第三十二話 夕日はこんなにも眩しかった
更新遅れました! すんません!
何がゴールデンウィークだ、などと思う事が多々ある。
私は眠りこけている生徒達を眺めながら授業を終え、今から部室に向かう所だった。
長期休暇とは言え所詮数日、皆何の変わりも無かった。変わっている物があったとすれば、それは最初からおかしいと言う意味で変わっている物だろう。文芸部とか。いわば「昆虫の不完全変態」の「変態」と「きゃあ、こんの変態! 脳漿ぶちまけて死にさらせや!」の「変態」のような違いだ。
さて、それはそうと、何がゴールデンウィークだ、という話だったな。
実際はその長期休暇に便乗して家族旅行などに赴く人々も少なからずいるが、プライベートでは所詮そんな充実した生活を送っていない(ただし部活では充実とかのレベルじゃない)私は文芸部・新聞部による強制デートで嘉光とのいらんフラグを立て、そして邦崎にあらぬ誤解を受けたまま残りの休みを過ごした。
ああ、分かっているさ。悪いのはゴールデンウィークじゃないってことぐらいは。
本当に悪いのは私と、私を取り巻く環境だった。くそったれめ。
まぁ誰が悪いのかはさておき、私のゴールデンウィークは非常に退屈なものだった。平凡な日常にこそ価値があるなんて嘘だな。ちなみにだからといってこの混沌とした学園生活の方がましとは言いがたい。寧ろこっちには負の価値があるように思えてならない。
ちなみに今年は秋にシルバーウィークなんてものもあるらしい。ああ、退屈だ。死ね。氏ねじゃなくて死ね。
私達が今いるのは過去でも未来でもなく今? うん、それは正論だ。私も賛同する。
というわけで、これからまたじっくりと時間を掛けて邦崎の誤解を解いていかなければならないわけだ。
まあ持久戦だな。好きではないが苦手でもない。つまり得意だけど嫌い。私にばっかり役目が回ってきて、もうノイローゼに近い感じだ。もうリア充ってレベルじゃないだろ。
そんな精密機械ばりに複雑な人間関係に僅かながらの不安を覚えつつ、私は部室のドアを開けた。
「晴希、なんだか浮かない顔だな」
するとなんの不自然さも無く中にいた嘉光が当然というように話し掛けてきた。
「なんでお前は当然の流れといったようにいきなりそんな発言をするんだ」
まるでそれまでもこいつはそこにいたかのような感じだ。
「いや、直感だな。せめてもの理由を付け加えるとしたら『愛』の一文字だ」
なんてこった。直江兼次もびっくりのスキルだな。いやどっちかと言うと宮間夕菜とかが持ってるアレに近いか。
「……ま、正直お前と話すのは疲れる。今日は勘弁な」
そう言ってスルーを決め込む。この休暇で疲れはかなり取れた。しかしだからといって連休明けで調子よく文芸部でやって行けるとは限らない。前述の通り持久戦など大ッ嫌いだが、それでも私は持久型なのだ。短期決戦に持ち込まれ無駄に体力を浪費するのはよくない。
準備体操無しで水泳をすると足が攣ったりするだろ? あれと同じような事だ。といっても私自身は攣った事なんてないけどな。だって元々泳げないし。
「じゃあさ」
嘉光はそれでも引き下がらないようだった。しつこい男は嫌われるぞ?
「今日は疲れないトークをしよう」
「なんだそのふわっとしたコントみたいなネタは」
私がそう言うと嘉光は「例えばなあ……」と考え始めた。
その間に一人の小柄な後輩が話し掛けてくる。
「先輩、晴希先輩……」
「ああ、朱鷺羽か」
朱鷺羽みのり。私を慕い、あろうことか女同士でありながら私に恋愛感情を抱いている変わった人間だが、根はまともで気配りもできる。逆に言えばレズなのが珠に瑕の、大変残念な後輩だ。
「どうした、残念な後輩」
「いえ、その冠詞は必要ないと思います……」
「すまん」
失言を詫びておく。
「そういえばあれだな朱鷺羽、『残念な』とつけるだけでも大分イメージが変わるな。例えば『残念なときめき』とかな」
「ですね。『残念な凄まじさ』とか」
朱鷺羽が適当に相槌を打ってくれる。この辺りが他の文芸部員と違う所だ。まったくあいつらときたら勝手に話を進めるわ、私を変なキャラに仕立て上げるわで(特に杭瀬だな)。相手をリスペクトする事がコミュニケーションの第一歩だとあいつらは習わなかったのだろうか。はあ、けしからんぞまったく。まさにこれが残念な部活だ。
更に私達は例を挙げていく。
「『残念な希望』『残念な新学期』『残念な春』……」
「『残念な最強』『残念な伝説』『残念な魔王』……」
ふむふむ……なるほど、確かに残念さが滲み出ている。ならばと私も更に例を挙げてみる事にした。
「後は……『残念なゴールデンウィーク』『残念なデート』『残念な映画鑑賞』とかな」
「他には『残念な尾行』『残念な試着室』『残念な三輪車』とかですかね?」
「ああなるほど、とりあえずお前があの日何をやっていたのかは大方理解した」
その私の言葉に、朱鷺羽ははっとした表情。
「晴希先輩……誘導尋問は卑怯です……」
それは世間一般では誘導尋問とは言わなんじゃなかろうか? まあそこまできつく言う気はないが。嘉光じゃないし。
「でも今日は珍しいですね。晴希先輩の方から話を切り出してくれるなんて」
「いつもお前の方から話してくるからな。まあなんだ、気が向いただけだ」
だからあまり調子に乗るなよ、と付け加えておいたが、言った後で後悔。まずったな、これは反作用でまた変に好感度が上がってしまう。
本当、朱鷺羽はいい奴なんだがそれゆえ苦手でもある。一回きつく言っておいた方がいいんだろうか。レズの彼女持ちの高校生活なんて、どう考えても嫌だぞ私は。
「おし晴希、待たせたな!」
と、嘉光がようやく話し掛けてきた。えらく時間をかけたな。どうしたんだ一体。
「『疲れない話』のテーマで脳内Google検索していたんだが」
「お前の脳内には検索用ソフトがインプットされてるのか」
「言葉のあやだ言葉のあや。まあとりあえず、それらを箇条書きにしてみた」
そう言ってルーズリーフを差し出してくる嘉光。えらく献身的かつ無駄なことをしでかすなこいつは。表面真っ黒だし。その割に字綺麗だし。
内容はと言えば、『リュウとケンだとどっちが強いのか』とか『襟袖の染み付きを取る有効的な方法』とか、やけにピンポイントな話題が並んでいた。全く、そんなの語れんぞ……リュウケンは語れるが。
「今日はこの話題を──ミックスして話そうと思うんだ!」
「最悪な選択肢だろそれは!」
なんて事だ。それは一番ないだろう。
「いや違う!……いや、違わないか。確かに美味い食材を混ぜれば美味い料理になるわけじゃないもんな……」
嘉光の言う通りだ。ただ一つ決定的に違うのは、食材すらも駄目だと言う事だが。
「くそ……女一人満足させるテクニックすらないのか俺は……」
「おいなんだその誤解を生みそうな言い方は」
「私も晴希先輩を満足させるテクニックを学ぼうと思います」
「折角の真摯な態度に水を差すようで悪いが、学ばなくていいと思うぞ……」
嘉光と朱鷺羽の発言に、私はそれぞれげんなりしながらもそう諭す。
「大体難しいよな。『面白い話をしろ』なんて無茶振りされても無理だって普通」
「内藤先輩の言う通りですね。芸人でもないんだし、私たちにできるのはごくありふれた会話だけですから」
……いや、通常お前らや杭瀬の会話は私を疲弊させるのに特化していると思うんだが。
「エンターテイメントだな。要は刺激だ。ニコニコ動画とかYoutubeとかにおける『○○で人類滅亡』を見れば分かる通り」
仕方なく話の流れに乗ってやり、私はそんな事を言う。聞き慣れない単語があったのか朱鷺羽は首を傾げていたが、まあいいだろう。嘉光の「いや、その発言はアウトじゃ……」と言う発言も同上。
「まあ要約するとだ、『内藤が死ぬ』だとか『内藤が核爆発に巻きこまれる』とか『内藤が風船で偏西風に乗ってアメリカを目指す最中に太平洋に沈む』だとか、そういう事だな」
「流石は晴希先輩」
朱鷺羽もなんとなく理解できたようで何よりだ。
「いやいやいやいや!」
ただ一人、嘉光は不満そうだった。お前はいつだってイレギュラーだな本当に。主人公にでもなりたいのか?
「どうして全部俺が巻きこまれてんの!?」
「馬鹿言うな。他の人だと訴訟問題になるだろ」
お前は私にとって特別な存在なんだよ。呆れるほど鈍感だな。
「俺の人権!」
「はっはっは、何を言い出すんだお前は」
「なんなんだそのわざとらしい笑いは……」
「内藤はマゾだから大丈夫」
「俺が決める事だよそれは!」
嘉光の必死の抗議。何だよ、我儘な奴だな。
私はそれまで座っていた席から立ち上がり、そうして内藤に向き合う事にする。
「内藤、私はな……そういう目に遭ってるお前が見たいんだよ」
「晴希、病院に行くか?」
そんな嘉光の心遣いをも心を鬼にして跳ね除け、こう言ってやる。
「よく聞け内藤、これはお前にしか出来ないことだ。そして、これは単に私のためだけじゃない。お前のためでもある」
「晴希……わかった!」
「その心意気だ内藤……え?」
……やるのか?
「今から川に行こう。簀巻きにして川に叩き込んでくれ!」
「内藤! お前って奴は!」
「内藤先輩……あなたはそこまで……」
なんて無駄に輝いているんだ、あいつは……。
「ア─────ッ!」
こうして、私達は一年達の力を借りながらも、嘉光を川に突き落とした。とりあえず携帯で撮っている奴もいたが、私はその目に焼き付けておくだけにした。それが無力な私があいつにできる、ただ一つの弔いなのだから。
「朱鷺羽、私はあいつを止めるべきだったのだろうか……」
「いえ、そんな事は内藤先輩も望んでいないと思います……」
「……優しい奴だな。分かった。私は、あいつの事を絶対に忘れない……」
「ええ……」
その日の夕日は、とても眩しかった。