第五十一話 頭で理解しても出来やしない
『人は、自ら動かなきゃならない時がある』。確かそんな事を、私は言ったはずだ。人という字は人と人が支えあうようにして出来ているみたいな金八先生理論もまああながち間違ってはいないと思う。
さてそこで、私からはこういった経験を通してもう一つ言わせてもらいたい事がある。
それは何かというと、『分かっててもかったるい』という事だ。理不尽に降り注ぐ夕立を自然だから仕方ないといって受け入れられるほど私は利口な人間じゃない。
まあ考える事をしなくていいと思えばこの役回りも軽い方なのかもしれないが、そんな事知った事じゃないよな。
まあそんなこんなで、考える間もなく杭瀬に連行されたわけだ。きゃあ助けて。
「……それにしても、まさかこの私が二限連続で授業をサボる事になるとはな」
前の時間は体育だったから休んだというのに。全くもって自称品行方正(笑)の私らしくないじゃないか。少しは寝かせてくれ。しかも場所が屋上と来た。屋上ってあれだぞ? 学校における立ち入り禁止区域の代表格だぞ? たまに屋上開放されてて仲良くそこで昼飯を食べるってリア充的展開もありうるがな。そんな所にいたら私は自殺志願者かあるいは「顔はやめな。ボディーにしな」とか言うような不良生徒じゃないかと思われてしまうじゃないか。それは駄目だ。私はそんな事、嘉光くらいにしかしない。あと風邪を引いたらどうするんだ。花粉症は厄介なんだぞ。ああ、あと先に言った通り夕立とか降ってきたらどうするんだ。風邪ルートに直行する上体拭くタオルとかも持ってないから服が濡れてサービスシーンにもならないサービスシーンをお見舞いする事になる。明らかに駄目だろう、不憫な事になる。主に私が。ついでに屋上って事は雨だけじゃなくてカエルが降ろうがオケラが降ろうがアメンボが降ろうが無防備なわけだしな。あと原爆でも落ちてきたらどうするんだ。お前原爆舐めるなよ、学校の図書館ではだしのゲン読めば分かるから。元は軽症だったとは言ってもそれでも禿げたからな? 嫌だよ私は。所詮禿レベルでも嫌だ。そういえばメタルギアでファットマンとかいう自分の体の下に爆弾隠してた爆弾魔がいたがあれは原爆の名前から来てるらしい。ちなみに長崎の方だけどな。まあなんだ、本気で嘉光ここに来るの? 来させるの? 分かったよ分かった。だったら任せたから。
……とまあそんな愚痴を私はこぼしていたわけで。いやお恥ずかしい──なわけあるか。
それにしてもさっきの脅迫、珍しく似非無口キャラの嫌な本気を見た気がする。普段穏やかな奴って怒った時が怖いんだよ。たとえそれが似非でも。
まああれは怒ったのかすら分からなかったが──そこがまたかえって怖かったりして。腕振り上げたときも気配見せなかったし、あれは完全に暗殺者かアサシンか必殺仕事人だろ。全部同じような意味だけどな。
「違う、私は私」
「……いたのかよ」
いつのまにかその杭瀬がいた。さっき私を屋上に送って「じゃあ」なんて言ってたんだが。その神出鬼没に特別私が驚かなかったのはひとえにこの緊急事態によって作動したスルースキル(スルーレベル:高)によるものであり、多分そんな感じに近頃の私の精神力はガリガリと目に見えるように削られているんだろう。でなければ思った事を無意識に呟いてしまっているなんて末期症状は起こりえない。
……などと自分が軽い精神病に侵されているなんて本来考えたくはないし認めたくはないのだが、事実なのだから仕方ない。
「……チッ」
こんな風につい舌打ちをしてしまう域まで達してしまっているのは、どうにかせねばなるまい。
「何だその目は……とりあえず私はここで待っていればいいんだな?」
何か残念なものを見るような微妙な表情を見せた杭瀬に、私は確認を取った。
「そう、それで嘉光をここに呼ぶから、来たらアイラブユーって抱きついて嘉光の髪に頬を擦り付けてその匂いを存分に味わい──」
「仕方ない、教室に戻ろう」
やっぱりお前に他人を否定する権利はないんじゃないかとしみじみ思いつつ、品行方正(笑)な私が踵を返そうとしたその時、
「待って」
と杭瀬の声がし、私の首筋に何かが突きつけられた。
「おいそっちが待ってくれ。その逆手に持ったシャープペンシルは何のつもりだ?」
「……最近NARUTOをよく読んでて」
「……そうか、せいぜい架空と現実を混同しないようにしろよ。別に私は忍じゃないからな」
お前は本気で忍っぽいけどな。冷や汗を垂らしながらも何か義務感のようなものが芽生えた私は警告をしておいた。もう確定だ。最近こいつ怖い。いや怖いというか恐ろしい。
やっぱり私も杭瀬も、この騒動で変わってしまったのだろうか。戦争は人を変えるんだな。まさしくはだしのゲンのようだ。
「まあちゃんと待つがな」
仕方なく話に乗る事にする。当然アイラブユーとかもふもふとかする気はないが。
「その嘉光はお前曰く記憶が飛んでるんだろ? 一体どうするんだ?」
そんな問いに杭瀬は、
「そこが晴希の仕事。頑張って」
などと冷たい口調で言い放った。なんだ、ずいぶんと重い仕事じゃないか。
「あのな、考えてみろ。私は昨日一回はあいつと直面しておきながらそれがスルーされたんだぞ? そんな全てが終わったような状態が今日や明日で変化するもんか」
「だからそれが晴希の仕事」
と、また杭瀬は冷たく言った。言っている事は根性論そのものだが。根性論なんて、私が最も苦手とする物の一つじゃないか。
「だから、『やらなきゃならない』の心構えだけでどうこうできるもんじゃない。一つ言っとくが、私は正直何も出来ないんだぞ? お前らとは違ってな」
「……任せたから」
……あいつ、人の話ちゃんと聞いてたのかよ。なあ、呆れていいか? なんて言ってやろうと思ったが、もうそこには奴はいなかった。
そして、計ったようなタイミングで六限目の始まりを告げる鐘が鳴った。
……全く、私にどうしろと言うんだ。あいつの言いたい事がさっぱり分からん。