第六十八話 彼は女神か将又悪魔か
さて、遅れまして久しぶりの更新です。
日常というのは怠惰なものだ。これは日常という言葉の定義と言っても過言ではないかもしれない。
例え私こと秋津晴希が拉致されようが果てしないキチガイこと内藤嘉光が記憶喪失になり大規模な冷戦が起きようが終わってしまえば再び怠惰な日々に逆戻りであり、私は普通に学生の本分である勉強をし、そして授業の後れを取り戻せずに中間テストでは大層酷い点を取っていった。なお似非親友の邦崎も同様である。
それはそうと、怠惰な日常パートがきちんと存在していたからこそここまでやってこれたって部分もあったりするのだ。
杭瀬と他愛ない会話をしたり、一応幡野にも約束した通りの報酬をくれてやったり、まあ色々とあったんだが基本的にここ一ヶ月ほどは平凡な日常を過ごしていたと言っていい。
しかし神様というのはどうやら質の悪いレベルの悪戯好きらしく、事件は再び訪れた。決して大きくはなくそれでいて決して小さくもない、そんな事件。
本来なら嘉光でも生贄にして神様に祈ってやりたい気分だが、あいつ如きの犠牲で私の対人運が治るとも思えない。また記憶喪失で戻ってこられても困るしな。かと言って神様に反逆を試みる程私は愚かでもない。
……まあいいんだけどさ。しょっちゅう殺人事件に出くわす少年探偵とかに比べてみれば私は十分恵まれている方なんだろうし。バトルもないし、そう考えれば楽っちゃ楽だ。
──なんていう空しい現実逃避はともかく。
簡潔に結果だけを述べてしまえば、要するにまた私が頭を悩ませる必要が出てきたって訳だ。
全く、うだうだ言う気にもならないくらい毎度毎度面倒臭い話だ。
「おい星ヶ丘!」
急いで帰ろうとする星ヶ丘柊に何とか追い着いたのは校門の前だった。
おそらく膝の裏に届くくらいにはあるであろう眩しい銀髪を靡かせ、背は高くスタイルは後姿からでもそうと分かるくらい抜群、当然のように顔もその銀髪に似合わないなどとは言えるはずもないという正しく完璧な容姿。一旦視野に入ればおそらく目を離すことができなくなるであろうその姿を見つけるのにさほど時間はかからなかった。
そう──追いつくのが大変だっただけなんだ。こいつ歩くのすら早いし、追いついたといっても声を上げて引き止め、ただ待ってくれていただけの事。
どうして私なんぞにこの役を任せたのかとつくづく思う。先輩方は、「多分お前も関わってるんだからお前がやれ」などと私を無理矢理行かせた。意味が分からないし、それを言ったら嘉光は設定上全ての罪を背負っているわけで嘉光が行けばいいだろう、そう抗議したが、「今はあいつが行っても逆効果になるだけだ」なんて反撃を食らった。一体どっちなんだよ。嘉光は嘉光で行きたがらない。その上大曽根さんは「いいから行ってやれ、追っかけんのは男の仕事だ」とか意味の分からない事をほざくので私は男じゃない、だから嘉光の仕事でいいと抗議したが依然として譲ってはくれず、二人で行くなら許すという妥協になってない妥協をされたので何とも言えず結果として私一人で行く事になった次第だ。無茶苦茶だな。
とにもかくにも私は疲れた。これだけは絶対に言える事だ。そんなわけで両膝に手を置いてゼエゼエハアハアと荒い息をする。ところでゼイゼイはともかくハアハアって何かエロいよね。どうにかならんのだろうか。
「一体何の用……って、ああ」
星ヶ丘はそう訊いている最中に私の手に持ってある物を、そして自分の両手を見て納得した。
「そうだ、お前の鞄だ」
ほらよ、と言ってこいつにシックな見た目をした手提げの鞄を渡してやった。投げて寄越すなんて真似はしない。しない以前に私の力じゃ出来ないけどな。
「にしてもその反応、気付いてなかったのか?」
普通なら気付いたけど戻るのが億劫、とかそんな感じだと思うんだが。いやたとえばの話で普通の人間なら気付いた時点で戻るだろうが。
「……ああ、ありがとう」
と意外にもこいつは礼を言ってきた。いや、考えてみたらそれほど意外な事でもないか。要は今あなたの言った事はスルーしましたって意思表示なんだろう。こういう反応は
「どうも」なのでとりあえず返事をしておく。「それじゃ私は戻る。また会おう」
そう言って部室に戻ろうと身を翻すと、
「待ってよ。待ちなさい」
星ヶ丘にそう声を掛けられ、私は立ち止まった。そもそも逃げる理由もないし、逃げられもしないし。
「何だ」
「なんであんたは、そんなに強いの?」
「……は?」
これはまた奇異怪々な事を。買い被りでもお世辞でもやりすぎだろ。私はコイキングより弱い設定だというのに。現にお前に追いつくのにだって息を切らしてしまってるくらいだし。
「一つ言っておく。意味が分からん」
虚言に答えてやる道理なんてない。よって背を向けて私が部室へと歩き出そうとした時だ。
「だと思ってた」
なんていう声と共に側頭部に衝撃が走り、視界がぶれ、更にまだ夕方にもなってないというのにお星様まで見えた。しかし何でよりにもよって六芒星なんだ。私の趣味か。かっこつけやがって。
バランスを崩しそうになった体を何とか支え、後ろを見る。そこにいたのは他の誰でもなく、敵意を持った目で私の方を睨んでくる転校生、かつ転校してきた日の二時限目が終わる頃には『我等が董城の女神様』なんていう風に校内にファンクラブが出来上がってしまったというほどの完璧美少女、ザ・星ヶ丘柊。
「あんたには一生分からないわよ」
そんな言葉──以前私が杭瀬に言っていたのと全く同じ言葉を撒き散らし、さっき私の渡してやった手提げ鞄を振りかぶる。
さて、重ね重ね言うが、私の運動能力の無さと来たらそれは大した物なのだ。例えればちょっとした段差で死んでしまうくらいの。
まあそんな私が頭部に鞄スマッシュを二度叩き込まれたのである。まともに立ってなんかいられるわけがないじゃないか。
薄れゆく意識の中、そんな私の様子に気づかずただ一気に騒々しくなったその場から逃げるように校門を走って出ていく銀髪の悪魔の姿を見た。星ヶ丘の考えてる事はさっぱり分からないし、その上嘉光までもいつもの三割増しで意味が分からない。今度は一体何なんだよ? お前一体どうしたいんだよ?
ああくそ……やっぱあの時逃げとくのが正解だったのか……?