第二十七話 ラヴァーズ・ムービー
時間も時間と言う事で、昼食タイム。学生の懐に優しい、少し安めのカフェにて。
「あの売り場は……魔窟だ……」
息も絶え絶えになりながら女性服売り場から逃げ出してきた私は、一応ながら嘉光に対しそんな警告を促しておいた。
とにかく、あの場所は地獄だ。パンデモニウムだ。
「何が起きたんだ?」
何も知らない嘉光がそんな事を訊いてくるが、今の私にそんな事を言わせようとするのは残酷すぎるのではなかろうか。
まず序の口にメイド服を着せられた。そして反論したらチャイナ服、更に反論したら──というループの末まさかのクイーンズブレイドのコスプレをさせられそうになったところで、私は命からがら逃げ延びた。
ああ、ちなみに今は大丈夫だ。嘉光が元のジーンズやらを取り戻してきてくれたので、とりあえずトイレで着替えておいた。
「別の所でもあたるか?」
と、ストローでガラガラと音を立てて氷だけのコップから水を吸おうとする嘉光。おい汚い真似はよせ。
「いや」
と私。
「まさかって話だが、別の場所をあたっても同じ事になりそうな気がする。とりあえず洋服店は暫くトラウマになりそうだ」
「そうか……じゃあ晴希、気分転換に映画でも見にいくか?」
なるほど王道。ここで嫌だといったら……消されそうだ。嘉光にではなく、主に天森さん辺りに。仕方ないから了承しておくとしよう。こいつとゆっくりネチネチ楽しむくらいなら死んだ方がマシだと言いたいが、やはり私も命は惜しい。いざ言うとなると躊躇われる。
先ほどは秋津が必死そうだった。もしかしたら悪い事をしてしまったのかもしれない。
しかし、いいか悪いかなどつまるところどうでもいいことだ。
このように店員を買収してあのようなことをさせるのが、俺たちの役目なのだから。
「俺さ、本当に嬉しいんだ。お前がこんな風に誘ってくれて」
映画館への道を横並びに歩く。途中嘉光が三度に渡りカメラを持たない方の手で私と手を繋ごうとしてきたが、私もそれを三度に渡り阻止した。
「分かってる」
先ほどの嘉光の台詞には、そう返事をしておいた。冷たいと思うかもしれないが、実際はこの反応のしよう、無視するよりは幾分良心的だとは思わないだろうか?
ああ、嘉光の気持ちも分かってる。言い訳がましいが、今の返事だって何の考えもなしに言ってるわけじゃない。
確かに嘉光の私への好意は凄い。それは前の新聞部との一軒で大いに理解している。こんな奴におかしくなるほど愛されているのは邦崎辺りからいつか嫉妬で呪い殺されそうだが、しかし問題はそれだけじゃない。単純に、重いわけだ。
こんな言い方もなんだが、私は一度、嘉光を好きになった事がある。黒歴史もいいところだが、まあ黒歴史というもの自体人間の背中を押すために存在するものである。だから赤裸々(せきらら)な過去というのも悪くない。なんて戯言も言ってみる。
まあそんなこんなで、免疫が出来上がってしまったわけだ。
これでどれだけ愛されようが、盲目になることなど出来やしない。ただでさえ私達には波風が立っているのだから、そりゃ付き合えと言われても無理な話だ。ああ、当然命が懸かってるなら例外だがな。
何が言いたいのかと言うと、これはデートじゃないんだ。デートとは認めない。ただ二人で成り行きにより買い物に行ったり映画を見に行ったりするだけだ。なんだかデートっぽくなるのも偶然だきっと。
「ありがとな、晴希」
「うるさい」
見に覚えのない礼を言う嘉光は、なんだか本当にうざったかった。ほら笑うなお前。
「ほらほら映画館だ。テンションが上がってきた! 君の勢い感じる! 熱い気持ち伝わってくる!」
「映画館が一体お前の何を刺激したんだよ!」
まずいな。嘉光が精神疾患に侵されている可能性がある。
嘉光が見たいといった映画は、やはりと言ったところか恋愛映画だった。
席に座る。流石にここまで撮影しているのは確実に法律に違反するであろうため、カメラの電源は切っている。
私の左の席にいるのは嘉光。油断すると手を触れられそうなため私は迂闊に左手が出せない。そして右隣にいるのは──
「……晴希?」
「……なんて偶然だよ」
私のクラスメイトかつ自称ライバルの邦崎綾女だった。
「よかった。お前に頼みたい事がある」
そして私は邦崎に、互いにとって有益な提案を出した。
現在、私の左隣の席には邦崎がいる。
どういう事だって? 簡単な話だ。席を交換しただけの事。
それにしても冷静に見てみると席の左の方が凄い。嘉光は隣にいる人物に気付かないまま邦崎の手に触れていて、それに対し邦崎は緊張による熱のあまりドライアイスのように昇華してしまいそうだった。
ちなみに、私の左隣には──
「……どうしてお前までいるんだよ」
「……なんて偶然」
「いや、お前の場合は故意だろうが」
見た目は無口系、中身は野次馬の文芸部員、杭瀬弥葉琉がいた。