第五十話 素人と玄人の明確なる格差
ええ、このキチ小説もついに五十話突破ですとも!
その日私は、初めてサボタージュというものを体験した。サボタージュと聞いてコーンポタージュを連想する素人どもがもしかするといるかもしれないので説明しておくと、要するに「サボる」という事だ。
ああ、ちなみに昨日のあれはノーカンな? あれはただトイレに行ってただけなんだから。結局行かなかったが、まあ約束が違えるなど往々(おうおう)にしてある事だろう。それが大人のルールだ。
と言っても屋上で煙草を吸っていたり、学校の外に出て買い食いをするような事はなかった。大体そんな度胸がないし体力もない即ち意味がない。
とりあえず通常の授業なら寝ていれば多少不真面目だがどうにかなる。不眠症でもないし夜更かしもしていないのだが、どうも悪い癖になってしまったらしい。勉強不足は後で必死に補うさ。苦肉の策だがな。
よって辛うじてだが体力は残っているのだが──ここで鬼門だ。何かと言うと、英語で言うところのP.E.である。
体育の授業とかふざけるな。そんなに私を殺したいのかこのフレディめ。
というわけで私は出席時間数を犠牲にして体育の授業をサボタージュするという非常にアクロバティックな結論に至ったわけだ。なに大丈夫、それを言ったら邦崎なんかここ数日大変なんじゃないのか? 理由は知らんが異世界的な場所に行ってしまったわけだし。
要するにまあ、今日の五時間目の体育などという鬼畜授業を保健室のベッドでのうのうと過ごしたわけだ。え? お前ら体育が一番好きなのか?……なんなんだこのリア充め。
そして無事に保健室より凱旋してきた所で、杭瀬に会った。また色々とアレな本を抱えていたのでスルーしようとした所で「晴希」と呼び止められた。おいおい後でいいぞ後で。出来れば百年ほど後でな。だってお前そんなの持ってて大変じゃないのか?
「手短に話せ。もしかしたら私は死ぬかもしれない」と私。最近の学生生活は本当に命の大切さを教えてくれる。ある意味泣き小説だな。
「死なないって。あんまり自分を卑下しないで?」
「死ぬかもしれないだろ。絶対死なないとは限らない。お前考えてみろ、関羽も張飛も桃園の誓いなんて立ててながら先にあっさりと逝ったじゃないか」
手刀で首を刎ねる動作をしながら説得を試みる。九九・九九九%で表って事は、同時に〇〇・〇〇一%で裏って事でもある。物事は常に慎重に行くべきだ。まあ何が言いたいかというと、要するにこいつとの会話がだるいって事。
「晴希は死なないわ」
「お前が守るから、とか言うなよ」
「…………」
……沈黙。図星かよ。まあそりゃ読めてたけど。言ってた時に自分でも思い浮かんだんだから。どうでもいいが元ネタ見た事ないんだよなあれ。あれで見た事ある奴といったら……ああ、『ムスカ、来日』なら見させてもらったな。
「…………晴希は死ぬわ」
そして不吉な開き直りをするな。
「ああ、だから休ませてくれというんだ。達者でな」
とりあえずそう言ってやり杭瀬の脇を抜けようと試みる。
確かに私と杭瀬では素の運動能力に違いがあるが、しかし相手は何冊も本を抱えている。それも文庫本サイズではなくハードカバーの大きいものを三、四冊だ。ならばその隙を突く事など造作はない。
「待って」
……そう思っていた時期が、確か私にもあったと記憶している。
サッカーにおいてドリブルでディフェンスを突破する、もしくはボールを持ったフォワードに突破されないようにしたい時、諸君は何が大切だと感じるだろうか?
引き離す、もしくは追いつくための純粋な速さ? 崩れないためのフィジカル?……確かにそれも大事だろう。
だがそれだけではない。やはり私としては、大切なのは勘……というか、筋だと思うんだ。
邪魔でないとは言い切れない荷物を抱えていながらも、杭瀬の動きは見事なものだった。私がうまくすり抜けたと思いきや、たった三歩で真正面に回りこみ、更に私が横を抜けようとすると同じ動きをし……そうやって、気付けば壁際に追い詰められていたというお話だ。
「今回は大切な話なの」
「私の命よりか?」
「うん」
……こいつ、はっきりと言いやがった。今まさに鮮やかな動きで私を追い詰めた杭瀬曰くそういう事らしい。なんでだよ人の命は青い地球よりも重いんだぞふざけんな、などと力強く言ってやりたい所だが多分そんな主張をすれば心臓発作で死んでしまいそうなので仕方なく話を聞いてやる事にする。要するに反抗する方が面倒臭そうだから。
というわけでまたまた階段付近。多少ながら少なくなるとはいえ、やはり例の視線は止まなかったりする。大丈夫だ、もうそれを零と同じようなものとして捉えられるだけのふてぶてしさは手に入れてしまった。これも大人になるって事なのかな。哀しいもんだ。
「昼に図書館で、参謀先輩と会ったんだけど」と無表情で杭瀬。「今日また仕掛けるって」
「またかよ……」
先輩方については懲りないというか、とにかく信じられないという思いがある。二日連続でよくやるものだ。
「で、それだけか?」
私がそう訊くと、杭瀬は首を横に振った。
「晴希にも動いてもらう。失敗しないように」
えー、正直面倒だな。素人なんだから少しは優しくしろよ。
「……何の?」
「……何が訊きたい」おかしなことを聞く奴だ。
「何の素人?」
「気にするな。そしていつお前にまでモノローグを読むという特技が身についた」
驚きだ。一宮さんの技でもトレースしたのか? お前もコピーなんて厨二病っぽいスキルを持ってるんだな。
「私は作者の──」
「お気に入りだからとかいうなよ」
「…………」
……また黙ったよ。なんて残念な生き物なんだこいつ。
「それでどうなんだ? 作者により力を付与されたとでも? やめろよそんなメタな発言」
「だって晴希が口に出してたから。『素人だから優しくしろ』って……」
「げっ……」あれ口に出してたのか。私の疲労もここまで来たんだな。仕方ない。自分がサボタージュという言葉からコーンポタージュを連想するようなのと同レベルの素人だったとは認めたくないが……。
「よし──寝よう」言って私は歩き出そうとしたが、
「待って」と、睡眠学習に勤しもうとした私をわざわざ杭瀬は止めてきてくれた。全く迷惑な事に。
──ハードカバーの本を振り上げながら。
「……おい杭瀬、その高く振り上げた腕はなんなんだ」
「……永琳を呼ぶために」
えらいごまかし方だな。でもここ幻想郷じゃないからな? ちょっと意識が異世界に飛んでる人はいるが所詮はそれだけの事で。
「……あ、手が滑って」
「話を聞こうじゃないか。出来る事なら協力しよう」
だからその手に持った本を私の脳天めがけて振り下ろさないでくれ。もしやったらこの小説『残酷描写あり』とか設定される目に遭うから。