第六十一話 この世界は自分が全てを知ったと思い込むには広すぎて適わない
「……さて、たっぷり話を聞かせてもらうぜ?」
再着火を無事成し遂げた俺は、小枝の手首の拘束を解いて訊ねた。今のこいつはコエダじゃなくていい。単なるコノエだ。
「……あのさ」
と呆れた様子の小枝。そこに普段のテンションの高さはない。やっぱり猫被ってたのかね? 普段のこいつも結構好感持てたんだけどな。
「ここでこの私が悪役だったとして、その程度で口を割ると思うのか?」
と聞き返された。まるで馬鹿を見るような目で。
「おい、誰が馬鹿だ誰か」
「誰も馬鹿なんて言ってないな」
そういやそうだ。まるでそう思ってるような気はしたけどな。それはそうと、急に口調まで変わるのか、こいつってば。
「まあいいや馬鹿……あのな」
未だに呆れて物も言えない様子の小枝だったが、気にせず俺は進めた。勿論、こっちも馬鹿を見るような目で。これで晴れて対等の立場だ。
「てめぇが敵なわけねぇだろ。なんなら俺をただ止めようとしかしてねぇ時点でてめぇは悪役失格だ」
それからも俺は説教を続けた。やれ普段のキャラの割にぬるい、やれそういう立ち位置じゃない、やれ既に証拠は立っている、エトセトラエトセトラ――。
自分でも散々と思えるほど言い終えた後、改めて詰問する。
「んなわけで、言ってみろよ。お前の真意をよ」
「だから、どうしてこの私がそれを言わなきゃならない?」
小枝は相変わらずこんな感じだ。これだから世間を斜めに見てる奴は困る。
そんな奴の相手なら、足元を見てしまえばいい。
「一人の部員としてだ。文芸部なめんな」
こいつには何らかの文芸部にいる必要があるらしい。それが何かは知らないが、利用してやるに越した事はないだろう。
思惑通り、小枝は渋々説明してくれた。
「……弥葉琉が裏切って晴希を屋上に閉じ込め出したから、ここで急ぐとかえって状況が悪くなる、なので止めようとした、これだけだ」
似非無口が……あー、なるぼどな。
急がず焦らず、まずそいつをどうにかすりゃ安泰だったってか。現に教室に晴はいなくて、状況は最悪な方向に行ってやがる。
けどな、勘違いすんな。多分お前にもお前なりに葛藤があったんだろうが、そんなお前でも全部の全部を知ってたわけじゃないんだぜ。
「敦次はな、んなこたぁ知ってたんだよ」
それが答えだ。誰も信じやしないだろうが、この風当たりの強い状況を、敦次の奴は誰よりも正しく予測していた。
「それでも行ったんだよ、ガツンとな」
俺は自分の左の掌に右の拳をガツンとぶつけながら言った。
「……嘘だ。でなかったらただの無謀だ」
「ちげーっての」
その両手をポケットにしまい込む。
まぁ確かに今頃晴の奴は一人屋上だ。リスクが馬鹿にならない、非情なやり方だな。まぁいい、あいつには泣かずにせいぜい頑張って貰おう。
「晴はいざって時にゃ、きっちりやってくれるんだよ。信じる力をなめんなよ」
「……は? 信じる力と?」
「そそ」
軽く首肯し、ポケットから取り出した眼鏡をかける。
それに対して一欠片の信用もない、半分呆れ顔の半分無表情――どうもてめぇはまるで信じちゃいないみたいだけどさ、実際あるんだぜ? そういう少年漫画的な理論ってさ。
だからさ。
「もうすぐ分かるっての」
顎を上げ、人差し指で晴のいる屋上を指し示した。
百聞は一見にしかず、それを今からこいつに教えてやるんだ。俺が、晴が、誰もかもがな。