第四十一話 偽りのスパイラル
校門を潜り抜け、暗い道を更に進む。
「夜のお仕事をしにいく」などともし警察に聞かれたら補導されてしまいそうな発言をしていた菅原だったが、しかし今も私についてきている。やはりたとえ如何わしい響きの用件でも、目的地は一見縁が全くなさそうに思える学校に違いないらしい。社会には色んな仕事があるんだな。
こいつの言っていたそれが果たしてどういう意味だったのか、いずれ五世紀くらい後に私も知る時が来るのかもしれない。問題としてあげられるのは、おそらくその頃にはもう冬眠技術でも用いない限り、私が生きているはずがないという事だ。生まれるのが早すぎたな。
まあいいだろう。こいつのキャラがつかめないのは今に始まった事じゃないんだ。ええと……菅原。
それで、更に進む。どうでもいいが学校のどこに来いとか細かい場所聞いてないぞ。
「菅原」斜め後ろに顔を向けて言う。
「なんです?」
「なんだったらお前の仕事とやらを……いや、やっぱりいい」
「だからなんですか」
私は急いで言おうとした言葉を止めた。危ない危ない。菅原の仕事……夜の仕事というからにはおそらく良くて夜王、悪くて遊び人といったところだろう。
ちなみに偶然か必然か、実際の遊び人は某RPGとは正反対に賢者にはならないという仕組みになっている。何が言いたいのかと言うと、要するに遊び人としか思えない嘉光君は死になさいという事。こういった結論に至った時って、何だか数学的な美しさを感じるよな。
「よく来たじゃんか晴。それに蝉屋もいやがる」
『大曽根さん!』
二人して声のした方──なぜか下駄箱の目の前にあることで有名な禿頭の銅像の方を向き、その人の名前を呼ぶ。ご丁寧にも真っ黒な学ランをホックまで締め、同じように真っ黒な短髪に縁の薄い眼鏡という一見真面目な学生──でありながらその本質は誰よりも混沌を尊ぶ先輩、大曽根誠文さんが八重歯を見せながらこちらにグッと親指を立てていた。ちなみにその行動のモットーは「混沌のない人生なんて尻尾のないエビフライみてえなもんだ」だとさ。私はそんなもの食べた事はないのだが、どうやら大曽根さんは名古屋人志向だったらしい。
大曽根さんがいるならとその辺りを見回すと、当然のようにあの人もいた。
「一宮さんも……勿論いますよね」
きつそうな目つきに一部が淡く染まった黒髪、大曽根さんと並び文芸部を統率している立場で近頃「参謀」の名で呼ばれるようになった一宮敦次さんだ。ちなみに読心術と言う特技があり、そのチートじみた読み性能にも定評がある。別に場所が学校と言うだけだからと考えたのか学生服ではなく私服姿で来たようで、私達の姿を一瞥するとそのまま携帯電話に視線を落とした。というか今更な話だが、どうして私含め制服なんだろうな。まあ学生服は学生の特権だからと結論付けておくか。うんそうしよう。
そして、その二人だけだと思ったら、
「晴希」すぐ横から声がした。「ああ」と返事をしておく。
声の主は杭瀬だ。私たちと同じように制服を着てきていた。キャラ的には正解だな。
一見こいつの存在感は全くといいほどない。一見と言う言葉の用い方がおかしい気もするが、おかしくならないのが杭瀬なんだよな。ちなみに大曽根さんにも「似非無口」と呼ばれていたりする。
それにしても三年生二人とこいつの組み合わせは珍しい。じゃあ誰といるのが自然かと問えば、これが私になってしまうというおかしさだ。
「あー……」菅原が恐る恐る口を開ける。「よくわかりませんが、僕はこれからバイトがあるので──」
「おい待て蝉屋」
呼び止めたのは当然大曽根さん。気持ちは痛いほど分かる。制服で学校まで来て「バイトです」なんていう奴は何だかなあ……。
「それなら承知してるぜ。呼んだのは俺だしな」眼鏡を上げながら菅原に説明をする。
……あれ? 何ですかその反応? 置き去りなのは私だけですか?
大曽根さんと菅原がよく分からない会話をしていて丁度よく私が置き去りにされていた所に、
「晴希先輩!」
またもや別方向から聞き慣れた声が聞こえた。ああ分かっている。朱鷺羽だ。どうやらこいつは私服みたいだ。どうでもいいがこんな感じの私服──というかスカートを見ると羨ましく思える。自慢じゃないが下の私服なんてズボンしか持っていないもん。
「晴希先輩!」また朱鷺羽が呼びかけてくる。「はいはい」と私は適当に相槌を打っておいた。
「晴希先輩がいなくて私辛かったんですよ! だから会えると聞いてここに……」
「ああ、悪いな朱鷺羽」
そうだったなと納得し、その後輩の頭を撫でてやる。本来こういった行為はあらぬ誤解を招きそうで嫌だが(というか向こうは最初からそのつもりだが)、まあ朱鷺羽なので許そう。同じ文芸部でありながら本来会えるはずの相手に数日とは言え全く会えないんだからそりゃ辛くもなる。
……だったら嘉光はどうなんだ? とも疑問。あいつは辛いと思っているのか、それとも……思っちゃいないのか。いつか言ってた「お前が違う世界に行ってしまっても、俺は絶対にお前を見つけ出してみせる」なんて戯言は、本当にただの戯言だったのか。
もしそうだったら、甚だ呆れざるを得ないだろう。
「それよりお前は無事だったのか? お前も内藤を(川に)落とした中心だったんだろ?」
「あ、それなら参謀先輩がどうにかしてくれたんだと思います」
朱鷺羽の発言後に向こうの方から「誰が参謀先輩だ」という一宮さんの声が聞こえてくる。なるほど納得だ。被害を私と嘉光だけに抑えられたのは、どうやら一宮さんのおかげだったらしい。結果的に私は被害をこうむったわけだが、それでも流石と言わざるを得ない。
「本当に仲がいいわね!」
更にそんな声が後ろから。そちらへ振り向くと、すらりと背が高く唇のきゅっと引き締まった制服姿の先輩がいた。
「……ああ、こんばんは、天森さん」
「どうしたの? テンションが低いわよ!」
「こんな状況でテンションなんて上がりませんよ」
天森小枝さん。見た目はまともなのに言動がやりたい放題という、若干大曽根さんに共通しているような所のある先輩だ。しかし何故かその大曽根さんの相方である一宮さんにはあまりよく思われておらず、今も一宮さんはこちらを見たや否や「ちっ」と小さな舌打ちをしていた。……ん? 一宮さんが呼んだんじゃないのか?
「……まあいい、集まれ!」
一宮さんが携帯をポケットにしまい、この場の全員──私と杭瀬、朱鷺羽と菅原、大曽根さんと天森さんに呼びかける。この場に嘉光がいれば、まさしく文芸部の中心メンバーが完成する事だろう。いやいなくていいけどさ。
「これから、一気に現状を打ち破りに行くぞ」
そういうと一宮さんは、すぐさま全員に、的確に指示を出した。それぞれの状況などはどうなんだとも思ったが、それはもうとっくに全員に訊いていたのかもしれない。ちなみにその指示、私はといえば……。
「秋津は新聞部に頼っていけばいいだろう。下手に動くな」
との事。立場が強いと色々大変なんだな。いやあ照れる……わけあるか。窮屈としか思えないね、例によって。しかもあれだろ? 新聞部ってあの残念なのばっかりの……まあ文芸部が言えた事じゃないか。……まあかつて嘉光が死滅させようとした新聞部に頼ることになると考えれば、「ざまあみろ」なんて思えてくるからいいけど。
そしてこの後、九時四十五分ごろに帰宅。ちなみに家を出たのが丁度その一時間くらい前だったな。ああ眠い眠い。
その夜は酷い寝つきだった。毎晩私を苦しめていた気持ち悪い嘉光の幻影が見えなくなって、それでかえって眠れなくて。嫌なスパイラルだ、全く。