第四十七話 友情と意地と時々疑惑
「内藤はおそらく記憶喪失だ。そして内藤派のリーダーは……邦崎綾女だろう」
すごく騒がしかったその日の放課後、約束したとおりに椎ちゃんを連れて行って文芸部室に入ってみると、参謀こと一宮敦次先輩が不意に話を切り出し始めた。
「ええと……」
あまりの話の唐突さにわたしは、その言葉がわたしたちに向けられたものだとはっきりと気付くまで開いた扉の前で立ち尽くすしかなかった。
「いいから入れ。朱鷺羽、そして守坂椎乃」
参謀先輩はまるで椎ちゃんの存在までも当然のように捉えていた。参謀先輩ならありえると思ったけどそれでもさすがに、参謀先輩のこの落ち着きようと対称的にわたしは驚きを隠せなかった。
「あと、その呼び名はなしだ」
「は、はい……」
驚くべきことに、参謀先輩はどうやらわたしの心の中まで見通していたらしい。晴希先輩がたまに「読まれたか」なんて呟いていたけど、それはこのことだったのかもしれない。晴希先輩への感心と同時に、わたしは参謀先輩に感心した。すごいです、参謀先輩……。
「だからなしだと言っているのに……」
参謀先輩が半ば何かをあきらめた様子で、しかし静かにしゃべり始めた。
「さて守坂椎乃、お前は友人である朱鷺羽のためこの騒動を片付けんとするためここに来た」
椎ちゃんのことなのに了承もとらず、まるで相手に教えるみたいに説明をする。
「そして今日誠文の起こした騒ぎ。そこで一年の他の生徒が勝手に出て行ってしまった時、朱鷺羽がお前を文芸部に行くよう誘った」
あれ、やっぱり大曽根先輩だったんだ……。
不意にパソコンを見ている大曽根先輩と目が合い、こっちに向けて親指を立ててきてくれた。大曽根先輩、もしかしたら前の新聞部とのいがらみに入り込めなかったせいで鬱憤がたまってたのかな……。
「お前は基本的に不必要に他人と接触しない人間だからな。数少ない理解者であり親友である朱鷺羽の力になってやろうと考え、最善の手を選んだ」
という事だ、と参謀先輩がこっちを見る。見事なまでに完璧な説明だった。クラスでは「一宮敦次は現状でこの学校の頂点にいる」とか言われてたし晴希先輩もそんなことを言ってたけど、その話は何の誇張も偽りも含まれてない、純粋な情報だったみたい。……問題は、誰に説明してるのかって事だけど。
だけど──
「違います」
なぜか椎ちゃんは否定した。
「自分とみのりが──朱鷺羽が親友であることには肯定ですが、自分はこの騒動に興味など全く抱いていません」
「それで、ただ単に朱鷺羽が誘ってきたから来たと」
「はい」
椎ちゃんはわたしのために……違う、わたしのせいでここに来ることになったってこと? だとしたら……。
けどそこで、わたしが一人勝手に悩んでいたところで、
「なら守坂」参謀先輩は相変わらず落ち着いた様子で一息ついて、また椎ちゃんに呼びかけた。「頼む。手伝ってくれ」
「……なぜ?」
そして椎ちゃんは相変わらず参謀先輩の言うことに反発していた。やっぱりそうなのかな? 意地張ってるのかな……?
「蹴りますよ?」
そしてなにやら椎ちゃんが、席を立って近づいてきてる参謀先輩を神経質に威嚇した。けど参謀先輩は怯まずに、逆に「何を言った?」なんて聞いてきてる。椎ちゃんって意外とけんかっ早いんだよね……。
そうして椎ちゃんが足を振りかぶったときに、
(米が欲しいか)
参謀先輩はわたしに聞き取れなかったくらい小さな声で話した。椎ちゃんの左足が止まって、ちょっとだけ首を縦に振るのがわかった。
(だったら手伝ってくれ。お前の力が必要だ)
「……仕方ないですね。どうしてもというなら手伝いましょう」
そういって椎ちゃんも足を戻した。何の話をしてたのかは分からなかったけど、一応椎ちゃんも文芸部とつながったみたいでわたしは安心した。
「ところで邦崎って人は誰なんですか? その……敵のリーダーっていう……」
「秋津の親友だ」
晴希先輩の? これは敵がまた一人……。
「お前は本当にずれてるな」
参謀先輩は理由も分からず呆れていた。
ちなみに今日のあの爆音について聞こうと、菅原くんの出した蝉料理を当然のように放置していた大曽根先輩のほうに行くと、
「大曽根先輩、それは……?」
「ああ、知ってっかこれ?」
「これは…………」
なんだかパンツ一丁の男の人たちがレスリングをしている、左から右に文字が流れてる動画を見てた。……一度見たら頭から離れないような映像だった。
「っと、別に俺はこんな興味ねえけどな」
なんて言われたって、わたしのその大曽根先輩への疑惑が晴れるまでは結構時間がかかったわけだけど、それはまた別の話。