第三十三話 暫く二人で独り言
翌日、怪我病気と無縁のはずの嘉光は、学校を休んだ。
まさか本当に死んだんじゃないだろうな、なんて馬鹿げた事を思いながら、土曜日曜が過ぎていった。
「そして昨日の朝学校に来てみれば、これだよ……」
「…………」
溜息。杭瀬は相変わらず沈黙。
それからさりげなく生徒が私服警察のように距離をおきながらも私のことを監視していたのを知ったし、それまで会話した事すらない同級生に無理矢理どこかへ遊びに連れていかれたおかげで文芸部室に行けなかったり。挙句の果てには、少し前まで携帯の三本立ってた電波が妨害によりいつの間にか圏外になっていたりした。正直言って、困る。電波が悪いと電池の切れも早い。
簡単に言えば、文芸部室に行けない。嘉光にも会えない。
ちなみに私だけではなく嘉光の方も文芸部室に来ていないらしい。杭瀬によると。
差し込む光の方に視線を向けながら、そのまま私は話を続ける。
「まあ後悔というか、反省はしてるさ。痛いほどに。
やっぱり人道的に間違ってるからな。不法投棄なんて。多少遠かろうがクリーンセンターを目指すエコロジー精神は確かに重要だったのかもしれない」
「…………」
嘉光の生命? さあね。あいつは道頓堀川にダイブしようがハイジャックに巻き込まれようが爆弾を抱えて宇宙空間に飛び出そうが主人公補正らしき何かで無事帰還してくるさ。
私は信じてる。信用、大切。ここら辺が最近の冷たい若者どもと私の、誠意の違いだな。覚えとけ、これ学校じゃ習わんから。
「でも結局問題なかったじゃんか。誰も死ななかった。誰も傷付かなかった。
それで、あの後どこかの勇者のごとく帰ってきたらしいって噂もあるな。しかも無傷で。カービィばりに復帰力の高い奴だ。心配して損した」
「…………」
生命力はゴキブリと同等……いや、スリッパでも死なない分ゴキブリよりたちが悪いか。
まあとにかくその不法投棄が引き金で戦いが勃発したとか、そんなてんやわんやな状況なわけだな。確かに不法投棄は社会問題だが、些か事が広がりすぎじゃなかろうかね。
「しかも戦線が殆ど女子とか。これだから女ってのは」
「…………」
……ああ、そう言えば私も女じゃないか。
人道に反する感触ってのはこういうものなのだろうか? 悪に染まった気なんて毛頭ないんだがな。
まあ正義とか悪とかは知らんけどさ。菓子パン男が正義でバイ菌男が悪だろ? それくらいの知識しかないね。
「ああ、自分がこの下らん騒動の火種にいると思えば照れなくもないな。まあ端から見れば随分コミカルだけどさ。なんせ当事者二名差し置かれてるんだから。それも含め、いやまったくもって意味の分からん騒動だ」
「…………」
聞き手であるこいつの口は断固として沈黙を守っていた。退屈そうな顔だな、おい。
「……とりあえず杭瀬、何とか言え。愚痴がただ独り言みたくなるのは精神的に来るものがあるから」
「…………」
さっきから話を聞いている杭瀬は何も答えない。まあ確かに私の一方的な愚痴に対しては特に言うこともないかも知れんが。
それにしてもこういう時、こいつのステルスが羨ましく感じるね。
こいつだけは絶対こんな騒動に巻き込まれる事がなさそうだ。本質はネタなのに。
そう、こいつは自分で混沌を作り出しておきながら決してそれに巻きこまれる事はないんだ。都合のいい奴だな。
……いや、いかんな。私、愚痴ばっかりじゃないか。
さらにもう一つ戦況を言っておくと、この騒動に便乗してる輩もいるらしい。特に今年の一年が凄い事になっているらしく、賭けをする生徒や応仁の乱みたいに大義名分にして私的問題で争ってる生徒もいる。言っておくが私は中世に行ってみたいなんて思った事は一度たりともないんだよな。
学級崩壊ならぬ学校崩壊。別の意味では団結。まるで東西ドイツだな。そして何かの最終回の一話前のようだ。
……あー、ここまで行くと嫌でも罪悪感を覚えるな。この心情、どう言い表すべきか。
「仕方ないな。杭瀬、頼むぞ」
何を頼むかなんて言うまでもない。
この心情を言い表したい? 違うね。詩人じゃないんだから。
中世に逃げたい? 違うね。何度も言うがそんな希望願望は持ち合わせちゃいない。
ステルスしたい? 違うね。出来るなら本望だが、まさか近頃の携帯ゲーム機じゃあるまいしシェアリング出来る物ではないだろう。
現状打破だ。私はこの通り文芸部とコンタクトが取れない状況にある。しかしこいつなら、あるいは。
すると、それまで黙っていた杭瀬が、ようやく口を開いた。そうして抑揚のない口調で言葉を紡ぎ出す。抑揚はないが、それでもさっきより2‰増しの活力が感じられる。
「……それじゃ、愛に殉じようとする晴希に敬意を評して」
「甚だ不本意な第一声だな!」
とりあえずは第一段階。こいつの口を開かせた。
……どうして騒動の中心でもないちょっとした話に苦心しなければならないんだ私は。