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白世界  作者: 白龍閣下
茜色革命
60/87

第五十八話 そんなものは似非だ

「わわっ!」

 突然の和太鼓を打ち鳴らしたような大音響に、それまで時計を見つめていた私は驚いた。

 時計の長針に目を向け、ついに授業を休んでしまったな、なんていう状況確認を何度やったかってような時で、要するに具体的にどれだけ悩んでたかってのはわからないんだけど。

 ともかくそれは、つい十分くらい前に止んだ爆発が、また始まりを告げた音だったらしい。

「どうやら大曽根さんが妨害の動きを止め、そこで一宮さんが起爆させたようですね。自分一人で起爆させるように見せかけて、最初から大曽根さんはそのために……」

「菅原くん……今日はなんでそんなにアグレッシブなの? あとなんでそんなに説明口調なの?」

 菅原くんは思案顔で今日に限って何度目かも分からない割り込みをしていた。気付いたら背後にいたりするからどう反応すればいいのか分からない。彼は一体私に何を求めているんだろう。

「ああ、いえ、これはいわゆる名誉挽回ですよ」

 と思案顔を崩して言う菅原くん。

「名誉挽回?」どうも菅原くんの言っている意味がよくわからなかったのでおうむ返しに聞いてみる。

「ええ、どうも僕が近頃この小説で空気キャラなんじゃないかと疑われているようなので」

 キリッ!

 なぜかそんな感じの擬音語が聞こえた気がした。これまた反応に困る。少なくとも空気じゃないとは思うんだけど……。

「いえいえ、空気も空気ですよ。なにしろ登場時期があなたと同じにもかかわらずアニメオリジナルキャラ呼ばわりですからね」

 どうしよう。菅原くんが何を言っているのかまったくわからない……。

「まあこの辺りの話は杭瀬さん辺りが得意とするかと」

「杭瀬先輩、そんなのが得意だったんだ……」

 実は杭瀬先輩と話したことはあんまりなかったりする。というか晴希先輩と話してる所しか見たことがなかった。ん……?

「杭瀬は存在感が薄く他人にほとんど話しかけないが、ただ秋津に対しては人が変わったかのように舌が回る。奴が似非無口キャラと呼ばれる所以だな」

 どこからかずいぶんな説明口調が聞こえてきた。さっきの菅原くんにも劣らない説明口調だった。

「ああ、今のは『刹冥王せつめいおう』さんですね」

「せつめい……おう……?」なんだか凄そうな名前だって事はわかるけど……。

「三年の先輩ですよ。その名の通り説明口調に特化し、何よりすごいのは今のようにどのような状況からでも説明口調に繋げられる点ですね」

 僕も見習っていますが、とつけ足す。

 どうしよう、本当に菅原くんの言ってることがわかんない……。

「更には超必殺技の『最終鬼畜説明〜アコースティックバージョン〜』というのもあって、これはどういう技なのかというと――」

「無駄話は終わりだ。さっさと始めるぞ」

 菅原くんが説明話をしようとしたところで、参謀先輩が呼びかけた。

「ああ、確かに急がなければなりませんね。行きましょうか」

「あ、菅原くん? その最終鬼畜説明って? ねえ、何それ?!」

「静かにしろ!」

 怒鳴る参謀先輩。私たちの戦いはこれからだ。

 ……結局、説明口調先輩が何のためにこのタイミングで出てきたのかは分からずじまいだった。


「では、行きましょうかね」

 眼鏡を上げて悠然と身を翻すのは新聞部部長の仁科先輩。新聞部員達を連れて、私達とは別方向に廊下を歩いていった。

 確か内藤先輩の所へ行くのが目標とか言ってた気もするんだけれど……。

 ちなみに私達はちゃんと内藤先輩の教室を目指している。別ルートとかそういうのかな?

「ああ、あれは──」

「うん、菅原くん説明頼む」

「いいですとも!」

 私が振ってみると、菅原くんはなぜか水を得た魚のように説明を始めた。ところでどうして参謀先輩はここで注意しないんだろう?

「新聞部は今頃教室にいるであろう秋津さんを例によって攫い……もとい迎えに行き、僕ら文芸部は同時に内藤さんを確保、一緒に豚箱……もとい愛の巣にブチ込みます。新聞部は戦力が少なくても秋津さんを攫い慣れてるし、秋津さんの方も攫われ慣れてる。そこからは秋津さんが適当に頑張り、場合によっては再び簀巻きにして川に放り込み、イイハナシダッタナー。こういう事ですね」

 ……うん、後半はともかく、そういう事なんだ……。

 でも色々と釈然としないところもあるなぁとは思う。攫われ慣れてるの意味とか、そういうのとはまた別に。

「ちなみにさっきから参謀先輩に咎められないのは、参謀先輩がこれを見ている皆さんを気遣っての事で……おっと誰か来たようですね」

「いや、誰も来てないけど……」

 私がそう言っても、菅原くんは口を開こうとしなかった。ほんと、彼は一体何が言いたいんだろう。

「それはともかく、守坂さんは大丈夫ですかね」

 あれ……? 菅原くんって椎ちゃんの事知ってたっけ? まぁいいや。

「椎ちゃんが何を頼まれたのかは知らないけど、きっと大丈夫なんじゃないかな?」

 だって椎ちゃんは、すっごい強いし。

「大した信頼だな」

 いつの間にか横に参謀先輩がいて、会話に加わっていた。

「俺も大丈夫だとは思っている。そんな事より重要な事だ」

「はぁ……」

 自分で言うのもなんだけど、私はごく普通の女子高生だ。好きな人が女の子だとか、そういうのとは別に、例えば私にしか出来ないような事なんてないと思ってる。一体この人は私に何を求めているんだろう?

「俺は参謀じゃない。一宮だ」

「……ごめんなさい」

 どうもそういう事だったらしい。何かと思ったらそれはまた──

「とはいえ、秋津の方も面倒な事になりそうな予感だな……」

「……どういう事ですか?」

「人間は、発作的に何かをやってのける事がある」

「え……?」

 最後の一宮先輩の一言に、私は全く理解が出来なかった。






 ──思えばそれは、発作のようなものだったんだろう。


「ふーん……何だかよく分からないなあ」

 無邪気さを感じさせる快活そうな声が、今は混乱したように頭の上に?マークを作っていた。そうして困ったような顔で、

「先輩の言う事はいちいち文学的で難しいや」

 とも言う。

 実際のところ、全てわかっているんだろうな。晴希も知らない──知ろうとも思わないような私の喜怒哀楽も何もかも。

 すべてわかっていながら、それでも私の心をえぐりにくる。それだけはまぎれもなく、ただの好奇心によるものなんだろう。こう言ったらどうなるか、こういう態度をとったらどうなるか、そういうのをまるで化学反応を取るように見ているんだ。

 だから、はっきり言うと私は目の前にいるこの少女が嫌いだ。笑顔で心を傷つけてくるこの少女には、早く消えていってもらいたい。

 それでも私はこうして戦いもせず向かい合っている。それは、私情より強い別の私情があるからだった。いや、私情だけじゃなくて課せられた義務さえも払いのけたわけだから、もっと深い心の奥底で思うことがあったのかもしれない。

 どっちにしろ、我ながらおかしな選択をしたとは思う。これじゃまるで、最初から晴希を裏切るために力になろうとしたみたいじゃないか。最初はまぎれもなく、晴希の力になろうとしてたはずだったのに。

 晴希はどうしているんだろう。そんなの決まってる。

「大丈夫、先輩?」

「…………大丈夫」

 まるで本当に心配しているような素振り。けど彼女は結局――。

「秋津さん、怒ってるだろうね……」

「…………怒るに決まってる」

「だろうね……」

「…………」

 そうしていてくれないと、私がいったい何のためにこんな事をしたのか分からなくなる。そんな、たかが皆が不幸になるだけの反抗なんてごめんだ。

 理解はしていたし何を言ってくるかもわかっていたはずなのに、言われてみるとそれはそれは苦しかった。

「私は……」

 そう言いかけて、また詰まる。私は、いったいどうなんだろう?


 晴希の言うところの『似非無口キャラ』である私は、不意に晴希を裏切って、それで?


 晴希を怒らせ、失望させ、何もかも白紙に戻して、それで?


 いったいそれで、どうするの?


 一度きり。退く事も叶わないのに?


 そうした無意味も無意味な問いかけをしている私に、彼女は救いの手を差し伸べた。けどそんなものは、

「ああ……ごめんね先輩。もしいいなら、晴希さんの代わりにあたしがいるからさ」

 私を突き落とすための、楽にするための手に過ぎなかった。

「私はっ!」

 詰まった言葉が、やはりまた飛び出た。たださっきと違うのは、


「あんたなんか、大っ嫌いっ!」


 と、ついにその言葉が続いた、続いてしまったことだった。

 一度救いの手を振り切り、メーターを振り切ってしまうと、どんどん言葉の奔流が溢れ出てくる。今目の前の彼女はどんな顔をしてるんだろう。振り切れてしまった事への嘲笑か驚愕か、もしくは落胆かも分からないが、きっと呆れているんだろうなと思う。

 けど私は目を背ける事しか出来なかった。一度でもそっちを窺ってしまったら止まってしまいそうだったから。ここで全て吐き出してしまわなきゃならないような気がしたから。

「あんたが晴希の代わり!? ふざけないで!

 私はそんなに人に飢えちゃいない! 確かに結果的に陥れたのは私だけど……けど人の背中を押して、なのに人を責めて、それで気持ち悪い仲間の輪に組み込もうとしてるのは誰だと思ってんの!?

 大体さ、元々一人だったの私は! 孤独なんて今更辛くない! 下手な同情よりはよっぽどましだ!

 そんな些細な孤独よりはあんたの仲間の方がよっぽど嫌だ! 虫酸が走るったらありゃしない!

 腫れ物に触れるような態度されて嫌じゃない人間なんているわけないだろ! そんな自己満足の優しさとっととやめちまえ!

 触れるな! 抉るな! 知ったふりをするな! 痛いと思うなら何もしないのが本当の優しさだろうに!

 大っ嫌いだ! あんたも! 何もわかってない晴希も! 誰も彼もわかってくれないんだ! ふざけんな!

 そんなものは──似非だっ!」

 いったい何を言っているんだろう自分は。わからないけど、まるで口のほうが勝手に動いたみたいだ。私ってこんなに情けなく、そして騒がしく叫んでしまう人間だったのか。

 ところで前が見えない。どうしてだろう?──目を閉じているからだ。

 じゃあ目を閉じているのはどうして?──目が痛くてたまらないからだ。

 それじゃどうして痛がってるの?────泣いているんだ、私は。

 なんだそれ。本当に狂おしいじゃないか。

「もう、戻れないんじゃないかな?」

 何かを暗示したような言葉に畏怖のようなものを覚えながらも覚悟を決め、顔を上げると、睨みつけるべき相手は、もうそこにはいなかった。

 そうだ、心を病んでいる場合じゃない。他人であるあれが何をしようが、結局は私の問題なんだから。立ち止まるな。そうだ、戻れると思うな。自分にやれる事だけを、ただやるだけだ。

 そうでないと壊れてしまいそうだ。いや、もう壊れてるのかな? どうでもいいや。

 こういうのをなんて言ったっけ?……そうだ、『闇堕ちフラグ』とか言ったっけな。

 そんなことを考えていると、なんだか外から『あいつ私のことが嫌いなのか!』なんて恨み節が聞こえてきて、

「…………ごめんね、晴希」

 決して聞こえないであろう、謝罪の言葉を口にした。

 直後、晴希の憤りに呼応したかのように爆発は再開された。

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