第五十六話 もう何もかもが狂おしい
──けれど、それはすぐに終わってしまった。
「……え?」
参謀先輩の表情が微妙に歪むのが見て取れる。他の皆も困惑した様子でいるのは明らかだった。
──ただ一人を除いて。
「……あー」
何か思い当たることがあるかのように大曽根さんは苦笑し、
「なぁ敦次、俺トイレ行ってきていいか?」
……え? そんな話?
「……行くなら早めに行けと言ったはずだが」
「仕方ねぇじゃん。どうしても我慢できねぇんだから」
睨み付ける参謀先輩とは対照的に笑いを絶やさない大曽根先輩。……ほんと、この人たちが仲いいのってどうしてなんだろう?
「我慢しろ。お前に限界なんて無い、そうだろう?」
と、閉鎖された状況を打ち破ろうとしている所で一人でトイレに行こうとする大曽根先輩に参謀先輩は表情も変えず言う。まさかそんな言葉をこんなシチュエーションで聞くとは思っても見ませんでした……。
しかしそんな言葉にも大曽根先輩は反応せず、
「わりぃわりぃ、お前ら適当に頑張っててくれや」
と、走りながら部屋を出て行ってしまった。
一体どうしたんだろう? ちょっと前までは何かがおかしいって思ってた。けど今はそうじゃない。そうじゃなくて、何もかもがおかしいって思えてくる。
すると、今度もまた菅原君が反応した。今のやり取りのどこがどれだけおかしかったのかは私には分からないけれど、とにかくちょっと笑い声を溢しながらもそれを堪えている様子だった。宝くじでも当たったのかな?
「別に、何でもありませんよ。それより、ゆっくり大曽根さんでも待ちましょう」
と、彼は笑った。まるで私にはさっぱりわからない何かを分かっているみたいに。
「今は待つのが、僕らの役割ですよ」
急ぎのために廊下を突っ走り、早速角の一つに到着した。ここは俺が彼の美しい花火の一つを仕掛けていた場所で、そういう場所なら脳内に全て刻み込んであるなんてことは今更言うまでも無いよな。
窓の外側に目をやると、俺の爆弾が小さな爆発すらも防ぐように力づくで潰されていた。窓の隅に小さなひびが入っているのは、それだけ大きな力が余分なまでに加わったって事か。
そんな業をやってのける奴なら、別に俺の記憶にもいる。
「んじゃ出て来いよ! コエダ!」
俺はそいつの名前を呼びながら、ピンを外した手榴弾を上に放り投げた。皆のアイドル大曽根誠文様お手製の、音だけ無駄に強いブツ。
そんな酸味の利いたパイナップルが約一秒後、音を立て──爆発はしなかった。
「皆のアイドル天森小枝様、ここに推参──かしら?」
女子にしては背の高く、一見そこらにいるただのJKにしか見えないそいつの手には、巻き戻されたようにピンの刺さった手榴弾が握られていた。
「何のつもりマコト君? 今は授業中なんだけど?」
「わりぃ、つい受験勉強のストレスでな。ついでに俺はそんな包丁で刺し殺されるような名前じゃねぇんだぜ?」
そう言いながら俺は懐からおもむろに銃を取り出した。おっと、一応言っとくがBB弾な? 威力は極端に高くしてるが、まぁ俺はちゃんと全力でやる人間だから安心しろ。
要するにそういう事なんだよ。言葉なんてのは飾りだ。少なくともコエダがそんなものを必要としていない限りは、力づくでいってやるまでの事で。
「んじゃ行くぜ。こいつで一気に貫いてやるさ」
「へえ? こちらは初めてだからやさしくしてくれるとうれしいな?」
そんな表面上はやけにノリのいい会話をしながら、俺達は廊下にてぶつかり合った。
すごく、体が熱かった。