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白世界  作者: 白龍閣下
茜色革命
67/87

第六十五話 そこは紛れもなく戦場だった。

「内藤の奴、どこに行く気なんだ?」

「案外何も考えてなかったりしてな」

「まさかそんな事はないだろうよ」

 綾女の手を引いて教室を出ていく時、クラスメイト達は口々にそんな事を言った。ほんとに失礼なやつらばかりだなと思う。

 ……まぁ、ほんとに何も考えてなかったんだけどな!

「え、ええと内藤君、どこまで行くのっ?」

「……いや、ちょっとな!」

 そんなわけで俺はちょうどよさそうな場所として階段の周りというのを考えてみた。階段前……いいじゃないか。なんか絵になるし。俺は好きだよ?

 と、廊下で見知った顔と遭遇した。同じ文芸部の、三年の先輩だ。何か言われるんだろうなぁ……。一体何を言われるんだろうか。

「あぁ、内藤か。久しぶりだな」

「あぁ、はい」

「…………」

 そういうと先輩は俺の横を通り過ぎ……


 ……。


 …………。


 ………………え? 終わり?

 いやなんか言えよななんか! 逆にすごい不安になるんだからさ!

「内藤」

 と思ったら先輩は振り返り、こっちを見た。一体どうしたんだろう。まさか心の中で俺が猛烈に突っ込んでいたのがバレたか!?

「リア充は爆発しろ」

 ……はぁ。

 一体何を言われるのかと思えばそんな事ですか。いやぁ驚いた。俺はてっきりあの人も読心術とか使えるのかと……

「内藤」

「何ですか?」

 俺が若干苛立ち気味にそう聞き返すと、先輩は背中を向けて向こうへと歩き出しながら、

「チャックが開いてるぞ」

 と指摘してきた。直後に「きゃっ!」という綾女の声。視線を下に向けてみると、確かにチャックが開いていた。あっほんとだ!

 ……いやそれを先に言ってくれよ! 爆発云々とかもういいからさ!


「内藤先輩じゃないっすか。久しぶりですね」

 階段前にたどり着いたが、そこでまた新たなエンカウントをした。

 そう言ったのはおそらく一年の文芸部員。あいにく一年の顔まで俺は覚えてない。少人数でゆっくりやってくみたいなのとは正反対だからなうちの部は……。全員の顔と名前を覚えてなくても仕方ないとは思う。とまぁそれはともかく。

「あー、ちょっとどいてくれないか?」

「どうしてですか」

 どうしてもなにも、他人がいる前で綾女にマンツーマンで説得なんて出来るわけないだろ! いい加減にしろ!

「しょうがないですね」

 言うとそいつは、その場で右手をこちらに、手のひらを上の方にして向けてきた。ときおり指を仰ぐように動かしてくる。

「……どういうつもりだ?」

「ただでどくわけにはいきませんね」

 何かと思ったら賄賂要求かよ! ずいぶんとふてぶてしいな! お前ほどふてぶてしい奴見た事ないぞこの野郎!

「おい、頼むから」

「頼まれた程度でどいたら男がすたります」

「そうか、男がすたるなら仕方ないな」

 本当に、残念な事だ。そこは諦めるしかないだろう。

「じゃあ……綾女」

 俺は教室の時と同じように、彼女の方を向き両肩に手を添えた。彼女は「え? え?」と顔を真っ赤にして戸惑っている。ひょっとしたら風邪かも知れない。全て片付いたらお疲れさんとでも言っておくか。薬は何がいいだろう。頭痛にノーシンかな? あいにくそのあたりはよくわからん。

 んで今はなんというべきか……

「ありがとう……ってのはさっき言ったな。あー……何て言おうか……」

 ちらりと、強情にもこの場面で居座るという驚きの行動を取った後輩に目を向ける……が、華麗なるまでに無視されてしまった。おのれ使えない奴め。しかも無視してると思わせてさり気に賄賂要求してんじゃねえよ!

「……ねえ」

 さあどう言おうか……。こんにちはでもない……おはようでもない……さよならとか論外だ……ってか何でみんなあいさつの魔法なんだ……。

「ねえ」

 ああ、こういう時にはっきりしないから俺は、晴希にもまともに取り合ってもらえないのかもしれないな……。どうにかしないと……。

「おい」

「ぐふっ」

 うずく後頭部を抑えながら振り向くと、弥葉琉が片手にハードなカバーの本を提げて立っていた。いつもの無表情に見えるが……何か違う気もする。よくわからないけど。

「……なんだ弥葉琉か。お前が話しかけてくるなんて意外ぐふっ」

 頭部にセカンドインパクト(厨二病的な意味ではなく)。俺の頭が疼くぜ。

「あなたはいつまでのんびりしてるの?」

 ああ……実に冷えた視線だ。出来れば晴希にもこんな風に……じゃなくてだ。

「違うよ、俺は深く考えている最中でぐふっ」

 サードインパクト。ああ痛い痛い……俺の右目が疼くぜ。

「うるさい」と弥葉琉。「ここは戦場よ」

「……ああ、そうだな。でもぐふっ」

 フォースインパクト。俺の尻が疼くぜ。参ったな、こりゃノーシンだけじゃなくてポラギノールも必要になるか? なんてのはともかく。

「ああわかってんよ! 俺が晴希を放っとけるわけがねえだろうが!」

 まさかの四連コンボを食らった俺は叫んだ。いやインパクト云々の話じゃなくて、自分の嫁をないがしろにできる奴がどこにいるんだよ!

「でもな、だからって綾女がどうでもいいってのは違うだろ! 晴希は俺が絶対なんとかする。だから――」

「違う」

 静かに言った弥葉琉だったが、その目は本気に満ちているようで、とっさの反論もする気にならなかった。

「今うまい事を言えなかったとしても、後でなんとかなる事はある。決して取り返しのつかない事なんてないのよ」

 そう言って制服の袖を引っ張られ、俺はあやうく転びそうになった。……こいつ、こんななりして実はかなり力強いんじゃないのか? 晴希にも今度聞いてみよう。

「私は、あなたを全力でサポートするために来たんだから」

 と、全力をもって引っ張ってくる。体制が崩れるのを防ぐには、走ってついていくしかなかった。そうしながらも俺は思う。全力でサポート……ねえ。

 いや、そんなのより大事な事言ってたよな、弥葉琉は。

「後でなんとかなる……か。綾女!」

 その叫びで今まで固まっていた綾女がようやく顔を上げ、離れゆく俺を見て慌てていた。見事にあたふたしていた。

「慌てるな!」

そんな様子の綾女を見て更に続ける。

「続きは全部終わってからだから! それまでにお前に言う事、ちゃんと考えとくよ!」

 そう言い終え、綾女の顔を見た。

 勝手に連れて行って勝手に引き延ばす。そんな暴挙をしたというのに。

何故か彼女は、安堵の表情を浮かべていた。


「なあ、弥葉琉。聞きたいことがある」

 走る事においてもやはり文化系と思えない速度の弥葉琉の後を追って階段を登りながら、何も言わないこいつに対して、俺は思った疑問を口にした。

「ただ晴希と俺を会わせたいだけだったらさ、普通に晴希の方を連れてこりゃよかったんじゃないのか?」と。

 どうせ待つのも向かうのも一緒だと思うんだが。こんな騒動になったんだから教室にいるわけでもあるまいし。

「何かあったんだな?」

「…………」

 弥葉琉は黙り込んでいる。いつもの無口キャラってのとはちょっと違うっぽいんだけどな。

「そういえばお前、言ってたよな。決して取り返しのつかない事なんてないって。あれはもしかしてお前の――」

「言わないで」そんな俺の言葉は不意に遮られた。「ただ、待っててって晴希は言ってた」

「そうか……」

 理由も分からないのに、思わず笑みがこぼれる。

 どうやら、間違いじゃなかったみたいだ。

 弥葉琉が、いつもよりアクティブに見えたのは。

……四発も本の角で殴られて、内一発は目に入ってるしな! あやうくスルーしそうになったけども!


「ここよ」

 呆然とする、そこにいた後輩達の横をすり抜けてある扉の前で立ち止まり、弥葉琉はそう言った。

「屋上か」

 何となく予想は出来ていたが、やっぱりここだったか。俺にとっても思い出深い場所だ。

 …………寒そうだなぁ。

「……悪かった、弥葉琉。これじゃ、取り返しのつかない事になる所だった」

 晴希……寒さでダウンしてなきゃいいが……。

「……謝らなくていい。元はと言えば私が悪かったんだから」

 そう言いながら弥葉琉は屋上へと続くドアを開け、

「ぐふっ」

 もう終わったと思っていたらフィフスインパクト! 俺の背中が疼くぜ。しかしチルドレン並にインパクトが起こるな。これがセカイ系か。

 だがまぁいい。今晴希に姿を見せたくないからという理由で背中を蹴り飛ばしてくれた弥葉琉の事も今は許そう。

なんせ、やっとこいつとの再会を果たせたんだから。

「……おう、晴希。……久しぶりだな」

「ああ、本当に久しぶりだ」

 晴希は不機嫌そうだったが、元気だった。取り返しのつかない事にならなくて、本当によかった。

 自分でも真摯だと思う瞳を晴希に向け、俺は今一度口を開いた。

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