第二十六話 鍵、セーラー服、王道展開
胸ポケットを調べろ
偶然にも保健室の鍵が入っていたりするかもしれない
謎のメール。そして……入っていた。保健室の鍵が。
「余計にも程があるだろっ!」
「ん? どうした晴希?」
「何でもない!」
くそ、これは間違いなく一宮さんの仕業だな? 何が「偶然にも」だよあんちくしょう!
生憎保健室で痛みと快楽を伴うはじめてのアレをするつもりはないんだ。しかしこれ、どう処理すればいいんだ?
迷った末に私は、鍵を再び胸ポケットに戻す事にした。
ああ、ちなみに。カメラだが流石に身体能力に著しい弱みのある私が持つと手首を骨折しかねないので嘉光に持ってもらった。……というかこれ、必要あるのか? これで録画してようがしてまいが一宮さんの事だから周囲から盗撮とか……。
「……晴のヘタレめ」誠文は、舌打ちしていた。ただただ、舌打ちしていた。「俺らのありがてえバックアップがあるってんのに何もしねえで、それでも男か!」
「晴希先輩……」反対に朱鷺羽は、安堵していた。ただただ、安堵していた。「よかった……晴希先輩が決して欲望に流されないような人間で……」
公園で誠文の仕掛けた脅迫が効いたのか、晴希がこのデートを放り出す気配は一向に見られなかった。最初は葬儀場だ汚水処理場だと言っていたがそれを実行する気にもなれなかったらしく、実際にそんな場所に行こうとする様子も見られない。
更に先ほどの秋津の推測だが、まったくもって鋭い。その通りであり、この光景も現在進行形で多方面から撮影されている。
さて、内藤たちはどこへ行くか……。
どこも糞もない。大体何が悲しくてこんな奴とデートしなきゃならんのだ。
……という疑問はさっきから何度も何度も繰り返されているわけで、私はすっかり参っていた。
「毒を食らわば皿まで……か」
「俺毒呼ばわり!?」
嘉光が驚いていたが、まあ今更なので突っ込まないでおこう。それより──そう、やるなら徹底的にだ。といっても保健室などに行って二人で甘酸っぱい──というより濃硫酸ばりに酸味のある時間を過ごす気などはさらさらない。そんなのは秋津春姫さん(※恋する乙女)に任せておけばいい。私は私だ。
「内藤、折角だから一緒についてきて欲しいんだが」
「しかしデートの王道……なのかね? 女の買い物に付き合うって」
「違うだろ。王道はテーマパークとか、あとは海とかだな。なんなら墓地でもいい」
「いやあ……墓地は出来れば勘弁して欲しい」
晴希が言うには「わたしの服を買うからついて来い」と。それで二人してデパートへレッツゴー。もしかしたらこんな感じのラブコメ臭を俺は待ってたのかもしれない。そう感慨深く思ってみたりもする。
積極的なアプローチのあまり俺は涙が出たよ。ああなんだかんだ言って俺は信頼されてんじゃん、とね。台詞では『内藤』なんて呼んでるけど心中では『嘉光』なんて呼んでるんだ。きっとそうだ。
「……そう言えば気になってたんだが、晴希は家に女物の服がないのか?」
「馬鹿言え。三桁行ってるぞ」
「嘘だ」
「……ああ、嘘だ」
本当だったらそんな適当な男子高校生みたいな格好で来ないだろうからな。特に反抗したがる晴希の性格なら。
というか晴希は、そこで意地を張る必要があったのか? 本当に可愛い奴だ。
思い出したことでもあったのか、晴希は更に説明を続けてくれる。
「兄が酷い奴でな」
「え? お義兄さんがいたのか!?」
「その言い方やめろ。……まあそいつが酷い奴で、実の妹たるわたしのことを男呼ばわりだ」
「酷いなあそりゃ。じゃあ本人に会ったら俺が晴希を女にしたって言っとくよ」
「絶対に言うな。とりあえず我慢して息を止めてろ。いやむしろ息の根を止めてろ」
……なんだってんだよ。俺なりに出来る事をしようと思ったのに。言っとくけど俺、大好きなことならメチャクチャ頑張れるぞ?
そうこうしている内に売り場に到着。うわ、今まで気付かなかったけど女性用の服売り場ってこんな異世界的な空気なんだな。なんか張り詰めてる感じ。これが慣れの違いなのだろうか。
「お帰りなさ……いらっしゃいませ。ご主……お客さま」
同じように困惑気味の晴希に店員さんが話し掛けてきてくれた。……さすが、これがプロの対応か。きちんとしている。
きちんとしている──はずなのに、晴希は更に困惑していた。え? どうして?
「嫌な……予感がする……」
晴希の額に縦線。しかしそれを気にした様子もなく、店員さんは、
「さあ行きましょう。お客様」
そう言って晴希の手を掴み、更衣室に連れて行った。
「ああなるほど、俺は暫く待ってろと。そういうことか」
しかし女性服売り場でデジカメ構えてるって、通報されないか……?
数十分後のことである。息を切らせて更衣室から飛び出してきた……というか涙目で逃げ出してきた晴希はなぜか、ワザとらしいカラフルなセーラー服を身に纏っていた。俺はとりあえず録画しといた。
さあ、この波乱なデートは、この波乱すぎるデートはどうなるのやら。
……実は見切り発車で書いてます。どうしようかこれ(苦笑)