表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白世界  作者: 白龍閣下
銀色事変
71/87

第六十九話 復活

 目が覚めると、まずどこかの天井が目に映った。そこで私が今文芸部室で横たわっていると気付いた。どうして文芸部室だと分かったかというと、それはこの独特の空気感に他ならない。いわばそれは一種の瘴気しょうきであり、なおかつ闇の気配でもある。そしてやがて、

「ところで大曽根おおぞねさん、晴希は治るのか?」

 などという嘉光の声が聞こえてくる。

「んー、何とも言えねえな。この老いぼれがどこまで……」

 と大曽根さんの返事。いやあんたは老いぼれじゃないだろ。ある意味私よりヤングだからな?

「しかしあんたは天才だ。彼女を治せるのはあんたしかいない」

 いやだからさっきから何の話だよ? ひょっとして私が気付いてないだけで後遺症とかでもあるのか?

「……そうまで言われるとやらねえわけにはいかねえみたいだな。どこまでやれるかわからねえが、まあやってみっか」

 …………何を?

「頼む。俺は一度に大切なものを二つも失いたくない……」

「……おう!」

「なんでそんなに嬉しそうな口調なんですかっ!」

 身の危険を感じて跳ね起きる。まあ無論私に跳ね起きなんて出来るわけもないのだが。おかげで体勢を崩してしまう。そして更にある事実に気付いた。私の横たわっていた場所についてだ。


 何で文芸部室にベッドがある?


 床に直接敷いたとかじゃないし、かといって机の上に敷いたとかでもなく、元々寝具としての用途を持った柔らかな感触のそれだった。


 …………。


 …………まあいい、そこはスルーだ。突っ込んだら負けだ。


「大曽根さん……」

 全くもって信じられん。そんな疑りを込めた視線を一見優等生な格好の眼鏡の先輩、大曽根誠文まさふみさんに向ける。

「なんだ、生きてたのか……つまんね」

「だからなんでそんな口惜しそうな表情になるんですか!」

「いや、生きてたならいいんだぜ? いやあ、生きてるって最高だぜ」

「いやあんたつまんねとか言ってましたよね?」

 小声で言ったつもりでもちゃんと聞こえてたからね? 今更そんな主人公っぽい事言っても遅いからね!?

「いや、そりゃ俺からすりゃはるの体がライブ・メタルになろうが構いやしねえんだがな。戦闘力も上がるし」

「私は嫌です! そんな戦闘力と引き換えにアーマロイド・レディみたいになるつもりはないですから! なあ内藤!」

 と言って今さっき大曽根さんと会話していた内藤嘉光に呼びかける。こいつは変態だが私に好意を持っているから大層重要な問題だろう。そう思ったのだが。

「……晴希、アーマロイド・レディになるのか!? それしかないのか!?」

 信じんなこら。ってかその様子だとあれか? もしかしてさっきの会話をアドリブでやらかしたのか!? 何なんだその無駄な才能は!?

「………………それしか手がないなら俺は諦めるよ。ただお前がどんな姿だろうと俺はお前の事を──」

「ゲホッゲホッ!」

「……っ晴希! 大丈夫か!?」

 思わずむせてしまった。全然大丈夫じゃないよ、お前の頭がな。思えばこいつはこんな奴だった。くそ、歯の浮いたような言葉を平然とほざきやがって……。

「晴希、大丈夫じゃないならせめてこの体でいる間に一度抱きしめさせて──」

「……守坂かみさか!」

「御意」

 私はある人物の名前を呼び、そいつがその声に応じた。曰くわが文芸部の新たな仲間であり、私にとっても重要な役割を持つ存在である。

「ぐふっ」

 そうして目の前の変質者は崩れ落ち、その背後に足を肩幅ほどに広げつつ両手をまっすぐ下ろし掌を地面に向けた体制で黒く長いポニーテールを翻し、まるで一陣の風のように一人の女子が現れた。

 守坂椎乃しいの。スカートからニーソックスに包まれた長い足を伸ばした細身の一年で、私に大層懐いている後輩であるところの朱鷺羽ときわみのりの親友だ。あいつの実家が古武術の同情をやっているらしい。守坂にとってあのフォームが自然体なのだ。いや本当の所は知らないけども。

 いかにして文芸部に誘い入れたのかは知らないが、私が忌々しい例の騒動から戻ってきた時にはもうこの部室に存在していた。まあその騒動と関係ある事は自明の理なのだが、厳密にはまだここの部員ではない。一宮さんと契約を結んでいるだけだとかなんとか。一体どこの何のプロなんだよと思うが、まあかくいう私もかなり厄介になっているのだが──嘉光の処刑人として。

 かくして守坂の重い踵落としの一撃が弧を描きながら嘉光の後頭部に見事なまでに叩き込まれ、たちまちダウンしてしまったわけである。

「わざわざ悪いな」

「いえ。あなたの危機は朱鷺羽の危機であり、朱鷺羽の危機は自分の危機である。ただそれだけの事です」

 などとこのようにいかにもな堅苦しい口調だが、基本的にはいい後輩である。四月の時に見た神城かみしろって奴とは大違いだ。

「……それで朱鷺羽、どうしてお前まで私に抱き着い──」

「晴希先輩っ!」

「…………」

 私の腰に抱き着いている朱鷺羽の語調と力があまりにも強く、私はそれに何も言えなかった。忘れていたが今の今まで気絶していたんだよな。

「本当に心配したんですから! 死んじゃうかと思ったんですよ!?」

「あー……悪かったよ」

 私としても少し心配をかけすぎたと思う。多少の粗相には目を瞑ってやることにした。とは言っても頭を撫でてやるような真似はしないが。

「俺とみのりで頑張って運んだんだよ。何と言うか……ちゃんとしてやれなくてごめんな」

「…………守坂」

「御意」

 ただし嘉光、てめえはだめだ。

 そうしていつの間にか復活して背中を抱きしめてきていた嘉光を始末させておき、私は朱鷺羽に声を掛ける。

「おい朱鷺羽、いい加減離れてくれないか?」

「嫌です」

 即答だった。

「いや、そうは言ってもだな、私は家に帰らなくちゃならない」

「それなら私も一緒に行きます」

「大丈夫だって」

「駄目です。一緒にいます」

「電車とかで金かかるだろ?」

「そんなの私の勝手です」

「…………」

 それを言ったら一人で帰るのも私の勝手だろ。

 そう言おうと思ったがやめておいた。仮に言ってしまえばこいつは「それは違います!」なんて激昂してくるに決まってる。これまでの流れを見ればわかるが、こいつは大した力はないくせして(勿論私が言えた事じゃないが)いい奴すぎるのだ。

「……分かったよ」

「ちょっと待ってくれ晴希、俺は……!」

「よし帰るか、朱鷺羽」

「晴希!?」

 あの馬鹿が処刑されているのをずっと見物しているのもなんだし、こうなったらもう朱鷺羽の厚意に甘えさせてもらおうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ