第七十話 目覚めるダーク・ソウル
結論から言えば朱鷺羽はしっかりと家まで付いてきた。やけに義理堅く、そしてまたそれなりに有難くもある。まあやめて欲しいけどな。
そしてその時に色々と話をした。私が文芸部にいない間に何があったのかとか、守坂がどんな奴なのかとか、そんな感じの。それでも今日の事について責めるような事はもう言っては来ず、その事を訊いてみた所この後輩は、
「よく考えてみたらあれは私も不注意でしたから。ごめんなさい」
などと答えた。
「いや、よかった。お前がいいなら私も別にいいんだ」
「そうですか。それならこれからお互い気を付けませんとね」
「全くだな」
平凡とした日々に転校生、星ヶ丘柊は突如現れた。思えば私達は最初からヘマを踏みすぎたのかもしれない。その私達というのは秋津晴希であり、朱鷺羽みのりであり、内藤嘉光であり、そして星ヶ丘柊でもある。つくづくやっちまったな、って感じだ。
だがそれでいて、私たちはまだ安全地帯と危険地帯の境界は踏み越えていない。なにしろ文芸部員だ。頼りになる先輩方がいる──果たしてその庇護される私達の中に星ヶ丘が含まれているのかはさておき。いや、あいつは強いから大丈夫か?
と、一つ思い当たる事があったので訊いてみることにする。
「なあ朱鷺羽」
「はい」
「お前はあの星ヶ丘の事、どう思ってるんだ?」
そう、列記とした一人の乙女である所の私のどたまを鞄でぶん殴り気絶させたのは紛れもなく奴なのだ。私の不注意やらなんやらもあったが、当の本人であるあいつの事はどう思っているんだろうか? どうしようもないほど深く恨んでたりするのかね?
「えと……ちょっと複雑ですね」
「……お前もか」
「……と言うと?」
という問いに対し、私は溜め息を吐いてから喋った。なおこの溜め息は癖みたいなもので、特に意味はない。それは朱鷺羽も分かっている事らしく、気にはしなかった。
「私はてっきりお前があいつに対し敵意みたいなのしか感じてないと思ってたんだがな」
「……そうですね、確かにそれもありますけど……」
「ん」
それもあるが、他にどう感じているのだろうか。もしかするとこいつの言う微妙ってのは私の微妙ってのと同じ事なのかも知れない。
「確かに晴希先輩にあんなことをしたのは許しておけないですけど……」
「うんうん……ん?」
あれ? まだそこの話続いてんの? 本来ならもうそこで逆説から本題に入ってるべきなんじゃないのだろうかね? 朱鷺羽さんや。
「目には目を歯には歯をって同じ事を三倍返しでしてやりたいですけど……」
「……あのー、朱鷺羽さん?」
いかん、何だか朱鷺羽が黒くなってきたぞ。やっぱこれ絶対深く恨んでるよね。微妙な気持ちとか嘘だよね?
ちなみに目には目を歯には歯をって言葉はハンムラビ法典が元なんだが、それはやられた以上の事を仕返しとしてやってはいけないってのが本当の意味である。間違っても三倍返しではない。私とあいつの体力差を考慮すればまた変わるけども。
「それでも、あの人があんな事をした理由は私達にあるんですよね」
「……ああ、そうだ! 全くもってそうだ!」
「えっと……どうしてそこでやけに力強く頷くんですか?」
「いや、何でもない!」
私はただお前の話がちゃんと落ち着くべき場所に落ち着いたのが嬉しいだけだよ。頼むからお前はヤンデレにはなってくれるなよ?
「別にいいですけど……あと、あんな形で終わっちゃったのは星ヶ丘先輩もきっと後悔してると思うんですよ。だからそんな敵視ばっかりするのもどうかと思うんです」
「……朱鷺羽」
「はい?」
首を傾げる朱鷺羽。
「お前に訊いて良かったよ。いや本当に」
私がそう言ってやると、朱鷺羽は「ええと……ありがとうございます」と頭を下げた。いや、頭を下げたいのはこちらの方だがな。おかげで私は自分の考えが間違いでないと分かったんだから。すごく安心した。ちょっと黒い事を言い始めた時は安心とは程遠かったが、終わり良ければすべて良しだ。
「さあ、これからどうするか……」
と呟いた所で突然、左ポケットに入れていた携帯電話が振動した。Eメールだ。送り主は不明。だがこれは流れ的に……
「一宮さんだな」「参謀先輩ですね」
同時に私達はそう結論付けた。ちなみに参謀先輩とは三年の一宮敦次さんの別名である(本人は嫌がっているようだが)。要するに私達の意見は見事なまでに合致していた。……よくわかってんじゃんお前。早速受信トレイを開く。
『私は参謀ではありません』
なんてこった。自分から正体バラしやがった。 一瞬唖然としてその場の勢いでメールを消去しかけたが、これしきの行動に気を奪われていては大事な事を見失ってしまいそうになので、気を取り直して続きを読む。
『我々文芸部から貴女へ一つ伝えたい事があります』
はいはい。
『おそらく今貴女と共に道路の左端に寄って歩きながら無意識のうちに多少黒い発言をしてしまっているであろう後輩の朱鷺羽さんにも伝えておいて下さい』
「何でそこまで分かってんだよ!?」
もう読心術とかそういうレベルじゃないよな!? しかもやけに説明口調だしさ!
「晴希先輩、どうしたんですか? えっと……私が黒い事をっていうのもよく分からないですし……」
「いや……私達は本当に凄い人を味方につけていたんだなと改めて実感しただけの事さ。黒い云々もさしたる問題はない」
「えっと、それはどういう……」
「気にするな。あまり考え過ぎると禿げるぞ。それは良くない」
訊いてきた朱鷺羽にそう釘を刺しておく。ってかお前自分が変な方向に話進めてた自覚ないんだな……。まあいいけどさ。
「そうですか……」
誤魔化された朱鷺羽はまだ納得出来てはいないようだったが、空気を読んだというか意図を察したというか、それ以上の追及はしないでくれた。そして私も記憶の彼方に追いやっておく。誰だって禿は嫌だからな。
で、続きを読む。重ね重ね言うが一宮さんの超人的読みに関してはスルーだ。それについて論理的な解を求めると何かが変わってしまいそうな気がする。いや髪だけじゃなくてな。そっちの話はもう終わりだ。
『貴女方には星ヶ丘柊をどうにかして引き入れて頂きたい所存です。
彼女の転校によってわが文芸部に多少の揺らぎが生まれてしまった事。これはこちらとしても予想しておくべきことでした。どうもすみません』
私は驚愕した。あの一宮さんが文面上とはいえ謝ってきたのだ。敬語でのメール自体は前に送られてきていたが、あの時はただ単に一宮さんなりの参謀ジョークなのかとも思ったがもしかしたら元々こういうキャラなのかもしれない。普段の態度がアレなだけで……なんてな、そんなわけないか。ってか参謀ジョークってなんだよ。
『なので何とかして星ヶ丘柊との間にある蟠りを解消していただきたいのです』
「星ヶ丘先輩との……何て読むんですかこれ?」
「あいだ、だろ」
訊いてくる朱鷺羽に対し私は適当にそう答えた。
「それくらい知ってます! その後のこれですよ」
言って朱鷺羽は「蟠り」の部分を指さす。
「知らん」
「ですよね」
ちなみに後で調べてみた所、どうやら「わだかまり」と読むらしかった。なるほど納得いった。
「まあ漢字の読みはいい。次だ」
そう言って読み進める事にする。
『このままでは星ヶ丘柊は危険なのです。貴女自身の利益の為にも任務の遂行をお願い致しております』
「なるほど」
それは妙に納得がいった。私自身の利益──確かにあるのだ。どうやらこの任務とやらで損をする人間は誰一人いないようだし……
「まあ、毎度毎度だが頑張ってやるか」
と私は独り言を言った。
「晴希先輩、まだ続いてるみたいですよ」
「……ああ、そうだな」
さっきの文章でどうやら終わりかと思ったが、数行空けて一番下に何か書いてあった。
『追伸──何故そこまで上から目線なのですか』
「…………」
私は黙って携帯電話を閉じた。一筋の冷や汗が垂れる。
……つくづく何者なんだあの人。