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白世界  作者: 白龍閣下
茜色革命
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第三十八話 白米的理論

 その昼休み、ほぼ同じ時刻。場所は変わり、ここは一年教室。


 今年の新入生というのは何故だか不明だが曲者が多い。単なる「奇人変人」なら三年や二年にもいるが、一年はそれだけに留まらず、言うなれば「悪質」な生徒もいたりする。

 この学校分裂という状況を生み出している理由の大きなもので、当然のごとくこの状況に便乗していた。

 具体的にはこの状況を大義名分にしての個人的闘争──いわゆる喧嘩。そしてお互いの状況がわからないという閉鎖的状況を利用した博打ばくちなどで、挙句の果てには全く関係のない債権さいけんを売りつけようとする者までいた。もしかすると、これが社会の縮図なのかもしれない。

 そして何よりすごいのは、そんな混乱が一切教員に知られていないと言うこと。

 勿論もちろん文芸部を火種に何かが起こったというのはすでに知られていて、それについて教師は渋々(しぶしぶ)見て見ぬ振りをしている。これについては教員に金が流れているという説もあるのだが。

 だがしかし、二次的な事態についてはさっぱり知られていない。

 情報が厳重げんじゅう隠蔽いんぺいされている上に、たとえ知られても「少しばかりおかしな生徒たちだが、さすがにそれは無いだろう」という考えに帰結する。当然ここでの間違いは「少しばかり」という点だ。

 まったくもって世も末と言った所である。

 そんな第一学年の一年B組教室にて、一人の女生徒が溜息ためいきをついていた。ポニーテール、スレンダーな体つき、強い眼光、他人を近づけないようなオーラ。

しいちゃん、元気ないけどどうしたの? そんな晴希はるき先輩みたいに溜息ついて」

 同じクラスである朱鷺羽ときわみのりが溜息をついていた少女──守坂椎乃かみさかしいのいた。

 晴希先輩、という言葉にクラスメイトたちの視線が向けられ、守坂は朱鷺羽に視線を飛ばす。それを朱鷺羽が感じ取ってくれた所で、守坂は口を開いた。

「いや、母さんと喧嘩けんかして」

 そっけなく守坂は答える。一応これでも彼女なりに親しみを込めてはいるのだが、それを感じ取ってくれる人間は身内も含め数えるほどしかいない。当然ながら朱鷺羽はそのうちの一人だ。

「ふーん、珍しいね。椎ちゃんあんまり喧嘩とかしなさそうなのに」

「いや別に、そうでもないんだけど……」

 そう言ってまた溜息。

うそだぁ。椎ちゃん大人しいじゃん」

 本当に意外、といった感じで朱鷺羽が口を開ける。

 そののち、朱鷺羽は「あっ」と何かに気付いたように再び口を開ける。

「……そういえば椎ちゃんの家って厳しいんだっけ……」

「そう。だから卵焼きが和食か洋食かで口論になって……」

「いやそれは……まあいいや」

 その答えに、朱鷺羽はかなり驚いた。なぜなら、喧嘩の内容が思いのほかどうでも良かったからだ。

 ただ、あくまでそれは自分の基準での話だ。この世界に常識などあったようでないもの。

 守坂にとってはそれでも大変大きい話なんだろうなだと思い、朱鷺羽は口をつぐんだ。

「まあいいや。早くお昼ご飯を食べようよ」

「ああ……」

 テンションの上がらないまま守坂は答える。そういえば今は昼休みの時間だった。

 朱鷺羽は鞄から弁当を出し、守坂はビニール袋に包装された惣菜そうざいパンを出す。朱鷺羽はその事に僅かながら疑問を覚えた。それは──。

「あれ? 椎ちゃん今日はお弁当じゃないの? 椎ちゃんご飯好きだったよね?」

 朱鷺羽の言う通り、守坂は相当な米至上主義の人間でありながら今日は豊富な米をたたえた弁当ではなかったからだ。

「言ったでしょ? 母さんと喧嘩したって」

「へえ」

 実を言うと、先ほど朱鷺羽が守坂の事を「元気がない」と察した真の原因は母親との喧嘩自体にはなかった。

 詰まる所はただ単純。米が口に入らないと言うこと。

 守坂椎乃と言う人間にとって決してそれは「ご飯がないならパンを食べればいいじゃない」などというわけにはいかず、仮にそんなことを言う不届き物がいたら一秒間に数十発蹴っている所だった。その辺り容赦ようしゃはしない。

「それはそうと、秋津先輩の事だけど」

 声を出来るだけ殺して守坂は話を告げる。流石におおっぴらにここのクラスメイト達に聞かれるのはかなわなかった。

「晴希先輩……大丈夫なのかな……?」

 文芸部二年、秋津晴希は朱鷺羽みのりが想いを寄せている相手だった。

 晴希の顔を、あの日以来朱鷺羽は目にしてはいなかった。

 というのも当然の事。晴希はこの騒動の中心人物であり、その身は本人の望まない取り巻きによって守られていたから。

 朱鷺羽も事件の主犯格ではあるものの今こうして「秋津晴希と同じ文芸部にいたただの一生徒」として存在していられるのは確実に文芸部の働きのおかげだろうと守坂は推測し、それは間違ってはいなかった。ひとえに文芸部参謀さんぼう一宮敦次いちのみやあつしの力である。

「文芸部とのコンタクトは出来る?」

「え?」

「だから文芸部とのコンタクトを出来るかと」

 聞き逃していた朱鷺羽に、守坂は声を殺してもう一度繰り返す。

「この事態をどうにかするための力になりたい。だから……」

 親友の顔を見据える。朱鷺羽は「な、なに……!?」と動揺していた。確かに彼女は同性愛者という立場ではあるものの、その対象は今のところ晴希一人なのだ。親友との間にフラグなど不意討ちにも程があった。


「ご飯、分けて……ください……」


「え!? そっち!?」

 目の前にいる朱鷺羽にすら語尾がほとんど聞こえないような小声で、守坂は頼んだ。

 守坂椎乃から米を奪うのは、地球から酸素を奪うのに等しい鬼の所業だった。


 守坂は、朱鷺羽の弁当の米をよく噛み締め、十分かけてゆっくりと平らげた。

 朱鷺羽によると、その時ほどうれしそうな守坂を見たことは今までなかったという。

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