第二十八話 フィナーレのエンドテロップ
恋人たちが手を繋いでいる幸せそうな姿がスクリーンに映っている。そして左方を眺めれば幸せそうな御二方。とりあえず嘉光には真実を伝えないようにしよう。嘉光が邦崎の好意に気付いたら気付いたで私の肩の荷も二グラムほど降りそうだが。
「……杭瀬」
そうやって最近の若者らしからぬ多忙な自分に気を配りつつ、私は右隣の席に座る似非無口キャラに声を掛けた。
「お前がここにいるって事は、やっぱり一宮さんたちもいるのか?」
その言葉に、杭瀬はそ知らぬ顔で頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
「とぼけるな。お前の無口キャラなんて私には通用せんぞ」
「……晴希」
「何だ」
「……これからあの二人、ヤるの? ヤらないの?」
私ではなく、私の横の二人でもなく、スクリーンの方を見ながら訊いてくる杭瀬。
「実に斬新な誤魔化しだな。お前の興味はそんなところにあるのか」
「そんなわけない。晴希じゃないんだから」
「私にもそんな趣味はない」
いつものように降りかかる杭瀬の妄言に呆れながらも、そう返事をしておく。スクリーンの中の男女は唇を重ね合わせていた。
「……ここからベッドに入るのかも」
「やっぱり興味津々じゃないかお前」
これを最後に、暫く私と杭瀬との対話は途切れた。下手に声を出して嘉光に感付かれると面倒なことになる。
この後、映画ではスイーツ(笑)が乳繰り合っている所に破壊神が舞い降り、ホームレスのおじさんが破壊神を倒す方法を探すために体に風船を巻きつけ偏西風に乗って旅に出るという展開をし、最後の最後に「続編出します!」というメッセージで観客を半分呆れさせ半分昂ぶらせた。杭瀬が「おおっ!」といったような様子だったのにはもう何も言わないでおこう。私の優しさだ。
ちなみに嘉光には奇跡的にもバレなかった。手が重なり合わない一瞬の隙を突いて邦崎を外してその後私が入る、そうやって席を再び交換したのだ。その後嘉光は鈍感にも邦崎と杭瀬を見て「おうお前ら、偶然だな」と言っていたのには全員呆れざるをえなかったが。
「晴希先輩、思い切ったことをしますね」
朱鷺羽が感心したように呟く。確かに親友を身代わりにするなど、まともな発想ではなかった。いや、普通に思いつきはしても、実行などしないものだ。
「さて、時間帯から言えばもうすぐデートも終わるはずだ」
どうやら秋津の方は、デートだと認めたくはないらしいが。
「んじゃ、そろそろフィナーレのエンドテロップってか?」
誠文が嬉しそうに訊いてくる。
誠文の言うことは当然だ。だがその前に俺の予測の範囲外だったイレギュラー、あの秋津の級友をどうにかして排除しなければならない。
私と嘉光と邦崎、その三人で映画館を出た。ちなみに杭瀬はいつの間にか消えていた。
「内藤、私の首の方に手を回すな」
そう言いながら変態の手を払いのける。
「家に帰った後入念に洗う必要があるじゃないか」
首周りは結構洗いづらいんだぞ。ふざけんな。お前は暫く落ち込んでいろ。ほら見ろ、さっきから沈黙している邦崎にも睨まれてるじゃないか……睨まれてるのは私もだが。
なんて思い私がこれから基本的人権について纏めて嘉光に説こうとした所で。
「ああ、なるほど」
何故か納得したと。
「晴希はツンだなあ」
「これが本性だ馬鹿」
というかやっぱりそっちか。
「確かに綾女も見てるしな」
「いや、確かにそれはそれで合ってるんだがな……仕方ないな。邦崎、もうこいつに本当の事言ってやれ」
さっきまで黙っていた邦崎に声を掛けてやる。
「え……そ、それはまだ!」
このヘタレめ。少しはうざったいほど噛み付いてくる嘉光を見習え。
「ん? 何の話だ?」
「黙ってろ部外者」
「いや、俺への話ってさっき言ったよな!?」
部外者である嘉光を尻目に、私達は話を続ける事にする。
「そんな……私が内藤君の事をどうこうだなんて!」
「ん? おれがどうしたって?」
「黙れ内藤。お前は部外者だ」
「だから今明らかに俺の名前出たよな!? 何だこれ、苛めか!?」
「苛めじゃない、ただ苛んでいるだけだ」
「漢字で書くと同じだろ!」
喚きつづける嘉光。仕方ないな。そんなに卑屈な態度を取ってくれるなら渋々(しぶしぶ)言ってやろうか。
「……分かったよ内藤。いいか? こいつはお前の事を──」
と、私が言い掛けた所で。
「悪いぜえええええええ!」
「おいてめえら、見せつけてんじゃねえよウンコマンにウンコビッチ。死ね。爪割れて死ね」
「兄貴? 見せてやります?」
「おう、先月ドライアイスでうっかり火傷したこの黄金の右腕を解き放つ時が来るとはな」
絵に描いたような不良(?)の方々が、降臨なさった。