第五十三話 この手はつなぎあうためにあるんだ
すいません、更新が非常に遅れました!
「あれ、いつものニヒがり勉臭い眼鏡はどうしたの?」
午後に入るなり、俺こと大曽根誠文(超真面目草食系男子)の顔を見て奴ことアホ(葛原水月阿呆系女子)が変なことを言い始めた。なんでい、俺の眼鏡がどうした。
「……何なのよその『何だこのアホ』的な目は!」
「……おめー、人の心でも読めんのか?」
「場の空気くらいは読めるわよ! っていうかやっぱりそうだったの!?」
二十四時間三百六十五日、睡眠時とテスト時を除き常時休むことなく騒がしいアホは今現在も例に漏れずそんな反論をしてきた。あぁ、アホも空気くらいは読めたのか。つまんねぇ。俺は幸せとともに深くため息を吐き出した。これは後輩の晴がよくやってる事だが、やっぱいたずらにも心地よくはない。当然か。
「言っとくがな」
アホに空気が読めた事に落胆を覚えつつも、俺は右の人差し指をピンと突き立てながら言った。
「俺が一度でも葛原水月をアホとして……間違えた、アホを葛原水月として見なかった時があるか?」
くそ、肝心な所で口が滑ったぜ。
「そこはせめて間違えてて!」
「生真面目な俺にそんないい加減な事が出来るか」
「あんたは基本いい加減よ!」アホはそんなことを言う。
「なんてこった……こいつ、歪んでやがる」
俺は憎憎しげに呻いた。まだこんな歪んだ奴もいるんだなぁ。
「どっちの話よ!」
喚き続けるアホ。いやぁ、どっちってそりゃあ……
「アホと葛原、両方だ」
「どっちもわたしじゃない!」
「よし認めたな」
「あ……」
どうやらアホは己の失態に気付いたらしい。素直じゃねぇな。晴と同じくらい素直じゃねぇ。
「あ、あのねぇ、わたしはアホなんかじゃないわよ!……ってなんなのよみんなその反応はっ!」
アホの自己PRの叫びに教室中がざわめき、それに対してアホが喚いた。
「なぁアホ」
「うん? 誰の事?」
目の前の奴に決まってんだろが。
「おめーはどうしてそんなにアホなんだぜ?」
「そんなきざったれた言い方しても知らないわよ! わたしアホじゃないし!」
「なぁアホという名の葛原」
「だからさっきから私の呼ばれ方ひどくない!?」
「気のせいだっての。人間な、自分が蚊帳の外だって誤解すんのもよくあるんだぜ?」
つーか名前がアホであだ名が葛原じゃねぇのか? インパクトって結構大事だぜ?
「そんな呼ばれ方するくらいなら蚊帳の外の方がいいわよ!」
「……あぁ分かったよ、アホさん」
「呼び捨てとかの問題じゃないっ!」
「大丈夫だっての。それでなぁアホさん、悔しくねぇのか?」
「今この瞬間が一番悔しいわよ!」
「そうか……まぁいいや」
俺は雲一つない、青々(あおあお)と晴れ上がった空に目を向けながら、淡々と話しを始めた。
「今部の後輩がさ、色々と大変なんだ」
「いきなり話が飛んだわね……何だっけ?……二年の二人がケンカしてって話?」
「あぁ、それな。けども実際あの二人はケンカなんてしてねぇし、それどころか今は会話すらできちゃいねぇんだ。もし仮にケンカしてたとしてもだ。それならそれで謝らなきゃならねぇだろ?
けどまるで、周りの奴らはそう思っちゃいねぇときた。爆発が怖いからってあいつらは、地雷の回収すらしようとしねぇのさ。多分そんなもんは自然となくなっちまうもんだと思ってる。
いいか? 人間歩み寄らなきゃ分かり合えねぇんだよ。理解しようとしなきゃならねぇ」
だってな、人間、前にも後ろにも進む事しか出来ないんだぜ? 完全に戻るなんて、所詮無理な話なんだよ。
「むぅ……かなり考えてるんだ、バカのくせに」
「いんや、別に俺は全然考えちゃいねぇよ。単に難しく聞こえるだけだ。分かろうと思えば分かれる」
「……そうかもね」
「だから俺は人と分かり合うためにこうやってうぜーくらいに関わるし、おめーの事をアホとも呼ぶ」
「いや待って! それはおかしいと思うけど!?」
「多少の犠牲はしゃあねぇよ」
「……後輩達の犠牲は仕方ないの?」
また感情に乗せて突っぱねてくるかと思いきや、アホはアホのくせに開き直って生意気な事を言ってきた。それを今から取り戻すんだろが、と言い返そうと思ったがまぁそれもそれで言いにくい。けど少しは言ってやらないと葛原であるアホは当然、調子に乗る。
要するにうざったいパラドックス……でもないんだなこれが。やれやれ、この手を残しておいてよかったぜ……。
「おいアホ」
「な、なによ……」
「『似非』はニヒじゃなくてエセって読むんだぜ?」
「……」
当方、制圧完了っと。アホを苛めるのは楽しいなぁ。
さて暇も潰れたし、俺もそろそろ行くかね。敦次のやつはもうとっくに行っちまってるみたいだし。
しゃれて伊達眼鏡なんて掛けず、今日の俺は全力で飛ばしてやる。
「待って!」
しかし教室を出たところで、そんなさっきのアホのように騒がしい声にまた呼び止められた。しかしアホではなく、
「……おうコエダ」
「コエダじゃないけどね! コノエ!」
天森小枝ことコエダがそこにいた。しかしまぁ口調こそいつも通りだったがその表情が本気と書いてマジだったもんで、とりあえずは話を聞いてみる事にした。俺は人の調子を見る事にかけても天才なんだ。
「どうした? 話があんなら敦次に──」
「私が彼に言って、そしたらどうなる?」
「……なるほどなぁ」
敦次とコエダの関係はぶっちゃけて言ってしまえば、あまりよくない。なんというか、敦次の方がコエダを信用してないらしい。俺がいなかった時の新聞部の件での失敗、あれで信用も地に落ちてるってとこか。
「それで何が言いてぇんだ? もしかして何もすんなとか?」
「そのまさかよ?」
「……マジかよ」
冗談のつもりで言ったんだけどな。
まぁしかしこいつが関わってる以上、敦次の判断は決まっている。ビジョンが目にありありと見えるぜ。結局ちゃんと見極めてやるべきは俺だけってか。めんどい役回りだぜ本当に。
けど、
「お前、俺がどんな奴かちゃんと分かってんだろうな?」
「……さあ?」
「……とぼけんな。大曽根誠文は何よりも波乱と混沌と坩堝を愛する男なんだよ」
予定は六時間目の途中、俺がああしてこうしてやればたちまち、バーンだ。学校をメチャクチャにしてやる。そういうのって心地いいだろ? やめられねぇ、とまらねぇってな。
「ここであえて何もしないのも、それはそれで波乱だと思うけど?」
「んなもんシュールなだけだ」
「残念ね、気が合うかもと思ったんだけど!」
「それにあれこれ考えんのもめんどいだろ」
ま、実質後者が主だが。変なプレッシャーなんぞを背負ってたまるもんか。
「とうとう本音を出したわね!」
……はぁ、どうしてこう俺の周りには妙に鋭い奴がいるんだろうか。
けど、はいそうです実は面倒くさかったからですと引くわけにも行かない。さっきアホに言ったとおり、人間歩み寄らなきゃならない。
だったらそうだ、こうしてやろうじゃないか。
「お前の言う事なんてこの俺が聞くわけねぇだろ。敦次より説得しやすいだ? なめんなよ」
俺は今更引かない。だからそう──
「止めたいんならてめえで止めろよ」
こうやってこいつに、敦次の代理の宣戦布告を仕掛けてやるしかないじゃんか。
「んじゃ、俺は文芸部室に行くぜ。お前はどうする?」
そう聞いてコエダは一瞬沈黙。だが、
「……手助けなんてするわけないじゃない!」
と叫んだ。
「はいはい、それがおめーの本性か?」
「……ええ、これが本当の私よ!」
「そうかい、分かったよ」
思わず苦笑した。俺のいないときに暴れておいて、こんな所で本性を晒す。こいつはどんだけ三流悪役なんだよと。
そうして俺は教室を出た。その時に、
「んじゃ、待ってるぜ」
なんて言っとくのも当然、俺は忘れやしなかった。カオスでも何でもどんときやがれ。楽しけりゃいいんだ俺は。何よりさっき言ったろ? 人間歩み寄らなきゃならねぇって。
だから、止めるんなら素直じゃねぇ態度じゃなくて真っ向から歩み寄ってきやがれ、コエダ。