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白世界  作者: 白龍閣下
茜色革命
61/87

第五十九話 『在る』が故の束縛

 毎度のこと遅筆、お許しくださいっ!

「いいか、積分方を使う事で整関数の次数は一増える」

 五時限目。数学教師がくどくどと説明していたが、聞いている奴は半分にも満たない。俺としてはこの人の話は結構面白いと思うんだが、今はちょっと懸案事項があって聞けない。

 懸案事項ってのは、最近クラスメイトの俺を見る視線が変わってきたような気がしてならないってことだ。

「例えば一次関数を積分すれば二次関数になり、二次関数を積分すれば三次関数になるといった具合だ」

 例えば綾女あやめなんかはいつもおかしいんだが、近頃は更におかしくなったような気がする。授業中でもチラチラとこちらをうかがい、目が合いそうになると避けるといった具合だ。綾女ほどはっきりとはしていないが、他のやつらもそんな感じ。

 最初は何か俺に付いてるのかもしくはいてるのかと思ったが、別に内藤ないとう家に血塗られた歴史があったわけでもない。たぶん。

「これを発展させることで、さまざまな可能性が開けるわけだ」

 思い当たる節はないわけではないが、


くだんの夢の事。

・ここ一週間より前の記憶がはっきりとしない。

・教室には窓があるにもかかわらず携帯の電波がなぜか圏外けんがい

・そもそも綾女は確かここのクラスじゃなかったはず。


 とまあこの程度の些細な出来事で、どれとどれにもつながりが見えない。

 自分一人で悩んでいても仕方ないのでクラスメイトに聞いてもみたが「ああ……そう」とかそんな曖昧あいまいな答えばかりで話にならなかった。

「今このように三次元の世界にいる我々だが、七次元の世界に行く事も理論上不可能ではない」

 綾女について? そんな個人を詮索せんさくするような事聞けるか。

 と、後頭部に軽い何かが当たった。

 何かと思って拾ってみると、丸めたルーズリーフだった。きっと俺宛てに何か話があるんだろう。投げやすいように重りとして消しゴムが包まれていて、紙にはこう記してある。

『消しゴム貸してくれ by廣前ひろさき

 後ろの方に目をやると、クラスメイトの廣前と目が合った。なるほど、得意顔だ。

 俺も素早くルーズリーフを取り出し、『死ね』と書く。消しゴムに丸め、一度振り向いて場所を確認し、奴の方に全速力で投げた。

「そう、今こそ次元の壁を越え、我々は更なる進化を目指すべきではないかと思うのだ」

 後ろを確認すると、果たしてそれは額直撃コースだった。ざまあみろ、とほくそ笑む。せいぜいその消しゴムを使ってろ。何が貸してくれだ。普通に持ってるじゃないか。

 それで、何の話だったか……そうだ、自己紹介を忘れていたな。俺は内藤嘉光よしあき。ごく普通のありふれた高校二年生だ。

 ……冗談だ。確かこの状況がどうなってるのかって話だったな。

「そのためのひとまずの目標は四次元世界だ。おそらく二十三世紀には一般的なものとなっているだろう」

 四次元の世界……次元の境界……なるほど、一理あるな。思えば俺のいるここはいささか三次元だけに縛られすぎているのかもしれない。という事はまずこのことわりを崩すために……

「まずは今いるこの世界で絶対的なものとされている三次元の理を崩すため、積み上げられたバベルの塔を根本から破壊する必要がある」

 そう、バベルの塔だ。あれが崩れれば万物を結び付けている言霊ことだまは消え去り、その時こそこの世界は次元の壁を突き破り、新たなるものとして生まれ変わ──

「いっ!?」

 不意に後頭部に雷撃が走った。俺は後頭部にぶつかり上に跳ね上がったブツを取った。一体誰だ! 思わず目から星が出たぞ!

『だが断る』

 言うまでもなく、廣前だ。ルーズリーフは威力を増すためか、消しゴムを五個包んでいた。お前消しゴムどれだけ持ってんだよ。

 それならこちらにも考えがある。

『黙って死ね』

 ノートにそう書き、ブーメランのように手首にスナップを利かせ後ろに投げる。見事命中だ。

 すると今度は、後ろから教科書が飛んでくる気配がした。おそらく四冊だ。

 だがその行動は読めていた。懐からノートを四冊取り出し、教科書が飛んでくるのと同じ方向に投げて相殺そうさいする。こんなの朝飯前だ。

 だが、それでもなぜか後頭部に衝撃来る。なるほど把握した。先の四冊はおとりで、もう一冊をまったく同じ軌道で投げたのか。そこまでしてくるなら、やるべきことはひとつ。

「ぶっ潰す!」

 体ごと反転させ、ありとあらゆる武器を揃える。シャーペン、三角定規、コンパスは当然の事、前にある黒板消しや教室の隅のプラスチックバット、偶然ポケットに入っていたカッターナイフなどもだ。廣前も教壇においてあるチョークの箱や美術室からくすねてきた彫刻刀を手に持っている。

 たちまち戦争が始まった。俺と廣前の間を、『死ね』やら『地獄に落ちろ』だのと書かれ言霊で威力を増した飛び道具が凄惨せいさんに飛び交う。

『授業妨害とは何事だ! 廊下に立て!』

 ふとそんな文字が目に入る。それが数学教師が俺たちに投げつけた机に書いてあったものだと理解したときには、すでに俺は飛んできた机に頭を強打していた。


「お前のせいだ内藤」

「死ね」

 今度こそ目から星を出しながら、俺は廊下に立たされた。廣前も一緒だ。やったね!

「正しいから死なねえよ」

 どういう理屈だそれは。

「……まあいいや。死なない代わりにひとつ質問に答えてくれ」

「その理屈はおかしいが、それでも親友だ。話ぐらいは聞いてやる」

「いつから親友になったかは知らんが」

「ひでえ」

 何やら変な事を言っているが、俺は無視して続けた。

「最近俺の周りで、何かあったのか?」

 直後、廣前の表情が硬くなった。そして目線をきょろきょろと動かしている。誰がどう見ても怪しい。言い逃れは流石さすがに無理だろうな。

「あー……なんて言えばいいんだろうか」

「……言えないのか? それとも知らないだけか?」

「知ってるぜ」

 こいつ……あっさりと言いやがった……。

「けど言えないな」

「どうして」

「俺が言うべきことじゃないと思うんで」

 廣前は肩をすくめて言った。その様子があまりにもムカつく上、若干事務的だったので、

「言えよ馬鹿!」

 俺はキレた。きっと理不尽な怒りではないはずだ。

「いきなり胸倉掴んでキレんなよ! さっきまで理解してそうな態度だったくせに!」

「まあいいや」俺はつい熱くなって掴んだ廣前の胸倉から手を離した。「使えないやつだとは思ってたからな」

 あーあ、本当にがっかりだ──そんな視線を向けると、廣前は全く同じ視線を俺に向け、

「馬鹿か」

 と言い放った。

「何言いやがる。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ」

「黙れ馬鹿。ここで俺が言う事で生じる弊害へいがいを理解しようとも思わんくせに」

「弊害……? どういう事だ」

 言っていることがよく分からなかった。お前が言わない事で宝くじでも当たるのか? それとも俺に事実から目を逸らさせる事自体が目的でその隙に事実をじ曲げるつもりか? よくわからんが許せん!

「なんなら邦崎くにさきに聞け。お前のためにわざわざうちのクラスに来たんだぞ」

「俺のため? 冗談よせよ。なんで綾女がそんな事」

 俺がそう言うと、なぜかこいつは、

「まだまともな馬鹿だと……思ってたんだけどな……」

 更に非難するような視線を向けてきた。何が言いたいんだ! 意味が分からない!

「お前は本当に馬鹿だったんだな……」

 ただ、とりあえず馬鹿にされていることだけは明白めいはくだった。

「男には、戦わなければならない時がある!」

「ほう……言ってみろ小僧」

 両手を大きく広げ目の前の相手を正面に見据える俺と、学ランをマントのようにひるがえし挑発する廣前。

おのれの存在を笑われた時だ!」

 覇気はきで窓ガラスにひびが入るが、そんな事どうでもよかった。俺はこいつをぶっ倒す! たとえこの命に代えても!

「……何をやっているお前ら」

 そして、今ぶつからんとした時、教師が俺たちの間に入り、両者のこぶしを止めた。

「お前らはやはり私の手の届く範囲にいなければならないらしいな」


「またお前のせいだ馬鹿」

「死ね」

 とうとう俺は簀巻すまきで教壇の横に転がされた。今度も言うまでもなく廣前と一緒だ。やったね!

 ちなみにその張本人である教師は今第四の壁を壊せる可能性について言及しているが、誰も聞いている生徒はいない。俺もこういう状況でなければ聞けているのだが……。

 こうなってみて気付いたことなんだが、どうやら俺は簀巻きにされる事に一種の懐かしみを感じてしまう体質らしい。なんだ、ただの変態じゃないか。

 そういえば廣前がさっき言っていた、弊害だの綾女だのは一体どういう事なんだろうか。単純に繋げると、俺が知ってしまうと綾女が何か損するって事か? 何が何だか意味が分からない。

 ──一体どういうことだよ、綾女……。

 綾女の方を向き、目でそう伝えようとしたが、目が合った瞬間にうつむかれた。ひょっとして俺、嫌われてるのか?

 と思ったのもつかの間、教室内がざわめく。

「とうとう来たか、文芸部」

 すぐ側で簀巻きにされている廣前は既に状況を悟っているようだ。

「何の用だ」

 教師の声だ。教室の入り口に向かって話しかけている。

 その相手が、口を開いた。

「どうも、文芸部の一宮敦次いちのみやあつしです。幽霊部員の内藤君を引き取りに来ました」

 今回のタイトル、単なる数学教師の台詞です。本当にありがとうございました。

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