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白世界  作者: 白龍閣下
茜色革命
65/87

第六十三話 風、爆音、屋上にて。

「……わからん」

 風、爆音、屋上にて。冷たい床に腰を降ろし、今の私は悩みに悩んでいる所だった。

「……頭が痛い」

 悩みというのはどうここから出るかでもなければ、どうこの寒空の下生き延びるかでもない。寒さについてはあろうことか慣れてしまっていた。喉元過ぎれば熱さを忘れる……いや、寒さを忘れる、か。どうやらこんな私にも屋上というワイルドライフを生き抜く資格はあったらしい。

 それで問題というのは他でもない、杭瀬の事だ。嘉光の事はひとまず置いておく。

 まず杭瀬の、私を屋上に放つという行動が果たして裏切りだったのかどうかも分からないし、それが裏切りだったとしたら何がきっかけで何のためなのか分からない。裏切ってないにしても私をここに閉じ込める事に何の意味があるんだかって話。複雑な孫子の兵法みたいなのでも使ってたりするんだろうか。私にはさっぱりわからなくて、こんな作戦を考えられるなんてすごいなと思いました、まる。

 で仮に裏切られたとして、私があいつに嫌われる理由があったかといえば、これがよく分からなかったりする。とはいっても嫌われる心当たりが全くない不意打ち的な行動だったかといえばそうでもなく、その逆で「もしかしてこれが嫌だったのか」というような候補も結構多かったりするせいなのだが。

 もしかして→こき使われたのが嫌だった、とか。それもなんだかな。私はあいつを信用した上で頼んでいたのに。

「でもまあ、嫌われたんだろうなあ……」

 やっちまったな、とつい溜め息をついてしまうがどうでもいい。幸せでも何でも勝手に出て行ってしまえ。

 嫌われたとしか思えない。こんな味方を閉じ込めるなんていう非情な作戦を、私は決して認めない。そんな不幸は糞食らえだ。幸せなんてどうでもいいが不幸はいらん。

 なのでもうここであえての非情という可能性は断ち切り、様々な情報を礎とし裏切られた理由をグローバルに考えてみるとしよう。……うん、自分で言ってて意味が分からなくなってきた。でも気にしない。

 まずは客観的に見た私の印象というのを推測してみると。


「なんで上学ランなの?」→学ラン好き


「50メートルも走れないのか」→コイキング以下の雑魚


「あんなに内藤嘉光に愛されてて何が不満なんだ」→糞ビッチ


「秋津晴希は俺の嫁」→嫁


「秋津晴希は私の婿」→婿


「秋津晴希をペロペロしたい」→ペロペロさん


「秋津晴希の学ランをペロペロしたい」→ペロペロさんを神器学ランとして従える者


「コイキングペロペロしたい」→ペロペロさんをその鱗に携える伝説のコイキング的な


 ……いかん、色々と錯乱してるみたいだ。いくら慣れたとはいえ、こうやって寒さは私たちの精神を蝕んでいくんだろうか。

 まあペロペロさんとかの件はともかく、この辺りだろうか。

 なるほど、我ながら酷い物だ。ペロペロを抜きにしてもすごく酷いのが酷いのになった程度だからな。まあ腹が立つので思考停止で全部嘉光のせいにしていいはずだ。きっと誰も責めないさ。だってどうでもいいからな。

 しかしこれらの要素が果たして裏切るに値するものなのだろうか。はっきり言ってあまり有力な情報とは思えない。そんな馬鹿げた一般的な意見なんてここでは頭の潰れたネジ同等だ。なにしろ相手は杭瀬だ。

 ……一般的?

 まあいいや、知らん。なので別の情報――例えば最初の頃はどうだったのかとか、その辺りの昔話でも発掘してみるとしよう。過去は大事な物で、それゆえ振り返りたくはないのだが。いや要するに黒歴史は覚悟して振り返ろうと。

 初めて会った時のあいつは、そりゃ無口な奴だった。存在が希薄というか、RPGでいうと村人Bですらなく単なる木の役回りって感じ。要するに今とほぼ同じなんだが、あの頃のあいつはまるで似非とは思えない、真性の無口キャラのような奴だった。

「……そういや、いつからあいつは私を許したんだっけな……」

 いや、許したってちょっと違うか。

 許したというか、獲物として認識したというか。その両者には大きな隔たりがあるだろうが、どっちにしろいつからか杭瀬は私の事を特別な存在として認識していた事は確かだ。

「……変な奴だったからな。私もあいつも」

 私は自分を常識人だとは思っていても、残念ながらどこにでもいる一般人だとは思っちゃいない。

 あの時周りに沈んでしまっていたあいつの目に、あの時周りから浮いてしまっていた私は果たしてどう映ったんだろうか? 私のどこにあいつを惹き付ける要素があったんだろうか?

「……どうでもいいだろ、そんなの」

 あれこれ考える暇があるならさっさと動け。脱出ゲームはもう終いだ。悩んでいる振りなんてやめちまえ。

 私はこんな事態に至るまでずっと甘ったれていた自分を叱りつけた。

「そうだ、理由なんて簡単なものだったじゃないか……」

 下ばかり見ていても鍵など見つからないし、そもそも屋上から出る事が最終的な目標なんかじゃないし、信じていたつもりの杭瀬には皮肉を言って、裏切られてしまう。どれもこれも間違いばかりだ。正しいと思っていた事は全て裏目に出てしまう。

 全くもって似非だ。似非だらけだ。何より似非無口キャラである所の杭瀬を全く労ってやれなかった私が似非だ。

 だが。

「それがどうした……」

 私なりの決意を込め、私は立ち上がった。

 人間不可能ばかりだが、その中にだって頑張りゃ出来る事はあるもんだ。

 なに、たかだか似非じゃないか。それくらい正せずに何が信頼だ。

 それが下らないやり取りの積み重ねで出来上がった塵の山なら、わざわざ綺麗に鍵で開けてやる必要なんてない。真正面から、歪み無く、愚直にでもぶち壊して、吹き飛ばしてやるまでだ。

「おい、杭瀬ェ! ちゃんと生きてるか!」

 足を広げ、拳を握りしめ、そして腹の底から、この程度の扉など突き破るほどの勢いで、不謹慎な爆音など物ともしないほどの勢いで、大きく声を張り上げた。

「いいか、勘違いすんなよこの似非弥葉琉!

 私はな! お前の事ぐらいちゃんと分かって、ちゃんと買ってやってんだよ!

 ああ、確かにお前は影が薄いし周りは誰も見てくれないだろうし、それはそれで楽だと開き直るのも当然の事だわな!

 だけどな、お前はそれだけじゃないだろうが!

 そんな立ち位置の割に私には一切遠慮しないで弄るし、実際思慮深く読んでるのは全く訳の分からん本だし、挙げ句の果てに作者のお気に入りだからなんていうふざけた理由で調子に乗るような抜け目ない奴だったろうが!

 それからまだあるよな! お前が単に希薄で独りがちな奴ならここまで私のために動く事なんてなかっただろうが!

 お前が思ってるほどお前は徹底したようなやつじゃねえんだよ! 良くも悪くもお前は似非だ! 私はそれを知ってんだよ!

 あのな、前に言ったよな! お前は楽でいいよなとか、お前には分からんだろとか! 言っとくがありゃ嘘だ! 真っ赤な嘘だよ!

 ……私はな、それくらいの事全部分かるんだよ! お前がさっきあんな風に動いちまったわけも、今こんな風に動けないわけもな!

 お前は私の事が嫌になって、それでも私を捨てきれなくて、それで私に捨てられるのも嫌でこうしてるんだろ!

 私もそうだ! お前に心底うんざりして追っ払っておきながら今になってこれだからな! 馬鹿げてるよな本当に!

 ……けどな、お前も知ってる通り今の私の問題はそれだけじゃねえんだよ!

 だから手伝って、さっさとこの馬鹿げた騒動を終わらせてくれ!

 そんでお前は後で、全て終わってから私が存分に叱ってやるんだ! 絶対に逃げんなよ!

 私の言いたい事は以上だ、こんの馬ッ鹿野郎!」

 そう長々と言い終えるなり、私はその場で仰向けに倒れこんだ。深呼吸しようとするが、どうしても咳き込んでしまう。

 やはり体力不足はきつい。しかしこればかりはコイキング以下の雑魚にとってどうしようもない事なのだ。

 果たしてあいつは、どうにかなったんだろうか。こんなグダグダな演説が、果たしてあいつを動かすに足るものだったのだろうか。

「……つくづく馬鹿だな、私も」

 動悸の収まらない胸に片手を当て、自虐をしてみる。やばいな、あまりにおかしくて笑えてくるじゃないか。答えなんて一寸先にあったのにな。

 人は分かりあえないみたいな事をあれだけ説教臭く言っておきながら、実際には分かろうとすれば簡単に分かってしまった。これを大馬鹿者と呼ばずして何と呼ぶか。

 どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。私も、嘉光も、杭瀬も、状況の変化を怖れるモブどもも。思うように動けず、いつだって縛られてばかりだ。

 とにもかくにも、ここからは本当に杭瀬次第になる。

 人には役割ってのがあると私は言った。なら私の役割は、あいつを労ってやる事だったんじゃないのか。私にはそれができなかった。

 だから次はしくじらない。今度の私のやるべき事は、あいつを信じてやる事だ。

 私らしくないと思うか? そうだよな。




 けどな、私も似非なんだよ。

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