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白世界  作者: 白龍閣下
茜色革命
62/87

第六十話 分かったんだよ、全部全部な

 二十一世紀、太平洋戦争が終結し六十年ほど経ち、人々が多次元にあくがれ始めたその時代。

 俺とクラスメイトの廣前ひろさきは正確的なまでの武力と暴力的なまでの知略をぶつかり合わせていたが、その闘争は惜しくも数学教師の手によって止められてしまった。

 結果、俺と廣前は共に簀巻すまきにされ、教壇の横に転がされてしまったのだ!

 そしてそこに現れたのは文芸部の実質最高顧問。カリスマ、火力、素早さ、読心術、説明口調と、どれにおいても学内トップクラスの実力者、一宮敦次いちのみやあつし……ってやべぇ! 文芸部の事なんてすっかり忘れてたから、なんともあるぜ!

「その独白はいまいちわからない。いずれにしろ幽霊部員たるお前の身柄は今から文芸部が引き取る。依存はあるか」

 ある。だって簀巻きなんだぜ? 普通に拉致されるならまだしも、簀巻きじゃなぁ……。

 クラスメイト達も納得できないらしく、無言の視線を一宮さんに向けているが、当の一宮さんはびくともしていない。

「経緯がいまいち分からない。だが、お前を縛っているそれなら解いてやる」

 やった! それなら……

「納得できないな!」

 という所で制止の声が入った。今の声は統率部の音無おとなし! その名前とは裏腹に大きな声で第一声を張り上げる事で流れを引き寄せる事を得意とする男!

 でもどうしてだ? だって拉致っつったら男のロマンじゃね?

「そうだそうだ!」

「七次元にぶっ飛べ!」

「空気読めよ、文芸部!」

 そんな俺の思いも空しく、クラスメイトたちは矢継ぎ早に一宮さんを非難していく。

「黙れ」

 だが一宮さんはあろうことか、その一言で一気に切り捨てた。

「この中で自分は正しいと、胸を張って言える奴が果たしてどれだけいる? 右にならえの精神だけでここまで来ていると言うならそんな根性は一つの正義の前には無力極まりないな」

『…………』

 一宮さんがそう言うと、皆は黙り込んだ。流石にそこまで言われると、非難の目も向けられないんだろう。そりゃ正義なら拉致されても仕方ないもんな……え、そうだよね?

 周りを見渡す。そこには毅然きぜんとした態度の一宮さんがいて、突然の展開に戸惑う中二病の数学教師がいて、どう反論をするか考えあぐねているクラスメイト達がいて。

 そして何とも言えない、辛さと悲しさと切なさの混じったような表情の綾女あやめがいた。

 …………。

「……すんません、やっぱり俺は行けません」

 どうやら、俺には黙って一宮さんについていくより先に、まだやるべき事があるらしい。

 どんな理由であれ、こんな様子の綾女をそのまま置いていく事なんか出来るわけないじゃないか。

「……そうか、よく分かった」

 呆れたような悟ったような表情で一宮さんは俺の方に近寄り、縄を解いていった。ちなみに「おい、俺のも解いてくれていいはずだ」と訴えている廣前はガン無視である。ざまあみろ。

 縄を解きやっとの事で解放された俺に対して一宮さんは、

「ちょっとくすぐったいぞ」

 襟首を掴み、顔面を黒板に叩きつけた。

「ゑ……」

 力技か!? まさかの力技ですか!? それくすぐったいってもんじゃねぇよ! ごく普通に痛ぇよ!

 これにはクラス内も騒然となった。皆、さすがにこれをスルーするなんて真似は出来なかったらしい。

「内藤! 大丈夫か!」

「いくら幽霊部員相手にもやっていい事と悪い事があるだろ!」

「ちょ! あんた何黒板へこませてんですか!」

 おい最後の苦情! 何か論点違うぞそれ!

「気にするな!」

 一喝。さすが文芸部部長、鶴の一声というか何というか。

 ……ねぇ一宮さん、怒っていいですか? 今俺、すごく頭がくらくらしてるんですけど。

 ふと、教室のドアからまた新たに別の人間が入ってきて、こう叫んだ。

「一宮さん! 秋津あきつが見つかりません!」

「……やっぱりか」

 一宮さん! 腹いせだか何だか知らないけど俺の頭を黒板に連続で叩きつけないで!

 そう叫ぼうとしても、無情の右腕ゴッドハンドは止まらない。まったく、わけがわからないよ!

 ってか秋津晴希はるきって誰だ! 俺はそんな奴は……

 ……どうして下の名前が分かったんだ、俺?

「新聞部どもに探すよう伝えろ! それとこちらの一年も回せ!」

「了解!」

 未だに手の動きを止める気配を見せず、一宮さんは指示をしていく。よく見ると廊下には結構な人数の文芸部員がいた。もう分かった。最早これは単なる幽霊部員への刑罰じゃない。 俺一人への当て付けでこんな盛大に動く必要なんてない。

「あえて」の可能性を外してみると、俺一人ではなく、俺を含むたくさんの人間への当て付けになるか。

 それでも、発端は俺なんだよな。

 俺が忘れて、綾女のためにこいつらが思い出させないで、そこに文芸部が現れた。

 全ての元凶の俺は思い出さないといけないだろうが、かといって綾女をほっておくわけにもいかない。

 そもそも思い出すべき事なんて……ああ、秋津晴希か。

 …………晴希じゃないか!

 どうやらこれでもかというくらいの頭部への衝撃で、俺は全てを思い出してしまったらしい。

 全部分かってしまった。晴希の事も、記憶喪失の経緯も、全部全部。

 綾女がここに来た理由も含めて、だ。

 だったら俺は――

「とべっ! いぢっ!」

 止めて下さい、一宮さん!

「あと十二回だ」

「なるほど、百八回――煩悩ぼんのうの数だけやる気か!」

 一宮さんの何気に計算された力技に、廣前が叫んだ。という事は九十六回やったのか……って今まで全部数えてたのかよ!? そんな暇あったらさっさと止めやがれ!

 そんなこんなで十二回終わり……

「もうやめろ! 内藤のライフはゼロだ!」

 音無! それ最後までやり終える前に言いやがれ! 利口にもタイミング計りやがって!

「やめたげてよお!」

「内藤の体はボロボロだ!」

 お前らも便乗すんな! そんなこと一宮さんも分かってるから!

「おい一宮、内藤の顔が四次元物体のようになっているぞ」

 ……先生、何が言いたいかは分かりませんが、怒っていいですか?

「元々だ」

「一宮クゥゥゥゥゥゥン!」

 もう駄目だ! 我慢ができねえぞぉ! 俺はあまねし星空の力を集め──

「内藤」

「すんません調子こいてましただから頭を鷲掴わしづかみにしないでください」

 駄目だ……たとえそんな力を揃えたとしても、この人には勝てる気がしない……。

「内藤」

「すいませんすいません!」

「秋津はいいのか」

「はっ!?」

 そうだ、大事な事を忘れてたじゃないか!

「晴希の事……? って事はやっぱり全部思い出して……」

「……っ!」

 と、強く反応した綾女の方に目が行った。そうだ、こっちも大事だったじゃないか。

 もう俺は綾女の本心を分かっている。だからこそ、どうにかしなきゃならない。

 とはいえ俺に出来るのは些細ささいな事。だがしかし躊躇ためらう理由はない。

 俺は綾女の前に歩き、安心させるために表情を和らげて言った。

「綾女、ありがとな。お前は俺のためにずっとここにいたんだろ?」

「それは……」

 だが綾女は俯いて、視線を俺の顔から逸らしている。……ええと、これは? どっちなんでしょうか一体?

「肯定だとさ。よかったな内藤」

 と廣前は言っているが、所詮しょせん廣前だからな……。

「肯定だ」

 ああ、一宮さんの言う事なら間違いないな。

「だから言っただろうが! 何いっちょ前に俺をディスってんだ!」

 聞こえない聞こえない。

 ……しかし、そうか。綾女は川に落ちて記憶喪失になった俺を心配して、ただそれだけの理由で元のクラスまでほっ放り出してここに来てたのか……まったく。

「馬鹿が」

 ……なあ一宮さん、物には言い方ってもんがあると思うんだ。

「言っておくが邦崎綾女の事ではないぞ。内藤、お前の事だ」

「馬鹿なっ!?」

「馬鹿はお前だ」

 ……いや、思えば確かにそうかもしれない。

 なんせ俺は、自分にとって大事な女一人の事まで忘れて、何も知らないままクラスメイトと楽しく消しゴムやノートを投げ合っていたんだからな。

「残念ながら論点はそこじゃない」

「馬鹿なっ!?」

 なんてこった、俺はそんなに馬鹿だったのか!?

「だが、お前の馬鹿などどうでもいい。今は口より手を動かせ。ここは文芸部室じゃない」

「!!」

 一宮さんのその言葉に、俺ははっと気がついた。

 ……まったく、あやうく本当の馬鹿になるところだったじゃないか。

 やることが限られてるなら、そこは口より手だ。その手で俺は、

「綾女! 行くぞ!」

「えっ!? えっ!?」

 彼女の手を引っ張り、教室を飛び出した。

「……とうに本当の馬鹿だがな。せいぜいやる事をやれよ、内藤」

 すれ違いざま、一宮さんはそんな嬉しいんだか悲しいんだか分からない事を言ってくれた。

「内藤の奴、どこに行く気なんだ?」

「案外何も考えてなかったりしてな」

「まさかそんな事はないだろうよ」

 …………。

 やっぱり俺は、ただの馬鹿なのかもな。

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