその状態で挑むのは無謀が過ぎるというものだ。失敗は成功のもとと言うが実際その通りで、才能だなんだというのを言い争うより先に経験を培った方がいいのは自明の理だ。だが私のような素人でもそれなりの結果を残す方法というのはあるだろう」

「うん」

 と相槌を打つ杭瀬。満足した私は引き続き話を進める。

「そう、自分の経験がないなら他人の経験を借りればいい。所謂いわゆる軍師というものを得れば戦えるのではなかろうかというわけだ。そう──これは戦いだ。戦争だ。右手には折れぬ剣を、左手には砕けぬ盾を、心には死する覚悟を持って臨むべき戦争だ」

「うん」

「私は困惑した。私にはギャルゲーがわからん。私は単なる一人の女子高生だ。だが私は人一倍フラグには敏感だった。一見ただの面倒にしか思えないイベントだが、これを乗り越えればまた私の望む世界に近づくというまあなんだ……」

「うんうん」


「………………」


「………………………………うん?」


 ……その急かすような相槌はやめてくれ。

 正直私も言ってる最中に恥ずかしくなってきた。何が戦争だよ。死にに行くとか死んでも嫌だよ。もう平和のためなら死ねるくらい。うん。

「晴希……」

 杭瀬は深く感情の読めない、眼光を伴わない真っ暗な瞳を無言でこちらに向けてきていた。やめろ! そんな目で私を見るな!

 と思うとその表情もすぐに崩れ、前までは決して見せる事のなかった柔らかな微笑みと共にこう言った。

「晴希は、女子高生じゃないでしょ」

「ファックだ」

 とりあえず額を抑えながらもう一方の手で中指を突き立ててやったが、依然として杭瀬はどこ吹く風である。スルースキル高いなこいつ。つくづく変な所で憧れる。

「……いいからどうなんだ。ギャルゲーはやった事あるのか」

「晴希と違ってないけど、それが?」

 今度は堂々と言いやがった。さり気に私に変な疑いを被せながら。

「いや私もないが、んじゃまず私は何をやるべきだと思う?」

 前半の部分はやはりさり気に流しつつ、そう質問をしてみる。すると杭瀬は黙り込み数秒の思索の末また口を開いた。

「じゃあ晴希がギャルゲーを一切合財やったことがないってていで話を進めるけど」

「ああうんもうそれでいいよ」

 つくづく面倒なやつである。何だか八つ当たりのような気がしなくもないがそれもこの際どうでもいい。私は八つ当たりなんてしていないし、私がギャルゲーをしていないというのも今とりあえずの話である。所謂Win-Winの関係ってやつ。何か違う気もするけど。

「どうして私に聞くの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「ナチュラルに罵倒すんな」

 そういうのは心の中に留めておけ。私みたいに。

「晴希もよく言ってるけど」

「うっさい」

 しかし思い返してみると確かにそうだったかもしれない。じゃあ今忘れよう。前も言ったがそういうのを気にしすぎると禿げる。

「どうしてって言ってもなあ……だってお前キャラ的に案外やってそうだろ」

「……どんな判断基準?」

 いや、似非だからだよ。

「最近はそういうのが流行りなの?」

「きっとな」

 目を合わせず私は答えた。無論根拠は無いけど。ソースは私ってやつだ。

「他に友達はいないの? 幡野とか」

 こいつまたナチュラルな罵倒を入れてきやがった。

「あんな男は私の友達なんかじゃないし、きっとあれはギャルゲーに手を出してみたはいいがどうしてもクリア出来ずに憤慨しているタイプだ」

「それは流石に偏見だと思う」

「だがあいつはそういう奴だ」

 もう私の中ではそういう残念な奴という事で結論づいている。秋津脳内議会において八対二で賛成派が圧倒的多数を占めたのは記憶に新しい。

 それにもし私がそんな話を出せばあいつはまた嬉々として勘違いを犯し、新聞部を巻き込んで大々的に報道を始めるだろう。流石にロリコン疑惑に続いてギャルゲー好き云々で二度も校内新聞に載る趣味はない。

「ふうん……じゃあ邦崎は?」

「訊けるかアホ」

 それこそ駄目だ。絶対やってないだろうし、そんな話を出した途端邦崎は私の友ではなくなる。実際何度も私は「晴希」から「秋津さん」への位置変更を強いられてきたのだ。

「まあ冗談はとにかく……」

と杭瀬。おいさっきの全部冗談かよ。好き勝手やりすぎだろ。

「一宮先輩からは、何も?」

「ああ。えらくアバウトな話だった」

「じゃあ、いいんじゃない?」

 何が、と言い返すまでもなく今度は杭瀬が話を続ける。静かながら、いつもの似非無口とはまた違う口調だ。

「その時になったら問題は向こうから舞い込んでくるんだから、それから逃げない限りは。無理なんかしなくていいよ。晴希は今のその、レズで隠れエロゲー好きな晴希のままでいいんじゃない?」

「おい待てこら」

 何かいつの間にか私に新たな要素が追加されていた。ギャルゲーに留まらずエロゲーまで来たか。そりゃまあ高校生でもエロゲーやってるやつはごく一部にいるだろうが、第一私は女だし。杭瀬にギャルゲーについて訊いたのは……まあそういう日もあるからだろ。

「それじゃ、私は本を読んでるから」

 と言ってまた怪しげな本を取り出し、読み始めた。思うんだがこいつが読んでる本は普通の女子高生が読むにしては大きくてまるで鈍器にできそうなものばかりで、手の平サイズの文庫とかを読んでる所なんて見た試しがない。まあつまりこいつこそが紛れもなく普通でないJKであるという事だが。

「……そのままでいい、ねえ」

私は誰にも聞かれないように呟き、それを誤魔化すように無遠慮にひとつ溜息をついてみる。


 杭瀬は変わった。

 とは言っても別に私を弄らなくなったとか、文字が横に並んで読みづらくなった書籍化した携帯小説を読むようになったとかじゃなくて。それでもまあ小さくない変化ではあったとは言っていい。

 あいつはそれまで普通すぎるほど普通に溶け込んでいた世界から、その存在を露わにした──何だかやけに格好つけた言い方になってしまったが、要するに杭瀬弥葉琉がこの教室にいない存在から存在感の薄い存在にクラスチェンジしたって事だ。だからこそ幡野も名前こそ詰まって出さなかったもののあいつの話を振ってきたわけだし。

 その覚悟に至るまでの経緯とかそういうあいつの心中を私は知る術もないが、いい事か悪い事かと言えばきっといい方なんだろう。心なしか表情も色々見せてくるようになった気がするし。

 自分のままでいいって言ってたのはそういう点で自分と照らし合わせていたってのもあるのかもしれない。さっき話していた時も目を逸らしながらだったが、それは嘘をついているのとはまた別の理由に感じられたし。

 あと、これまで以上に私に無遠慮になった。弄らなくなったってのとは全く逆の変化だ。まあこれも私に積極的に心を開いてきてくれたって事でどちらかといえば……………………いい事だ。非常に、非常に悔しい事だが。あとはもうちょっと私以外にもそれを分けてやってほしいものだ。いやほんと。お願い。期待できないけど。

「……ん?」

 私は首を傾げた。何か引っかかる。だが他に杭瀬についての話が何かあっただろうか。いや、ない。

 だからまあ、気のせいなんだろう。私はそう結論付け、自分の席についた。

 この世界には謎が多い。この程度の事なんて言ってしまえば些細極まりないのだ。

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